第8話 情報収集
成り上がりは無理かもしれない。
町に着いてからすでに4、5時間は経過している。
まず最初に得られた情報はやはり「言葉は通じる」ということ。
周りの話している言葉は少し知らない単語が出てくるものの、内容の理解はできる。
しかし、勇気をもって幾人かの通行人に話しかけてみたが、皆、舌打ちとともに追い払われたか、忙しいからと会話を拒否されただけだった。
話しかけた人選が間違えていたのだろうか?もっと話しかける人数を増やせば、そのうち親切な人に出会えるかもしれない。
だが、すでに自分の心は折れてしまっており、それ以上の聞き込み継続は精神的に難しい。
あきらかに外国人っぽい人に話しかけるのは、たとえ言葉が通じるとしても、プレッシャーが大きい。すでに精神力の残量はゼロに近い。
話しかけるのを諦めて、周りの人間の行動を観察することにした。
交通量の多い辺りをうろつき、会話に耳を傾け、分かったことがいくつかある。
『マテリアル』
どうやらお金の単位らしい。支払いの際に買い手が革袋から取り出したのは、1cmくらいの黒いサイコロのような物体だった。それをジャラジャラと店に備え付けの皿に入れて支払いをしていた。
また、カード払いもあるようだ。電子マネー支払いのようにカードを店先の機械に押し当てて支払いをしていた場面を見ることができた。
『機械種』
おそらく、この異世界に来てから何体も出会ったロボットのことだろう。
いくつも種類があるようで、耳に入ってくる種類だけでも「ワーカー」、「ソルジャー」、「ナイト」、「ウルフ」、「インセクト」、「メイド」等があるらしいことが分かった。
また、この町で動いているロボット=機械種は全て目に当たる部分が青く光っていることに気が付く。あの敵対したメカ熊(この世界では機械種のグリズリータイプとでもいうのだろうか?)の目が赤く光っていたこととは対照的だ。また、ボディーに当たる部分も血が混じったような赤黒い色をしたものは一体もいない。
「敵対する機械種」=赤く光る目、赤黒いボディ
「味方である機械種」=青く光る目、赤黒いボディ以外の色
という分かりやすい法則でもあるのだろうか?
『ブロック』
この町では食料品のことを「ブロック」というらしい。これも色々種類があるようで、「シリアルブロック」、「ミートブロック」、「ビーンズブロック」等が売られており、購入した人が文字通りブロック状の固形食をそのまま齧っている姿をよく見かけた。
ミートブロックってなんか旨そうだな。
1日半全く食事をしていない中、普通は感じるはずの強烈な空腹感はないが、お腹のあたりがやや物足りないと訴えてきている気がする。
まあ、無一文だから何一つ買えないんだが。
『車』
元の世界でよくみる形状の車が往来を行き来している。それほど数が多い訳ではないようだが、1時間のうちに2,3台は走っているところを見ることができた。
車種は軽トラックが一番多く、次に装甲車。中型のコンテナを積んだトラックもあった。また、1台だけ、明らかに高級車っぽい車を見かけた。
元の世界でいう大型のミニバンで思わず「ア○ファード」を連想しまった。黒塗り+スモークガラスがいかにも近づきたくない印象を与える。
さらにボディーに銃口のようなものがいくつも張り出しており、絶対にこの車をあおる奴はいないだろうなと思った。
『文字』
一応、文字を読めることが確認できた。店先の看板に書いてあるメニューも読むことができる。なぜなら書いてある文字が日本語だから。
これについては理解不能。先ほどの「マテリアル」や、「ソルジャー」、「ブロック」等の単語は元々英語のはずだ。
それがカタカナで日本語と混じって文字として書かれてある。どういう理屈なんだ?
これについてしばらく考えてみたが、「過去、日本人が転移して広めた」、「実は日本で作られたゲームの世界に入り込んでいる」くらいしか思いつかなかった。
まあ、自分にとって不利なことではないので、これ以上考えることはやめておこう。
以上、会話を拾ったり、周りを観察して分かったのはこれだけだ。
ネット小説では序盤に親切な人と友好的な接触をすることで、元の世界とのギャップを早期に埋める展開が多かったように思う。
しかし、この世界ではそのような人と出会うことができなかった。この世界が周りの人に親切にするだけの余裕がないのか、それとも今の自分の服装に問題があり、不審者と思われて敬遠されているのか。
すでに日は暮れかけており、本来であれば今日の寝床を探さないといけない時間だ。
でも金はない。だから野宿しかない。さあ、どこで野宿しよう。
すでに丸一日寝ていないが、徹夜による疲労はあまり感じていない。しかし、疲労が少ないからといって、寝ないというわけにはいかない。
「闘神」スキルによってそのあたりの耐久力が上がっているかもしれないが、疲労は溜まっていくものだ。特に睡眠不足による判断力の低下は防ぎたい。
この人通りの多い辺りはやめておいた方が良いだろう。
あの治安の良い日本でも、夜中の繁華街で寝っ転がっている酔っ払いが盗難等の被害に遭うことだってある。
この町に入ったところにあったあの廃墟辺りなら人は少なそうだし、探せば寝床になる建物もあるだろう。
とりあえず元来た方向へ戻ることにする。30分も歩けばあの廃墟にたどり着くはずだ。
進んでいけばいくほど人通りが少なくなる。人の流れは自分とは逆方向に動いているようだ。人とすれ違う度、なぜか自分を見て怪訝な表情をされることが多いのが気にかかるが。
「あの坊主、こんなに日も暮れて鐘から離れたら虫に食われるぞ」
誰かがボソっと言った言葉が耳に入る。
カネ? なんのことだ?
虫がいるのか? 全く見かけないのに。
夜になったら沸いてでてくるのだろうか。
いやだなあ噛まれるのは。虫除けやかゆみ止めなんか無いし。
廃墟にたどり着き、手ごろな建物を探す。
とりあえず屋根と壁があればいいか。
あと、できれば布団の代わりになりそうなものを探そう。
しばらく散策し、テントの残骸らしき布と、ちょっとは夜露をしのげそうな小屋を見つけた。
扉がなかったので、転がっていた板を何枚か重ねて扉代わりにする。
小屋の中は襤褸切れや瓦礫が少し散乱していたので、寝床のスペース分だけ確保するため、簡単に掃除する。といっても横にどかせるだけだが。
テントの残骸をマット代わりに敷き詰め、パーカーを脱いで、タオルケット代わりにする。今がそんなに寒く無くてよかった。
横になって天井を見上げれば、穴が開いており、夜空に輝く星明りが垣間見える。
俺はこの世界でやっていけるのだろうか?
ああ、スキルの確認もやらなければ………
どうすれば「仙術」が発動するんだろう。
明日はもっと町を見回ろう。何かしら出会いがあるかもしれない。
やはり疲れていたのだろうか。しばらく考え事をしていたが、自然と意識が薄くなり、深い眠りへと沈んでいった。
………………
………………
体がもぞもぞする。ぎちぎちと音がする。
………………
………………
何かがTシャツの中で動いている。手や足に何かが纏わりついている感触がある。
………………
………………
「くそ! なんだよ。いい気持ちで寝てたのに!」
起き上がりながら、むず痒かった手足を摩る。
ボロボロとなにかが落ちはがれていく。
Tシャツの上から自分の胸を触る。ゴワゴワした感触。
一気に意識が覚醒し、思わす声をあげる。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
体中に黒い虫がたかっていた。かなりでかい。5cmはありそうだ。Tシャツや下着の中まで侵入している。
「があああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
半狂乱になりながらTシャツを脱ぎ捨てる。体に張り付いている黒い虫は掻き毟って剥がし取る。
手が震えてベルトが緩められない!
無理やりジーパンを脱ぐ。体勢を崩して転んでしまうが、かまわず転がりながらパンツも脱ぎ捨てる。
手で体中を擦りながら虫を剥がしまくる。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「もういやだ! もうこんな世界いやだ! 元の世界に返してくれぇぇぇぇ!」
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