第9話 遭遇
朝を迎えた。
気分は最悪だ。もちろん一睡もできていない。
あれから全裸になって、ひたすら虫を剥がし続けた。
体を洗いたくて半泣きになりながら、廃墟を衣服片手に全裸で彷徨い歩いた。
崩れかけた建物に備え付けられた蛇口からチョロチョロと水が零れているのを発見し、手ですくいながら体中と下着、衣服を洗った。全裸で。
今は全裸で衣服を乾かしているところだ。物陰に身を隠しながら、完全に乾くのを待っている。
幸いなことにあの虫は元の世界の昆虫ではなく、この世界の機械種:インセクトのようだ。
小さめのカブトムシくらいの大きさで握りつぶせばグシャリとブリキの玩具を壊したかのような感触で潰れ、中から細かい機械の部品っぽいものが出てきた。
良かった。
あれが元の世界のゴキ○リだったら、俺はどうなっていたか。精神的に。
テンションが低いまま、壁を背にして、全裸の三角座りで待機中。
はあ、とため息一つつき、自分の腕や足、胸や腹に目をやる。
昔の自分より間違いなく筋肉質になっている。高校生時代でも全く運動していなかったので、体はプヨプヨだったのに。
ぐっと腕に力を入れれば、昔の自分ではありえない大きさの力こぶができる。
腹に力を入れれば、憧れのシックスパック。
すごく得した気分になり、少しテンションが戻り始める。
いつまでも落ち込んでいても仕方ない。
まあ、なんとか今までの中で最大の危機を切り抜けることができたのだから。
体も傷一つないようだし。
しかし、あいつら何のために俺に集っていたんだ?
体の老廃物をなめとっていたのだろうか?
ついそんなことを想像して、背筋がゾクッとしてしまった。
ゆっくり立ちあがって、嫌な想像を振り切る為に、全裸で簡単に柔軟運動を行う。
気が付けばそろそろ太陽も昇りはじめており、衣服も乾いたことだろう。
今日は探さなくてはならないものがある。
ずっと全裸三角座り中に考えていたことだ。
そう、「ギルド」だ!
異世界によくある万能組織。ギルドカード、ギルドランク、そして受付嬢。
ファンタジー世界ではないので、そのままの形ではないだろうが、機械種なんて危険な存在を狩るために、狩人達を統合するような組織があるのではないだろうか。
そこで登録できれば身分証が手に入ったり、初心者向けの研修を受けることができたりなんかあるかもしれない。
もちろん、テンプレ(最近は少なくなってきたが)のギルドで新人いびりに絡まれるという展開にも期待してもいいかもしれない。そこで実力を見せつけて、「コイツスゲー!」ってなるやつ。
……いや、相手は銃を持っているかもしれない。銃相手は厳しいな。
いかに呂布でも音速近い弾を躱せるだろうか?
相手が銃を構えているところを想像して、構えてみる。全裸で。
銃口の向きである程度相手の狙いが分かると聞いたことがある。
斜めに構えて正面の面積を少なくしてみてはどうか。
それとも、いっそいきなり飛び蹴りでもかましてみるか。
その上で神速のジャブで顔面狙う……
しばらくシャドーボクシングを続けた。全裸で。
ジャブ、ジャブ、ストレート、回し蹴り。相手が倒れても残心を忘れず、構えを解かない。
想像の中の新人いびりを倒して、起き上がらないことを確認してからほっと一息つく。
「そろそろ服を着て、町に出てみるか」
探してみたけどギルドらしき建物はありませんでした。
町の中央にそれに近い建物はあったものの、全くの立ち入り禁止で、機械種:ソルジャーだか、ナイトだか分からないが、ゴツイロボットが何体も警備しており、とても人が出入りするものではなかった。
周りの建物より一際大きく、特に張り出している塔は6,7階立てのビルくらいの高さはありそうだ。天辺には下からでもわかる大きな釣鐘がついており、時刻を知らせる時計塔のようなものではないかと思う。
しかし、ここに来てから鐘の音は一度も聞いたことが無いが。
仕方がないので、ギルドに所属してそうな冒険者っぽい人を探してみることにする。
しばらくそれっぽい人を見つけ、行動を観察していると、いくつかパターンを発見する。
①機械種の残骸と思われるものを店舗に持ち込み、マテリアルに交換している。
②店舗には宝石や装飾品のようなものを持ち込むものもいる。こちらはカードで受け取っている場合が多い。
③食料品なんかはマテリアルそのもので交換。銃や装備品なんかはカードでやり取りしているのがほとんどだ。
ここから導き出されるのは、機械種の残骸は金(マテリアル)になるこということだ。
しまったな。俺が叩き潰した虫の残骸を持ってくるべきだったか。
店舗で交換している残骸があきらかに大物が多かったように思うが、全く金にならないということもないだろう。
来た道を戻り、廃墟に向かう。
そろそろ物語が進んでいるという実感がほしい。この世界に来てから、まだ何も手に入れていないんだ。せめて、異世界での初めての取引をここで完遂してみたい。
虫の残骸が見つからない。
あの時は暴れまくったから、大分飛び散ってしまったと思うが、全く残っていないということは無いはずだ。
しかし、どれだけ探しても見つからない。誰かが取っていってしまったのか、虫の残骸を回収する機械種でもいるのか。
夜を待てば、集まってくるかもしれないが、それだと、店に持ち込むのが次の日になってしまう。
できれば早急に金銭を手に入れたい。もう野宿はこりごりだ。
仕方がないので、こちらから虫を探して捕まえることにしよう。
虫を探して廃墟をうろつく。
必要ないときはよく見かけるのに、探すとなかなか見つからない。
よくあることだ。
行動範囲を広めて、歩き回る。
瓦礫を持ち上げて、虫がいないかを確認。
地面を少し掘り返してみる。
太陽は真上を通り過ぎ、夕方に近くなってしまっている。
この歳になって虫取りとはなあ。
場所が悪いのかもしれないので、探す場所を変えてみることにしよう。
廃墟の範囲はかなり広い。元々大きな街であったのだろう。それが襲撃か何かで縮小していったのではないかと思う。
それにしても町に城壁がないことに驚いた。あれだけの敵対的な存在がいる世界なのに、町の住民を守るための城壁が無いなんてどういう訳だろうか。
また、門番の存在もなく、町への出入りは自由。もし、門番がいて通行税が必要だったら詰んでいただろう。
普通に考えたら一見この町は無防備すぎる気がする。
俺には分からない防衛装置のようなものがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると突然横から声をかけられた。
「おい! おまえ! 勝手にウチの狩場に入ってくんな!」
声をかけられた方向に目を向けるとそこには小学生高学年くらいの浮浪児が3名。
浮浪児と決めつけたのは擦り切れた衣服と荒んだ目つき、その粗暴な態度からだ。
ん?小学生高学年くらいも浮浪児と呼ぶのだろうか?
「おい!!返事をしやがれ!!」
気が付けば、3人に取り囲まれていた。
ぬう、初バトル(①メカ熊は逃げただけ②虫は剥がしただけ)が、ガキ3人ってどうなんだ。
………あ、ヤバい!
こいつら手にナイフを持ってやがる。
しかもよく見たら、ガキ3人とも手の指の先が欠けてたりしている。どんだけ荒んだ日々を過ごしてるんだ!
さっきまで、何とかなるだろうとある程度余裕を持っていたが、3人からの強烈な敵意にやや尻込みしてしまう。そりゃナイフを突きつけられたら普通はビビるな。
ここは大人しくするのが無難か。
いつになったら俺はTUEEEEできるのだろうね。
「すみません! 俺、この町にきて間もなくて、ここがどこか全然わからないんです。勝手に狩場に入ったことは謝ります。すみません!」
なんか言い訳と謝罪の言葉はスラスラ出てくる。これも元の世界で培った経験か。
俺が頭を下げたことで、溜飲が下がったのか、3人の表情から敵意が少し減る。
ナイフは相変わらず俺の方向に向いているが、3人とも顔を互いに合わせてどうするかを思案しているようだ。
「どうする?こいつ」
「サラヤが新人見かけたら連れて来いって言っていたしなあ」
「こいつ弱そうだぞ。役に立つのか」
「邪魔だったら追い出しちゃえ」
「人数多い方がいいってアニキも言っていたぜ」
「じゃあ連れていくか」
結論が出たらしい。
「おい、逃げるなよ」
「俺たちのアジトに連れてってやる」
「さあ、こっちにこい!」
大人しくついていくことにしよう。ようやくイベントが始まったようだ。
いきなり浮浪児に連行されるなんて、なんとも情けない話だなあ。
「おい!」
歩いていると3人のうちの一人にパーカーの袖を掴まれる。
「お前、いいの着てるじゃないか。俺がもらってやるよ」
袖をグイっと引っ張られる。
「さっさと脱げよ!」
威嚇する気なのかナイフを目の前でチラつかせるガキ。
「…………」
前を歩いていた2人もこちらを面白そうに見ている。
あれは俺から何かを『奪おう』としている目だ。
【ウバウ? オレカラカ?】
ドクンッ!!
なぜか、心臓が大きく跳ねた。
「こら!聞いているのか!」
いきり立つガキはナイフを俺ののど元に突きつけてくる。
その瞬間、俺の心に何者かの声が響く。
ウバウノカ!
コイツハオレカラウバウツモリカ!
ウバワレルクライナラコワシテシマエ!!
ナイフを突きつけている手を両手で握りしめ、ガキの目を正面から見据える。
なぜか簡単に壊せそうな気がする。
もう目の前のガキが人間とは思えなくなってきた。
俺の心の中から、恐怖や戸惑いの一切が消え去り、代わりに途方も無く強大な力を持つナニカが腹の底からせり上がってくるような………
俺が一歩足を踏み出せば、簡単に踏み潰せそうな蟻みたいに見えてくる。
「コラッ! 離せ!」
ガキは先ほどからナイフを動かそうと力を込めているがピクリとも動かない。
両手に包まれているガキの手はまるであちこちひび割れた卵のように壊れやすく感じる。
少し俺が力をいれただけで粉々になってしまうだろう。
「オマエハオレカラウバウノカ?」
最後に確認だけしておこう。
ガキの顔が目に見えて青ざめ、手から力が抜けてナイフが地面に落ちる。
手の力を抜くと、ガキはさっと俺から遠ざかった。
「おい!どうした?」
前の2人が駆けつけてきた。
俺は2人の方向に目を向ける。さてどうしようか?ど うするかな?
3人はこそこそと何か話し合っている。
さあ、どのような選択肢を選ぶのだろう。それによって3人の運命は大きく変わるはずだ。
俺はそれをどこか他人事のような感覚で、ただぼうっと眺めていた。
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