第18話 負傷


 スラムに戻ると、そろそろ辺りが暗くなり始めていた。


 拠点のビルに入ると、1階ロビーには誰もいない。


 前は大体誰かいたのになあ。



 と思っていると、2階が騒がしくなっているのに気が付く。

 


 なにかあったのだろうか?



 2階に上がると、あの3人が治療を受けている最中だった。


 食堂にいたナルって子とサラヤが3人に包帯を巻いており、その後ろでは小学生くらいの女の子2人が治療に使ったであろう布きれを片づけていた。


 布に染み込んだ血の量から見るに、あの3人は結構な怪我をしたのではなかろうか。


 邪魔するのもいけないので、しばらく様子を見ていると、包帯を巻き終えたサラヤが俺に気づく。



「あ、ヒロ、帰ってたんだ。おかえりなさい」



 すると3人も俺に気づいたようで



「お、ヒロ!おかえり」

「ああ、みっともないとこ見られちゃったなあ」

「大したことないぞ。皆勝手に騒いでいるだけだ」



 あちこちに包帯を巻かれた3人が減らず口を叩く。

 


「何言ってるの!鎧虫なんかに手を出して!こんなに穴だらけになって!」

 


 サラヤが腰に手を当てて怒っている。鎧虫を狙ったのか。



「いや、もう少しだったんだ。ジップが手を放すから」

「俺かよ。ナップが2匹目をよく見てなかったからだろ」

「無茶言うなよ。鎧虫が2匹も出るなんて分からないよ」



 1匹を狙っている間に、2匹目に襲われたのか。

 そりゃ俺も気を付けないといけないな。下手したら俺も同じ目に遭ってたかもしれない。



「くそ、1匹も取れなかったのは久しぶりだな」

「賭けは負けたかな。ブロックはもうないけど」

「ヒロの成果はどうだった?」



 う………、ここで鎧虫は出しにくいなあ。



「えーと。俺の方もあんまり狩れなかったんだ。俵虫が3匹」



 ああ、嘘をついてしまった。

 ベテランの3人があんなに怪我して狩れなかったのに、新人の俺の方は無傷で狩れましたってプライドを傷つけるよなあ。


 まあ、ひょっとしたらあの3人は全く気にしないのかもしれないが。



「どんまい、どんまい。そういう日もあるさ」

「むしろ新人が俵虫3匹はイイ方だぞ」

「俺らも普通に狩れるようになるまで1年近くかかったからなあ」



 『どんまい』って普通にそう聞こえたが、ホントに異世界か?

 確か『Don't mind(気にするな)』って英語だったよな。

 この世界の言語はどうなっているんだ?



「あなた達は当分休みなさい。ヒロが昨日拾ってくれたハイエナの交換が上手くいったから蓄えに余裕があるわ。1週間くらい休んでも大丈夫よ」



 サラヤがそういうと3人が色めき立ち、



「え、やだぞ。腕が鈍る!」

「大したことないって」

「そうそう。唾つけとけば治るって」


「ナル。この3人、部屋に閉じ込めといて」


「はーい。さあ行きましょうねー」



 サラヤに命じられたナルが逃がさないぞーっとばかりに両手を広げて3人を捕まえる。

 途端に3人は固まったように動かなくなり、大人しくなる。



「いい子ねー。痛いの痛いの飛んでけーってねー」


「ナル姉ぇー。子供あつかいすんなー」

「後輩の前でー、やめてくれよー」

「かっこがつかないだろー」


「もー。真似しないのー」




 なんだ。仲良いのか、あの3人とナルは?

 ナルに大人しく捕まえられながら、3人は2階の奥に連れられて行く。


 俺と同じように連れられて行く3人を見送っていたサラヤと目が合う。



「ヒロも怪我には気をつけてね。私達じゃ応急処置くらいしかできないから」


「結構な怪我だったの?」


「ええ、手足が穴だらけだったわ。顔や体を庇ったんだと思うけど。あんなに動けているから、骨や腱は大丈夫と思うけど」


「お医者さんとかはいないの?」


「ん?……医者は大抵お抱えされているから、スラムの孤児が行っても追い返されるだけよ」



 よく物語で見るスラムで無料診療をしてくれるような医師はいないのか?


 あ、そうだ。今日の成果を渡さないと。



「あの、サラヤ、その今日の成果なんだけど……」


「大丈夫よ。毎回、大きな成果なんて期待していないわ。さっきもあの3人が言ってたけど、新人で俵虫3匹は立派な成果よ」


「いや、その、実は……」



 そっと、袋から鎧虫の晶石と晶冠、そしてその残骸を差し出す。



「え、これって?」


「鎧虫。さっきは少し言い出しにくくて」



 サラヤはじっと俺の顔を見る。

 そして、しばらく考え込んだ後、俺にその場でちょっと待っててと言った後、3階に上がっていく。



 数分後に降りてきたサラヤの手には黒い革袋が握られていた。



「ヒロ、昨日の成果への報酬よ」



 と俺に黒い革袋を手渡してくる。



「え、いや、俺は報酬は要らないって……」


「報酬と言うより投資よ。ヒロの装備が充実してくれれば、きっと成果も上げてくれると思うから」


「うーん。投資ねえ」



 革袋から出てきたのは、黒光りする拳銃、おそらくオートマチックピストルと呼ばれる物だ。

 銃には詳しくないので、それ以上のことは分からないが。



「実はね。モウラさんに新人で挟み虫を狩ったり、ハイエナの頭を持って帰ってきたりしたヒロのことを話したら、期待の大型ルーキーだって、この銃をヒロにってプレゼントしてくれたの。あ、モウラさんはバーナー商会の窓口よ。この人が私たちの成果をブロックなんかに交換してくれるの」



 え、俺のこと、話したの? 大丈夫かな。変な奴に目とつけられないかな。


 そんなふうに考えていた俺の顔を見て、察したのか、サラヤが慌てて付け加えてくる。



「ごめんなさい。勝手にヒロの情報を言っちゃって。でも、力のある人がチームにいるんだぞっていうアピールも必要なの。でないと良い仕事が回ってこないし、他のチームにも舐められてメンバーが絡まれるかもしれないから」



 事情は分かるが、あんまりいい気はしないな。まあ、俺も別に口止めしていなかったけど。



「あと、これは銃に使うマテリアルよ」



 別の小さな白い袋を俺に渡してくる。

 手のひらに袋の口を傾けると、前に見た黒いキューブ状の物体、マテリアルが転がり落ちてくる。



 これが、マテリアルの実物か。



 初めて手にしたこの異世界の金銭。

 正直、銃よりもマテリアルの方が感動が大きい。


 黒いキューブが手のひらに10個。呼び方は10マテリアル(=10M)でいいのかな?

 サラヤが銃に使うと言っていたが、やはり銃のエネルギーにもなるのか。


 吸い込まれるような漆黒だ。金属のように思っていたが、意外に重くなく、プラスチック程度の重量だと思われる。

 手のひらで動かすとマテリアルが互いに接触し、ガラス同士がぶつかったような固く澄んだ音が微かに響く。



「その銃は1Mで1発撃つことができるわ。まあ、1発でシリアルブロック1個分と考えると、なかなか勿体なくて撃てないかもしれないけど。でも危ない時は迷わないで」



 とりあえず、シリアルブロック1個が1Mで買えるということが分かった。


 一番価値の低い金銭が1Mなのかな?

 それだとシリアルブロックより下の商品の売買はどうなっているんだろう?


 当分買い物する機会もないだろうし、マテリアルは当面、銃のエネルギーとして使うくらいしかないな。


 銃についても、一度射撃もしてみたかったし、プレゼントというなら貰っておこうか。


 しかし、銃やマテリアルを渡されても、拠点に置いておく場所がないなあ。

 個室どころか、個人のロッカーすらないからな。



「これは、拠点ではどこに置いておいたらいい」


「あー。そうねえ。うーん。」



 俺の質問が予想外だったのか、サラヤが少し考え込む。


 しかし、すぐに回答を見つけたようで、



「そうね。良い機会だわ。チーム『トルネラ』のボスに会ってもらいましょう」



 え、ボス? サラヤがボスじゃないの? 俺の質問とボスに一体何の関係が?



「ヒロ、こっちへ来て」



 サラヤが俺の手を掴んで3階へ連れて行こうとする。



「ちょ、ちょっと。3階は女子階じゃなかったっけ?男子禁制だろ」


「まあ、普通はそうなんだけど。今回は特別よ。さあ桃源郷へご案内!」



 桃源郷って意味わかって言ってんのか? 語源はどうなってんだろ?



 3階へ上がると、食堂ですれ違ったカランと呼ばれていた女性が待ち構えていた。


 俺を威嚇するように腰に吊るされた警棒のような物の手をかける。



「サラヤ、コイツは?」


「カラン。今話題のヒロよ。ボスに引き合わせるの」


「早いな。まだ入団して3日目だろう」


「十分成果は上げているわ。期待の大型新人ってことで、特別枠ね」


「コイツがね。へえ」



 カランが俺を上から下まで眺めてくる。値踏みされているようだ。


 物語なら試してやろうとばかりに、いきなり切りかかってくるタイプに見えるが……


 ふん。先に「闘神」スキルを発動してビビらせてやろう。



 こおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!



 気合を集中、体中のパワーを全身に満たす。


 どうだ! 溢れんばかりの力に目を眩ませるがよい! 我が闘気よ、ほとばしれ!


 

 しかし、命一杯に力を込めて、パワーを出してはみたけれど………



「あんまり強そうに見えないけど。少なくとも格闘技をしているように見えないぞ」



 カランには何の感銘も与えることができなかった様子。


 あれ? 闘神スキルは発動しているはずなのに。闘気は出ていないのか?



「ふふ、ヒロ。緊張しなくても大丈夫。武器を持っているからちょっと怖そうに見えるけど、いきなり殴りかかったりしない人よ」



 サラヤが力を込めてピクピクしている俺を、緊張していると勘違いして、宥めにくる。


 これはどういうことだ?

 この子達には闘気が感じられないのか?


 今の俺はプロレスラーの何倍もの力があるはずだ。

 当然、カランやサラヤより、十倍以上は強いはず。

 素人のサラヤだけであれば戦闘に縁遠いということで、気が付かないことも考えられるが、明らかに格闘経験者であろうカランにも闘気を感じてもらえない。



 まあ、俺自身も闘気ってものが本当にあるのかどうかは分からないが。



 ひょっとして、漫画や小説、アニメのように強者が発するエネルギーのようなものは元の世界と同様、この世界にも存在しないのではないか?


 では、同じく漫画や小説なんかで表現される「殺気」とか「気配」とかもないかもしれない。

 だとすると、物理的な現象しか察しようがない。そりゃそうだ。


 ちょっとテンションが下がる。なんとロマンの無い世界だろう。



「さあ、ヒロ、こっちから4階へ上がるのよ」



 サラヤに手を引かれて階段を昇らされる。


 カランは階段を昇っていく俺をじっと睨みつけていた。


 ………いや、カランの目つきが鋭いから睨みつけているように見えるだけで、実際はただ見ているだけなのかもしれないが。





 4階へ上がり、通路を進んで一番奥の部屋の扉の前に立つ。



「ボス、ヒロを連れてきたよ。開けるね」



 ボスって言ったのにえらく気軽に声をかけるなあ。



 サラヤが扉を開けると、そこは倉庫のような部屋だった。


 周囲には棚が並び、箱が積まれていたりしている。

 埃っぽくはないが、古本屋のようなツンとした匂いが漂っている。


 部屋の真ん中に小さい人影が見えた。

 子供くらいの大きさだ。なんか見覚えがあるような……



 あ、ペ○パー君!

 


 そこにいたのは、町で掃除をしていた1m30cmくらいのロボットだった。


 先ほどはペッ○ー君と思ったが、それよりも少し骨太でがっしりした感じだ。


 サラヤがそのロボットの横に立ち、まるで貴人を紹介するような仕草で宣言する。



「ヒロ、これが私たちのボス、『トルネラ』よ」


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