第2話
「すみません。運ぶのまで手伝ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。これ運ぶの、次の撮影がある教室までだろ?」
「はい。プロローグ後の授業風景。三階の主人公達の教室まで」
「だろ? だったら俺もそこまで行くから問題ないよ」
彼女とぶつかった後、行き先が同じだろうという目星を付いていた俺は、またこの子にダンボール箱を二つ持たせる訳にもいかないと思ったので一緒に運ぼうと提案した。
はじめは迷惑を掛けるからと、彼女は遠慮していたけど、俺も自分の所為で転ばせたようなものだったし、できないとわかっていてこんな子に無理をさせる筈もなく。
半ば無理やりダンボール箱を一つ取り上げて先々進み、彼女が後からついてくる形になった。
そして、今は両手でダンボールを抱え、その上に小田桐さんの鞄を乗せてバランスゲームをしながら撮影場所に続く階段を二人並んで歩いている。
こうなると、自分のカバンを置いて来てかえって良かったと思えた。
「ところでえっと、先輩……ですよね?」
行き先の再確認を終えてから、彼女は少し改まって質問してきた。
「すみません。あの――」
「謝る事ないよ。俺が好きで運んでるんだし――」
「じゃなくて! あの、その、ぼく、先輩の事……なんてお呼びしたらいいかなって」
呼び方? あ、今のすみませんって訊ねる時のすみません?
「うーん。そっちは、緑の刺繍って事は一年後輩な訳だ?」
「はい、そうです」
「じゃあ、さっきのまんま先輩とか呼んでくれたらうれしいかな」
今、言葉の上ではあくまで軽い感じで言っているけど、実はすごく恥ずかしい。
ちょっと喉が渇く感じだ。
俺の事を先輩と、年上として接する彼女。けど、本来はこの世界で俺達に年齢なんてものはない。
同時期に大量に生産されたソフトの中のデータなのだから、全員が同い年と言ってもいいのだ。
それでも、こうして俺達には与えられた設定がある。
基本、主要キャラ以外のモブスタッフは一部の教師役や一般人の配役を覗けば全員が学生の見た目だ。
年齢設定は当然ながら十六から十八の間。
現実なら十五歳なんて人もいるだろうが、俺達にはそこまで細かい設定は与えられていない。
自分の制服のブレザーのリボンや胸元の刺繍の色で三学年から一学年までに分かれている。
赤が三年、つまり十八歳。青が二年で十七。
緑が一年で十六といった具合だ。
それにしても、なんて呼べばいいかわからないから先輩か。
年下っぽいなとは思っていたけど……彼女のジャージを再確認。
布の厚みで膨らむ胸元に、ローマ字でこの学校の名前が刺繍されている。
色は緑。
「はいっ、先輩っ」
だから、彼女がそう言って笑ってくれた時は心底ほっとした。
「ん。これからよろしくな」
「はいっ」
制服がないとわからないような年齢設定。
けど、こんな雑な設定でもないよりはマシだ。
悲しくなるくらい乱暴に散りばめられた設定だけど、たまに彼女みたいな子がいると、人間味がある生活を送れている気がする。
「それで先輩、一つ聞いてもよいですか?」
「ん? 何?」
「あ、いえ。こうして先輩に運ぶのを手伝ってもらっている訳ですが、先輩はどんな用事で教室に?」
「俺? 俺は、一応役者として……」
役者という言葉を聞いてか、彼女の瞳は花が咲いたかのように大きく見開かれ、上目遣いの瞳は日の光を浴びて乱反射する泉のようにきらきらと輝きだした。
「役者さん……せんぱい、すごいですね!」
スーパーヒーローの中身をやってる人の気持ちがわかった気がした。
この子が今俺を見てる目は憧れそのものだ。
「いやいやいや、役者って言ってもただのモブだしっ、セリフだって短い一言! 誰にでもできるような役だよ」
「そんなっ、セリフがあるだけでもすごいですよ! あぁ……ぼくも背景でもいいから表に出てみたいなぁ」
うっとりと夢見る様に目を閉じる彼女。
「こらこら、前見ろー。またこけても知らないぞ」
「あ、はい」
「それに、表に出ても、背景じゃプレイヤーには映ってることも気にしてもらえないよ」
「もうっ、いいんですよ。要は気分の問題なんですから」
そう言ってぷくぅっと頬をふくらます。どうも反応がこどもっぽい。
「それで、俺はしがないモブだけど、君はどんな用事で?」
「ぼくですか? ぼくは見た通りの音響ですよ」
ま、そりゃそうだろう。
「そうじゃなくて、具体的にどういう事してるのかなって」
「あ、あぁ。えと、なんていうかぼくは裏方のそのまた裏方みたいなことをしてます。すぐに使わない次のシーンに使うCDや機材を今みたいに運んでるんです」
「じゃあ、この運んでるCDとかって次の教室のシーンで使うBGMってこと?」
「あ、いえ。教室のシーンの後。休憩時間中のシーンに流すBGMのCDとか、サブヒロインさんの登場曲です」
「あ、そういう意味か」
つまり、次の次くらいの場面に使うCDや機材を常に運ぶ仕事って事だろうか。
確かに、これは背景のモブ役でも輝いて見えてしまう程地味な仕事だ。
「だから一人でのこのこ歩いていた訳ですよ。ぼくは下っ端というか末端といいますか、最前線の仕事を任せてもらえてないので」
「それにしても、一人でっていうのはきつくないか?」
「地味な仕事な分、時間には余裕がありますから。きついと思ったことはありませんよ。地味すぎて鬱になりそうですけど」
そう言うと、彼女は表情に影を落とした。
「……つらいか?」
「いえ、つらくはないですよ。ただ、ちょっとだけつまんないです……」
彼女のつまらないという言葉を耳にした直後。俺達は目的の階に着いた。
メインヒロインはKissを奪わせない! 奈名瀬 @nanase-tomoya
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