第2話

 二人して露店廻りを楽しんだ。

 ノートに書き綴った文字を指先でなぞるように、思い出を刻み重ねた。



 たこ焼き、焼きそば、綿菓子にリンゴ飴――いろんなものが食べたくて、どれも二人で半分こにした。


 かき氷は私がお腹を冷やしたら困るからと首を縦には振ってくれず、代わりに瓶ラムネを買ってくれた。頭上でかざしてみると、瓶の中を転がる丸いガラス玉が周囲の灯りを受けて暖かみのある色を放っていた。



 夏生は巧く私との距離感を測れずにいるのか、肩が触れるとわざとらしく「次はあれをやろう」と言って人垣の中を進んでいった。


 このあと告白するくせに。

 そう思うと彼の行動が無性に愛しく感じた。


 意地っ張りで少しひねたところがあるけれど、時おり見せる優しさが素敵な夏生。

 そんな彼に恋焦がれながらも本音を言えずにいた私。

 二人で夏祭りに行くほどなのに、自分のなかで膨らむ感情ばかりに眼が入って互いの好意に気付けず、ずっと盲目でいた。こんなあからさまな光景、同級生はとっくの昔に私たちの想いを知ってたんだろうな。


 本当は好き同士で、だけどまだ相手の気持ちが分からないでいた私たち。


 自然と頬が緩んだ。おかしくて堪らない。未来に起こる悲しみを知りながらも、私は嬉しくてつい笑ってしまう。


 恋って、ほんとに面白くて素敵だ。



 夏生の頭を目印に人の波から抜けだした。

 疲れて膝に手を付く私。そんな姿を彼は笑うもんだから、私は文句の一つでも言ってやろうと思って顔を上げ――。


 出かかった言葉が喉でつっかえた。


 眼前にあったのは一軒の露店。

 あの金魚すくいのお店だった。


 店先で手招きする夏生。

 熱気が集う境内にひやりとした風が横切る。



 すぐに私の身体は動いていた。けれど夏生の誘いに乗ったわけじゃない。

 傍に行くと彼の腕を掴んだ。強く強く引っ張ってその場を後にする。



 拝殿の前まで来たところで脚を止め、ひと息ついた。


 「なんだ急に。どうした?」


 それまで黙っていた夏生が、ようやく口を開いた。


 どう答えたものか。

 少し悩んでから、


 「私、金魚苦手だから」


 そう、嘘を付くことにした。


 「初耳だぞ?」

 「言わなかったもの」

 「なんで?」

 「別に。なんとなく……」


 あのまま金魚すくいをすればきっと、夏生はあの金魚をとってしまう。それじゃ結局、あの二匹は離ればなれのままだ。胸を締め付ける苦しみを知る私だから、引き裂くなんて真似はもうしたくない。


 夏生は何か考えあぐねている様子だったが、やがて「そっか」と私の言葉を聞き入れ、再び露店を見て廻ることになった。

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