第17話 検証


 朝になって、目の覚めた俺はまず、トイレに向かう。


 必要はないが、全く使用していないのもおかしな話だ。皆に普通じゃないと疑われる可能性を少しでも減らしておこう。



 良かった。洋式便所だ。

 さすがにウォシュレットは付いていないが。


 しばらく便所に座って時間を潰す。便所飯してるみたいだな。ボッチか俺。



 その後、食堂に向かうと、ジュードと3人が女の子から昼食のブロックを受け取っていた。



「おはよう」

「ああ、おはよう」



 こちらからジュードに挨拶するとすぐ返してくれる。表情から別に俺に何か含むところはなさそうだ。昨日もサラヤと夜を一緒に過ごしたのだろうか。



「おお、ヒロ、今日は何を狩りに行くんだ?」

「長虫か?、鎧虫か?」

「俺らも今日は狙ってみようと思ってるんだ!」



 朝からテンション高いなあ。

 昨日俺が成果を上げたから触発されているのかもしれない。

 これをサラヤは恐れていたのだろうか。



「昨日運が良かったのが、ぶり返しそうなので、今日は地道に俵虫を狙っていくよ。調子が出てきたら他のも狙うかもしれないけど」


「じゃあ、狩場で会ったらその時の成果を見せ合いっこしよう」

「俺は昼飯のブロックを賭けるぜ」

「まあ、俺らは朝には全部食べ切っちゃうけど」



 そう言って、反論を受け付けず、ブロックを受け取るとすぐに飛び出していってしまう。


 まあ、別に負けてもブロックは惜しくもないが。



「どうぞー、ヒロさん」



 女の子からブロックと水の入った水筒と獲物を入れるずた袋を受け取る。

 サラヤ以外の女の子から声をかけられるのは初めてだな。



 小柄でふんわりした栗色の髪を肩のあたりでそろえている。

 ちょっと丸っこい顔立ち。

 美人ではないが、愛嬌がある感じで、ポワポワした印象を受ける。

 今の俺と同い年くらいだろうか。



「私、ナルっていいますー。ここでは食事当番をしていますので、本当は昨日会うはずだったんですけどー」


「あ、ごめん。その時はあの3人に朝から引き回されていたから、ここにこれなかったんだ」


「昨日も食事をされていませんよねー。はい、これは昨日の分ですー」



 と、もう一個ブロックを渡される。


 いや、別に要らないんですが。

 返すのは申し訳ないから受け取っておくけど。



「外に行かれる方には、こうやって朝お渡ししますよー。夕食は日が暮れるくらいに用意していますので、今日は遅れないでくださいねー」



 にっこりと微笑まれて、お願いされる。


 うーん…………

 語尾を伸ばすキャラクターか。おっとり癒し系だな。

 しかし、ヒロインにはちょっと美人度が足りないかな。

 

 言い方は悪いがモブ以上サブヒロイン以下ってところだろうか。

 でも、スタイルはサラヤに負けず劣らずいい感じ。でも専用ルートはないだろうな。



 とかなんとか自分勝手な想像をする。相手になんて失礼なんだ。

 でも分かっちゃいるけど、ついゲーム感覚でキャラを判断しようとしてしまう。

 こんな異世界転移なんて、常識外の状況に対して、精神を保つ為に、あえて自分が詳しい知識に当てはめようとしている防衛本能なのかもしれない。



 ナルに見送られ、食堂から出ていこうとすると、3階から降りてきた女性とすれ違う。



 女の子ではなく女性といったのは、女の子と呼ばれる雰囲気が全く感じないからだ。


 俺と同じくらいの身長で細身。

 女らしさをあまり感じない薄い顔立ちで、背中まで流している黒髪がなければ、男と間違えたかもしれない。


 すれ違いざまにやや吊り上がった目でジロリと睨まれる。


 決して美人とも可愛いとも言われないだろう。

 男の夢を除外した現実にいたかもしれない女武者とか女武芸者といった感じか。

 やや厚手の服装で、腰に警棒のようなものを差している。

 武装しているけど、コイツも狩りに出るのか?

 


「カランさん。今日はお出かけですかー?」


「ああ、サラヤが交換しにいくらしい。貴重品だから私の他にもう一人来るようだが」


「えー。ジュードさんさっき出かけましたよー」


「いや、多分、パルデアだろう。連れていくのは」


「あ、パルデアさんこっちに来てるんですかー?食事用意しとかなきゃー」


「来るのはもう少し先だろうな」



 カランっていうのか。

 惜しいな。もう少し顔面偏差値が高ければ武人系女子キャラとなれたのに。


 俺ってさっきから女の子の顔を見定めして、随分慢心しているんじゃないか。

 

 そんなところが彼女ができなかった原因だろ。

 異世界に来ても俺の本性は変わらないか。








 外に出て狩場に向かう。


 歩きながらカロリー○イト(チョコ味)を召喚して噛り付く。


 うん、うまい。

 ブロックなんて目じゃないぞ。


 誰かに見られないよう手で隠しながら平らげる。



 ブロックは当分収納したままにしておくか。

 受け取らないのは変に思われるからなあ。


 ヤク○トを飲み干して、ほっと一息つく。


 あー。缶コーヒーほしい。

 あんなに飲んでいたのになぜ出てこないのか。


 うーん………

 コーヒーといえば、豆もコーヒーメーカーも常備していたが、ポケットから取り出すのはちょっと大きすぎる。



 あっ! そうだ!



「インスタントコーヒー使い切りバージョン!」



 出た。スティック状の袋に入ったインスタントコーヒー粉末。



「やった!これでコーヒーが飲める……お湯が無い!」



 ………いや、水はある。

 この水筒の中にインスタントコーヒーを入れれば……う~ん、ちょっと難しいなあ。

 コーヒーの匂いは結構残る。この水筒を返したときに何て言われるか。



 くそ、これしかないか。



 口の中に水を入れ、インスタントコーヒーを流し込む。

 そして、口の中でシェイク!

 久しぶりのコーヒーを堪能…………、うーん、微妙。





 そんなことをしているうちに、狩場に到着する。


 さて、まず大事なのは昨日の二の舞を踏まないことだ。

 先に成果を上げてから検証作業を行おう。


 その前にポケットからスマホを取り出す。

 電波はつながらないが、時計としては使えるはずだ。時刻は7時40分を示している。


 この時間はこの世界の時刻と合っているのか。

 そもそも時刻が元の世界と同じかどうか分からないから、合っている前提で使用するしかないな。


 このスマホの時間が16:00を示したら帰ることにしよう。





 スマホを仕舞い、虫探しを始める。


 早朝ということもあり、廃墟の物陰や、瓦礫の裏で俵虫を見つけることができた。


 パッと掴んで軽く握ると殻が割れる。腹から晶石を取り出して、ポケットに入れる。


 2時間ほどで3匹の俵虫を捕まえて晶石を得ることができた。




 割と簡単だったな。

 あの3人のノルマは一人5匹って言ってたけど。そんなに厳しくないノルマだな。

 多分、サラヤがあの3人はベテランだって言ってたから、いつもノルマ以上を稼いでいるのだろう。


 あと2匹、いやもう少し成果がほしいところだ。

 前の成果が特別だったとしても、期待値が上がってしまった今、どうしても前と比べてられてしまう。

 上がった評価が下がるのちょっと悔しい。もう少し上物を探そう。







 ………で、見つけたのが、目の前のカブトムシだ。


 日の当たらない壁に止まっている。

 おそらく鎧虫と言っていたヤツだ。

 

 20cmくらいの大カブトムシ。

 ただし、角の先端が槍のごとく尖っており、攻撃時は間違いなく角で突き刺してくるだろう。


 名前の通り頑丈そうな黒光りしている装甲を纏っている。

 挟み虫のように握りつぶせるだろうか。


 

 考え込んでも仕方がない。

 昨日の兎やハイエナと比べれば大した相手ではない。

 すでに何度か死闘を経験したせいか、それほど気負うこともなく、鎧虫に対して戦いを挑むことができた。




 鎧虫に狙いを定め、右手を構えて、一気に壁に駆け寄る。


 右手で壁に押し付ける形で鎧虫を捕まえる!




 ドガッ!!




 ヤバッ 鎧虫ごと壁を突き破ってしまった!


 慌てて右手を壁から引き抜く。




 ほっ…………鎧虫は無事だ。

 粉々にしてしまったかと思った。



 捕まえられた鎧虫は足をバタバタと動かしていたが、やがて角を赤く光らせてくる。



 う………、このパターンは挟み虫と同じだな。



 「えい」パキッ!



 片手で鎧虫を軽く握ると、装甲のあちこちにひびが入る。

 そして、角がこちらに向かないようにしながら、殻を剥がしていく。

 


 これだな。晶石と晶冠は。

 


 小指の爪先くらいの晶石が一つ嵌まった金属の輪を取り出す。


 暴れていた鎧虫もここでお陀仏だ。




「お宝ゲット!」


 






 これで成果は十分だ。ようやく能力の検証に移れるな。


 廃墟の比較的マシな建物の中で、物品の召喚についての検証を行う。



 結果、おそらくこうではないかという召喚の条件について絞り込むことができた。


 ①呼び出される物品は俺の自宅にあるものに限定されるようだ。

 俺が転移してきた時にあったものではなく、過去自宅に持ち込んだことがあるものが対象になっていると思われる。


 ②呼び出される数だが、自宅に1個しかないものは1個しか呼び出せない。

 ヤク○トのように10セットで持ち込んだことがあるのであれば、複数も可。


 ③こちらは検証が足りないが、自宅に1個しかないものでも、次の日になればもう一個呼び出すことができる。

 前に呼び出したものが消えるわけではない。



 結論、微妙。



 ポケットから出せる大きさのものという縛りがキツイ。

 何か商売に結び付けるのは生産力が足りない。

 俺一人分なら十分な量だし、せいぜいチームで食べる分をカバーできるくらいか。

 まあ、能力が「異世界に行っても今の生活環境(衣・食・住と娯楽を含む)を維持したい」だからなあ。

 あくまで自分一人が対象なんだろう。


 しかし、今のところ、維持できそうなのは衣と食くらいだぞ。

 住と娯楽はどうなった。せめて、ネットにつながせてくれ!




 そうこうしているうちに16時近くになってしまった。


 今日のところは戻るとしよう。


 結局、あの3人には会わなかったな。まあ俺が建物の中にずっと居たからだけど。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る