TURN.12「ワイルド・ビースト(その1)」


 ボロボロのミリタリー服の男。もう片方は謎の獣人娘。

 片方はヒーロー気取りの少年を嘲笑い、もう片方はヒーロー衣装の少女へと白い吐息を吐き散らしながら殺意を向けている。

「……なるほど。このメールは君たちのか~」

 起き上がったユーキは少女の名を呼ぶ。

「なんとなく。察しはついたけれどね」

 ホッパーもその男には覚えがあるのか、迫るように名を呼んだ。


「【シラタマ】ちゃん!」「【オーヴァー】ッ!!」

 メールの差出人。それは二人にとって縁のある相手だったようだ。


「ユーキぃ……今度こそ……この手でブッ倒す……!」

「さぁてと? お前の言う名乗り向上とかいうお約束も終わったことだしぃ? ここからは悪役らしく派手にお前ら仕留めるとすっか……テメェラはッ、ここでお陀仏だぁあああッ!! ウォァアアアアアアアアッ!!」

 オーヴァーと呼ばれた男の腕は“変異”する。鉄の手袋で覆われた腕は肌身から機械へ! 有機物から無機物へ! 普通ではありえない超常的な超変貌だった!

「「「くっ、くるっ!?」」」

「【パラサイトハンド・ブラストマッド】ォオオッ! オラオラオアオラオラオラッ! フハハハハァアアアアーーーーッ!!!」

 彼の右手は超巨大なガトリングガンに変異する。

 右手が丸々そのまま変貌。物騒な重火器を前に戸惑う三人へと傾けると銃口が大きく回転を始めた……!

「メグ! こっちに!」「きゃぁあっ!?」

「好き勝手ブチかましてきやがって……くっ!?」

 ユーキはメグの手を引いて左へ。ホッパーは二人の安全を確認したのちに右へ飛び込む。間一髪でガトリングガンの雨霰から逃れることが出来た。

「いいぞ、オーヴァー。もっとやれ。ユーキをハチの巣にしてやれ」

「ウッセェッ! 命令すんなッ!! 言われなくても全員まとめてあの世に送ってやるって言ってるんだよッ! オラオラ゛オ゛ラ゛ァアアアアーーーッ!!」

 まるで獣のような咆哮だった。戸惑い逃げ回るホッパー達の姿を見ながらオーヴァーは気が狂ったように爆笑している。喉がつぶれてしまわないか、むせてしまわないかと心配してしまうほどに。

 嘲笑っている。彼らの醜態を。その逃げる様を見て楽しんでいた。

「調子に乗りやがって!! このおおっ-----」

 このまま笑われっぱなしではいられない。ホッパーは反撃の手に一歩出ようとした。





「コラコラぁあーーッ!」

 突然の怒鳴り声がこだまする

「何をしてるんですかっ、二人ともーーーッ!」

 身長200cm近くの巨体。丸渕サングラスとシルクハットの男だ。どこからともなく現れたのか”ヴィラー・ルー”はオーヴァーとシラタマの背後に姿を現した。

「あいたぁああーーーっ!?」「ひぐ……っ!?」

 二人同時に“ゲンコツ”を貰っていた。とんでもない轟音だった。

 それと同時、オーヴァーのガトリングガンは元の右手へと戻っていく。シラタマと共にヒットポイントが7割近く削られていた。

「いってぇええなァアアッ! 何するんだよォ! ヴィラァアアーッ!!」

「うううぅ……いたい……」

 両手で頭を抱えながらオーヴァーが叫ぶ。その横でもシラタマは頭を強く縦に振り続ける。

「ダメでしょう。プレイヤーバトルエリア以外でのプレイヤーへの攻撃はちゃんとデュエルの申請が承諾された後に行わないと……違反行為として扱われますよ~? そんな行動をとったら、ギルドにも多少のペナルティが発生します。それがお分かりで? 悪事を働くにしても、私たちに迷惑をかけるのは如何なものかと~?」」

「あっ」

 二人はホッパー達の方向を見る。

 ----彼の言う通り、彼らの頭上にはまだ『デュエル中』という表示は出てない。

 つまり二人はデュエルの申請を許可していないという事だ。メールを送ったその地点でデュエル開始というわけではないのだ。

「……す、すんませんでした」

 オーヴァーはその場で正座。先輩であると思われるヴィラー・ルーへ謝罪する。

「……ごめん」

 その横でもシラタマが正座をしている。説教をしっかりと受け止めたようだ。

「デイリーミッションが終わって急に君達のテンションが上がったと思ったら……これはこれは~? ギルドマスターに説教してもらいましょうかね~?」

「いやっ! それだけは勘弁してほしいっす! あの人、説教が凄く長いから!!」

「うんうんうんっ! おねがいやめて……!!」

 助けを乞うように縋るオーヴァー。その横でもオーヴァー同様にヴィラーへ強く頭を縦に振り続けるシラタマ。二人とも頭の位置がより下へ。

 ……さっきまでの強敵オーラは何処へ行ったのか。

 あっという間にマヌケな空気。ヴィラー・ルーが不出来な生徒二人を説教する教師に見えて仕方ない。実に気合の抜ける絵面であった。

「すいませんねぇ~二人とも~。うちのメンバーがとんだ無礼を」

「あ、いえ……」

 ホッパーもその場で軽く会釈。気にしていませんと態度で表した。

「ほら、二人とも帰りますよ」

「あ、ちょっと待ってください!」

 二人を連れて帰ろうとしたヴィラー・ルーをホッパーが止める。

「デュエルなら受けますよ」

「!!」

 ホッパーからの返答。気が付けば彼の頭上には『デュエル中』の表示が現れる。

「アハハハハッ! そうこなくっちゃなァ! ホッパー!!」

「やられっぱなしは癪だからな! あの大笑いっ、すごくムカついたッ!!」

 デュエルが申請されて嬉しくなったのかオーヴァーは拳を鳴らし始める。さっきまでの気の抜けた空気は何処へ行ったのか……殺伐とした空気が戻ってきた。

「……ユーキ」

「もちろん! 受けるよ!」

 ユーキもメールの返事を承諾した。頭上にデュエル中の文字が表示される。


「ほっほっほ~。お二人の優しさに救われたねぇ~……はぁあ……お守りって大変だわ。ちゃんと見てないと僕が怒られるんだから。つらつらつら~」

 ヴィラー・ルーは相も変わらず怪しい笑い。

 サーバー一のシリアルキラーの微笑の破壊力はそれはもう、貫禄さえもにじみ出ている。軽いホラー映画だ。

「さぁ、少し離れましょう~。危ないですぞ~」

「おっとと!? あ、はいいいっ!?」

 巨体に背中を押され、抵抗する間もなくメグはステージの端へと追いやられた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 -----ホッパーVSオーヴァー。

「よし。邪魔はいなくなったぜ……やろうぜ。思う存分な」

「こっちのセリフだ! 早く来いッ!!」

 男同士の戦い、二人の戦いのゴングが鳴らされる。

「こっちから仕掛けるッ……【イミテーション・ステップ】!」

 ホッパーの職業なトリックダンサー。

 そこへカポエイラーファイターのスキルを身に着け、殲滅戦の対応も得意とした柔軟型。対人戦においても過去に数度の戦闘において、それなりのイロハを身に着けている。

 イミテーション・ステップは分身を作りながらの接近技。相手を翻弄する。

「馬鹿正直に正面から挑むってのがヒーローのやり方だって言いてぇのかァ~~!? 俺をなぁめやがってよォオオオオ~~~ッ!!」

 オーヴァーの右手は再び重火器へと変貌していく。

「俺のは知ってんだろッ!! 目障りな真似をしたところでまったくもって意味はねぇえんだよォオオオ!!」

 オーヴァーのジョブは……【モルモット・サンプル】。

 解説をするとなれば……人体実験の被験者、という設定だ。。

 見た感じ何処にでもいるような普通の人間の姿であるが、その体の一部を別の何かに変貌させることが出来る“突然変異能力者”だ。

 その禍々しい見た目とダークな設定からか男性人気はそれなりに高い職業である。

「俺のレーザーキャノンがお前の小細工を焼き捨ててやるッ……!!」

 オーヴァーは右手をキャノン砲へと変貌させる。

 弾丸は魔法と同じでNPの消費性。魔法属性扱いとされているためショップで弾丸などの購入をしなくていいメリットがある。

「【パラサイトハンド・オブスキュアレイ】ィイイイッ!!」

 容赦なく向けられるキャノン砲がホッパーへと向けられた。

 エネルギーの収束は開始されている。分身諸共ホッパーを焼き払うつもりのようだ。

「オーヴァー……!」

 その銃口から視線を背けない。

 オーヴァーからの敵意に対し、鋭い視線を向けたまま彼は言い放つ。






「お前、また宿題やってなかったろ」

 突き出しされた人差し指。呆れた目つきで物申している。

「んで、その補習を無視して家に帰っただろ? 先生、メッチャ怒ってお前を探してたぞ。今頃お母さんあたりに連絡されてるんじゃね~?」

「おいいいいっ!! 今、それを言うんじゃねぇーーー!?」

 動揺した。キャノン砲のチャージが強制終了される。

「はい、どーん」

 ホッパーの鋭いキックがダイレクト。オーヴァーの頬に直撃。

「うぎゃぁああああーーーーーっ!?」

 大ダメージ。オーヴァーのヒットポイントが5割近く持っていかれる。大した防御姿勢も取らなかったがためにこのザマである。

「いてっ……テ、テメェエ……! おいホッパァーーーッ! ここでリアルな話は御法度って何処の誰が言ってたよぉおおおッ!? ええぇええっ!?」

「うっせぇな、大五郎。そんなに怒ってると血圧上がるぞ」

「お前! そういうところだぞッ!! 『自分がやられたら嫌な事を他人にするな』! 『他人の痛みがわかる優しい大人になりなさい』ってお母ちゃんから学ばなかったのかよぉお!? おぃいいいいーっ!?」

 ……その話は紛れもなく“リアル”での話である。

 そうこの二人。

 実は“同じ学校の男子生徒”であり腐れ縁。

「だったらコッチもルールもマナーもなしだ! 痛い目合わせてやるぞっ! 泣き虫カケルがよぉおおーーーッ!!」

「カケル言うなッ! 鼻たれ大五郎がッ!!」

 勉強も部活動も懸命にこなすホッパーと違い、オーヴァーこと大五郎君はリアルの生活でヤンチャしているようである。

 今日も忘れた宿題を処理せずにこうしてオンラインゲームに逃げ込んでいる最中だったのだ。

「まぁ。ルールとか破ったのは申し訳ないけど……ちょっと色々まずかったというか。流石に明日先生に謝った方がいいぞ……マジで怒ってたから、ヤベェから」

「ぐぐぐ、テメェラ全員で俺をコケにしやがって……!」

 コケにしてはいません。ただ注意しているだけ。オーヴァーの血圧はホッパーの言う通り徐々に上がっていく。

「……そんなにやばかった?」

「気にしてんじゃねぇか!」

 ホッパーは両手を組んだまま、駄目だこりゃと溜息を吐いた。

「ま、まぁ。宿題の件はちゃんと謝るよ。先生にもお母ちゃんにも。だが! 今はッ! そ・れ・よ・り・もっ! だぁああッ!!」

 ホッパーの気遣いは心より感謝することにする。それは大事な忠告として受け取っておくことにする。そう返事をしたところで本題だ。

「……覚悟は出来てんだろうな?」

「ああ、いいよ。やってみろ。これでお互い不意打ちは終わった。今度は正真正銘真剣勝負で行こうぜ。ヒーローらしくお前を倒してやるよ」

「泣き虫がっ! 後悔させてやるぜっ!!」

 組織の改造人間。ヒーローを名乗る少年。

 絵面で見ればヒーローショーそのものである……さっきの喧嘩がなければ。ホッパーの職業がダンサーなんかじゃなければ。

「【パラサイトハンド・オブスキュアレイ・スクランブル】ッ!! 今度こそ砕け散れぇええッーーーー!!」

 中途発破でチャージが終わっていたキャノン砲から小粒のレーザーが乱射される。

「もう一度【イミテーション・ステップ】で接近してやるッ!!」

 その一清掃射をかいくぐり……ステップを組み込んだ足技をホッパーは仕掛けた。

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