第3話
神社には一本大きな柳の木がある。
参道の左右を沿うようにして並ぶ露店、その裏手を進んだ先にある大柳の下で、私たちは打ち上げ花火を眺めていた。
夜空に開花するいくつもの耀きに眼を奪われる私。全身を揺さぶる響きに引き戻され、ふと夏生に視線を向ける。花火を見上げる彼の横顔に今度は心を奪われてしまう。
かつてはこの場所で告白を受けた。今回もまたそうなるだろう。
彼の言葉に、私は何度だって涙するに違いない。脈打つ鼓動の音を感じて身体が火照る。嬉し恥ずかしと感情が押し合い圧し合い、暴走する自分の心に振り回されたりして――。
なのに、夏生は一向に想いを告げようとしなかった。それどころか、「ちょっと待ってて」と私をその場に残してどこかへ行ってしまい……置き去りの私は花火と彼の消えた辺りとを交互に眺めるほかなかった。
夏生が戻ってくる頃には花火はとっくに終わり、私は大人げなくむくれていた。
「ばかっ」
本来なら夜空の花が私たちの恋を祝ってくれたのに。
だけどそれは、私の知る記憶とは異なるということ。
事実が変化すればきっと未来も違ってくる。そうだ、やっぱり過去はやり直せるんだ。
だったら夏生の命だって……。
そんな風に考えていたのも束の間、彼が手に持つものに気付いて――私は肺を針で刺されたみたいになった。
「それ……」
声を押し出して、そこにあるものを示す。震える指先が伝えるのは驚きと疑念、それから静かな怒り……。
「あー、うん。祭りと言ったらやっぱりこれだろ?玲乃は嫌っぽかったけど、せっかく来たんだからやるだけやろうと思ってさ」
夏生は苦笑交じりにそれを前に出して見せた。
取っ手の紐から揺れる透明な袋。その中を、茜色の金魚が一匹泳いでいる。
「まぁ、大丈夫だ。お前が心配しなくとも俺が責任持って育てるからさ」
「ばかっ!!」私は叫んだ。
さっき口にしたそれとはまったく異なる想いで。
眼を丸くする夏生。
私は彼の横を抜けて、露店へと急いだ。
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