TURN.08「ようこそデンジャー・ゾーンへ(その3)」


 指名手配プレイヤー。名を【叉月サツキ】。

「そぉらよおおっ!」

「おっと!!」

 暗日は真っすぐに飛んでくる拳を見切りでかわす。

「危ない危ない……【暗殺拳】の技はその名の通り、一撃必殺。まともに受ければ心臓一つ引っこ抜かれるその勢い故……一瞬の油断も許されぬ」

 種族はヒューマンでジョブは拳法家の特別上位職である【暗殺拳】。

 殲滅戦などには向いていないが一対一となれば無類の強さを誇る一撃必殺のデストロイヤー。この説明から見て分かる通り対人戦においてはかなりの強さを誇る。

「なら、これはどうだっ!」

 今度は両手が消えた。ほんの一瞬の事だった。

「なんのッ!」

 クナイ片手、暗日は目にもとまらぬ速さで何かを弾き飛ばした。

 ……拳だ。叉月の拳もまた、目にも止まらぬ速さで暗日に迫っていた。

 しかも不気味な動き方だった。まるで関節が外れたかのように捻じれ曲がっていた。それでいて鉄で出来た鞭のように固く頑丈。当たれば皮膚も切り裂く勢い。

「流石といったところでござるか。その技でどれほどの狩りを行った? まぁ、今まで倒した敵の数を覚えているのは悪趣味であろうか。答えずともよい」

 解放条件がなかなか難しいとされているこの職業を使いこなし、バトルエリアにてかなりの数のプレイヤーキルを行った人物。それが今、暗日に牙を剥いてきた叉月なのである。

「……んじゃ、やることは一つだな」」

「うむ!!!」

 再び、拳が交わろうとしている。

 互いに対人戦に特化した職業。プレイヤーバトルには向いているジョブとなっている。暗日自体もシノビを手に入れるため、プレイヤーバトルにはそれなりに参加している。故に戦闘にも慣れている。

 このゲームの初期からやっているだけのことはあり、腕も相当なものだ。

 -----ニタリと笑い飛び掛かってくる叉月。

 暗器を構える暇もなく、暗日は握り拳を作って叉月に向かって突っ込んでいく。

「「はぁあアアアアッ!!!」」

 二人の拳が、今、ぶつかろうとしている。




「……へっ!」

「ふむっ!」

 そして、拳は重なった。

「相も変わらず紳士的なこって。元気そうだな? 相変わらずやるじゃねぇの~」

「叉月さんには叶いませんよ……そちらこも相も変わらずジャンキーで」

 -----“握手”という形で。

「こ、こんにちは!」

 一方、ホッパーもまた目を輝かせながら二人の下へ近づいてくる。

「こんなところで叉月さんと会えるなんて! あ、いや、ここだから会えたのかな……なにはともあれ! お久しぶり、」

「おーほっほっほ。だぁ~れだぁ~?」」

 ホッパーの背後に人影が。何者かは存在を悟られることなく近づくことに成功するとそっと両手でホッパーの目を塞いでしまう。

「うわわわっ!?」

 いきなり真っ暗になった目の前。突如現れた気配にホッパーは声を上げてしまう。

「君は良いリアクションをしてくれるから、驚かし甲斐があるんだよねぇ」

 いじめすぎるのもよくないと思ったのか、その人物はそっと目から手を離す。

 ……そっと振り向くホッパー。

「ばぁ~。元気かい~? ホッパーく~ん。いーっひっひ」

 そこにいたのは同じく指名手配プレイヤー。

 サイコキラーの【ヴィラー・ルー】である。

 暗殺拳を職業とする叉月よりも背丈は高く華奢な体。顔には茶色の丸渕サングラスにシルクハット。矯正された歯を見せつけニタリとした笑いが異常性を掻き立てる。

「お、驚かさないでくださいよ……ヴィラーさん」

 お化けかと思って驚いたか。ホッパーはその場に座り込む。

「ごめんねぇ。ちょっとやりすぎてしまったかな?」

 笑顔で手を振っている。良いリアクションが見れて満足だったのかヴィラー・ルーの表情は太陽のように眩しい満面の笑みだった。

「おーい、ヴィラー。テメェのその見た目で『だぁーれだ』はそこらのホラー映画より刺激が強いんだ。ガキのそいつはビビっちまうからやめときなって。けへへっ」

「君達、相変わらず通り魔紛いな事をやりたい放題しているようで……とんでもないキル数でございましたな? 最近何かストレスでも?」

 暗日は握手をやめ、カッカと笑う叉月に話しかける。

「ここはバトルフィールドだぜ? 足を踏み込んじまえば誰でも平等にバトルプレイヤーだ。俺は手あたり次第バトってやってるだけだ。悪いかよ」

「悪くはござらんよ。ただ、本当に物好きだと思った次第」

「そんな物好きな奴とフレンド登録してるお前も対外だろ。本当、

「はっはっは、拙者はエンジョイ勢ですからなぁ~」

「解放条件の厳しいシノビを使いこなして良く言うぜ、クソ忍者」

 呆れ気味に両手を横に首を振る叉月。暗日は控えめに笑うのみ。


 ----指名手配プレイヤー。危険な輩に出会ったというのにこの空気。

 この無法地帯。何の緊張感もない空気が漂った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 叉月とヴィラー・ルー。

 この二人はメトロポリス3で活動するバトルプレイヤーだ。二人揃って有名なプレイヤーである。

 ある時はならず者の集団を二人だけで撃破。ある時は有名な実力派プレイヤーと正面から正々堂々戦って圧勝。今までキルした人数はざっと数えて百人以上。


 毎月、指名手配掲示板に名前があがるほどのプレイヤーキル数。

 相手は誰だろうと容赦なく始末する。通り魔紛いの凶悪な野郎達とメトロポリス3のプレイヤーの間では有名人なわけであるが----


「相変わらず初級者狩りをいじめているようで。最近は悪役どころかヒーローとして噂になってますぞ~。一部プレイヤーからも『正義の味方気取りか』なんて言われてましたし」

 実は、二人はのが現実である。

「はっ。俺たちの視界に入ったのが悪いんだよ。敵が誰だろうが関係ねぇ」

 彼等の標的は主に自分たちと同等のレベルかそれ以上のみとされている。

 ただし初級者狩りを行う姑息なプレイヤーに対してのみ“特例”で襲撃を行っているようである。彼らに助けられたという初級者は結構存在するようだ。

「俺達に見つかった。だから戦いを挑まれた。んで大口叩いて負けちまった。それだけの話だろ」

「またまた~」

 ----叉月はこう言ってるが明らかに意識しているのは間違いない。

 彼は初級者を絶対に狙わない。相手を選んで戦っているのは間違いなく、叉月の言う無差別に攻撃してる的な発言は間違いなく嘘である、と言われている。

「え、俺は初級者倒して愉悦に浸ってる奴等の悔しがる顔を見るのが面白くて」

「お主はいつかマジで通報されますぞ」

 ちょっとばかり物騒と言われているのはこのヴィラーが問題なのである。

 叉月は悪人ぶって実はよいことをしている反面……ヴィラー・ルーは愉悦のために何かといろいろ裏で手回しをしているのだとか。良い人なのか、悪い人なのか。ちょっとばかりわからなくなってくる。

「……まぁ、いいんでござるよ。悪いことをしていないのであれば」

 そう。悪役として有名はこの二人の正体は----

「元気でござるか? そちらのボス殿は」

 “悪人キャラを演じるのが好きな中二病プレイヤーが集まるギルド”の一員なのだ。

「お前のとこと一緒で社会に飲まれてるよ。今日もおそらく来ねぇ。タダ働きで社会に無理やり貢献させられてるんじゃね?」

「……ご愁傷様にござる。ちなみにコチラも同様」

「マジできついな。最近の社会」

 その中でも一番の有名人がこの二人という事である。

 ホッパーと暗日は……この二人とは知り合いなのだ。

「んで、お前達はここで何をしてるんだ? ここは上級者エリアだぞ。そこにまだレベルが足りてねぇ坊主を連れてきてさ。何かあったか? このクソ忍者に宿題と称して変なことを吹き込まれたか?」

 叉月はホッパーの下へ近づくと、そっと腰を下ろす。視線を合わせて喋ってくれている。

「……う~ん、最初に会った時よりもだいぶレベルはあがってるな? だけどまだこんなところへ来るべきじゃないぜ。さもないと俺らみたいなのに襲われるからな」

「あ、あの。俺、スーパーヒーローのジョブを解禁したくて、それで」

 コミュニケーションに若干の難があるのかギルドメンバー以外の人物となると途端にオドオドとし始める。小刻みに震える体があまりに顕著だ。

「ああ、なるほど……ここへ来ないといけない系のミッションがあるってことか」

 叉月は立ち上がる。

「それでダンサー職ってわけか……クリア条件は何人だ?」

「二人です」

「二人か。じゃあちょうどいいな?」

 人数を聞き終えると、ニカっと笑った表情でホッパーを見下ろす。

「俺と同じ二人パーティーだ。この場でデュエルでもして終わらせちまおうぜ?」

「ええ!?」

 指名手配プレイヤーとのバトル。とんでもない有名人に勝負を挑まれホッパーは焦り始める。

「大丈夫だって、即効で楽にしてやるからよ」

「全然安心できない!」

「でもよォ~? 知らない奴とバトるよりは効率よいと思うぜ? それに今後こういったミッションが来た時の為に対人戦のいろはを教えてやってもいいしな」

 今後、こういったミッションが来ないとも限らない。

 あくまでガチバトルではなく、プレイヤーバトルのレクチャーとして拳を交えるだけだと叉月は提案してきたのだ。

 中級に足を突っ込んだホッパーへ送る上級プレイヤーの気遣い、のようである。

「……わかりました! よろしくお願いします!」

「よっしゃ決まりだ!」

 叉月は両手を何度も鳴らす。少しばかり面白がっているようだ。

「ヴィラー! お前は暗日と適当にやってろ」

「消化試合に付き合わされるとは……まぁ、旧友の手伝いとなれば仕方ない」

 ヴィラー・ルーは武器を取り出す。

 巨大なショーテル。それを二つ。首を掻っ切るにはちょうどいい危険な装備品を取り出し笑みを浮かべる。

「今回だけですよ。付き合うのは」

「そう言ってる割にはノリノリでござるな」

「君との戦いは34勝35敗。負け越しているのだから引き分けに持ち込んでおきたいのですよ……用意はいいですか」

「出来てますぞ」

 互いに武器を構える。

 二人の姿が即座にその場から消えた。



「ったく、試合開始のゴングを鳴らす間もなく二人揃って飛び出しやがって。楽しそうにやるもんだねぇ……じゃあボチボチとコッチも始めるか。坊主」

 叉月も拳を構える。

「……はいっ!」

 微かに聞こえるポップなミュージック。

 ホッパーも戦闘のスペシャリストを前に態勢を整えた。

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