第6話 不眠と不安の黒い夜
その震災から2年が経つある夜のことだ。私はいつものように午後10時に布団に入った。何かがおかしい。そう、全く眠れないのだ。いままでにも緊張や興奮や不安で眠れない夜があった。それでも、それとは違うのだ。本当に眠れない。
眠ろうとすると震災の映像が目の前で強制的に再生される。助けを求める声が聞こえる。あの日の青く透明な空から太陽がさしている。今私が立っている場所には、崩壊した建物と、青い空以外の何もない。私は最大の被災地となった街の中心街にいる。相次ぐ地震で被害を受け、震災発生時刻で止まっ計を持つ「市民の塔」がそこにあった。――私は、その街にいるのではない。安全な家の温かい布団の中にいるのだ。そうはわかっていても、目を閉じると、私の脳裏に映し出される映像は、紛れもなくその街のものなのだ。
その日は寝ていても嫌なことばかり思い出すと考え、布団から出た。特にあてもないままスマートフォンを眺めている。深夜にスマートフォンを見たら眠れなくなるのは当たり前だが、私にはもはや本を読むほどの集中力も残されていなかった。スマートフォンは惰性で動かせ、気を紛らわせてくれる最高のものだ。そうして数時間、スマートフォンを見ていた。
これでは何も変わらないと考え、勉強でもしようと、単語帳を開いてみた。何も頭に入らない。いままでよりもひどい。
例えるなら網膜色素変性症の末期患者だ。網膜色素変性症という目の病気は、だんだん視野が欠けていく病気だ。もちろんそのほかにもたくさんの症状がある。中期患者は症状こそあるものの、残った視野で必死に集中すれば、ロービジョンでありながらもなんとか日常生活を送ることができるといわれている。末期患者は違う。残されたものでどんなに世界を見ても、もはやほとんど何も見ることができないのだ。
いままでは私に残された40パーセントの集中力で、必死に頑張っていた。40パーセントはやがて25パーセントになり、10パーセントになった。その集中力で、なんとかごまかしてきた。でももはやどうにもならないのだ。
例えるなら、今まではスマホの文字を大きくしたりルーペを使ったりしてなんとかなっていたのだが、やがてボイスオーバーや点字が必要になるようなものだ。
結局その日眠りにつけたのは、午前2時を回ってからだった。数日前からもあまり眠れずにいたので、疲労感が溜まっていた。あいにくその日は学校の始業式だった。いつもの時間に目覚ましが鳴ったが、起き上がることができず、家族には体調が悪いといって学校を休んだ。午後からでも行きたかったが、始業式の日は午前中だけだったため、結局欠席することになった。
小学校から欠席をほとんどしてこなかったので、何か悪いことをしてしまったような気持ちになっていた。
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