TURN.07「キミがヒーロー(その2)」
「まけた、か……?」
指示通り、麓付近にまで逃げたホッパーはそっと木陰から顔を出す。
暴走状態のヴァイスドラゴンに発見されてしまったら、またしばらくは暴走状態が続行してしまう。解除されるまでしばらくは身を隠すこととなった。
「大丈夫か、メグ?」
「うん、ありがとう……ごめんね、またドジちゃって」
「お前がコケるのはいつものことだし気にしてない」
「ぐはぁ!? 真実とはいえ、胸に刺さる……!!」
このゲーム。コケると一定時間動けない仕様がある。そのリアルさが天然かつドジが多いメグにはあまりにも厄介なシステムであることには間違いない。
「もう少し隠れていよう」
木陰の中。空を移動するヴァイスドラゴンにとっては死角の場所で二人は体育座り。囮を買って出たユーキとエイラの到着を待つ。
「……またユーキに任せちまった」
暴走状態のヴァイスドラゴンは大人数でかかっても手がつけられない相手。それをたった二人で注意を引き付けるという危険な行動をとることに迷いがなかった。そう簡単に脱せられる状況じゃないが故にホッパーはその過酷さが頭に浮かぶ。
「本当は男の俺がやらないといけないのになぁ~……はぁああ~」
頭を掻きまわしホッパーは申し訳ない気持ちに苛まれている。
「仕方ないよ! カケル君は私を運んでくれてたし、あの状況じゃ交代も出来ないし……こうなっちゃったのは私のせいだから」
メグも体育座りの姿勢のまま、ホッパーに話しかける。
「申し訳ないよ。皆の足を引っ張って」
「何言ってんだ。確かにお前ミスは多いけど少なくとも俺よりは活躍してるだろ? むしろ役に立ててないのは俺の方が多いしさ。前衛はユーキや皆で事足りてるし、俺は後方支援も出来ない。今の俺が必要かどうかなんて目に見えてる……お前ドジは多いけど普段から頑張ってるじゃん。俺も皆の役に立ちたいって頑張らないと」
「それはこっちのセリフだよ!」
ホッパーの体に触れ、メグが声を張る。
「カケル君いつも頑張ってるじゃん! 皆と同じくらい努力して、皆を助けてくれて……カケル君、たかがゲームなんだからって言っておきながらいつも急いで私とユーキを助けてくれるよね?」
詠唱失敗でピンチに陥った時。攻撃を食らってしまったユーキに敵に囲まれるメグ。そこへ真っ先に助けに入るのは進んでホッパーだった。
たかがゲームなんだからダメージくらい気にしなくていいと普段口にはしている癖に、友達二人がピンチなると目の色を変えて自分の身を顧みずに助けに行く。
「役に立ってないなんて、それは嘘だよ。絶対」
「……ありがとう。ちょっと元気出た」
ホッパーも皆の役に立っている。確かに前衛の仕事としては影が薄いかもしれないが、その陰でしっかりと活躍していることをメグは告げた。
「だけどさぁ~。やぁ~っぱりまだ駄目だぁ~。俺はまだ、今の自分に納得がいかないんだよな」
そっと顔を上げ、ホッパーは呟く。
「今度は俺が助けたいんだ……ちゃんとした意味で助けてやりたい」
その視線はメグの方へと向けられている。
ちゃんとした意味で助ける……彼にはずっと、とある秘密があった----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現実世界。ホッパーこと椎葉翔は特撮ヒーローが大好きな少年だった。
『なんだ~! お前、まだヒーローなんて見てるのかよ~!』
『今もヒーローの真似してるなんて、ガキくせぇ~!』
『子供っ! 子供っ!』
小学五年生。ハッキリいえばまだ子供でしかない年頃。
だが小学校高学年となれば大人ぶりたい連中も現れる。もうすぐ大人なのだから子供っぽいものは卒業しようだなんて、それこそまだ子供っぽいことを考える少年少女が増える頃合いだ。
『な、なんだよぉ……悪いのかよぉ……」
しかし、翔は小学校高学年になっても特撮ヒーローを見続けていた。
終わる事のないヒーロー番組。どの年齢になっても飽きはしない番組をただ純粋な気持ちで見続けていただけ。なのに当時非力でひ弱な少年だった翔は虐めの対象になっていた。
『大人だってアニメ見てるだろ……そんなにイジメてばかりいると、誰かがこらしめにやってくるぞ……」
日を増すごとに苛烈していく虐めに翔はずっと泣き続けていた。
悔しい。目の前にいる悪者達を倒したいのに、喧嘩があまりにも弱すぎる自分がとても憎い。何も出来ない事への劣等感にただ、涙を流し続けるだけ。
そんな情けない姿を笑われ、更に畳み込まれる毎日。地獄と化す日常。
『ほーら! ヒーローが夢なら、ヒーローになって俺らを倒してみろよ!』
『はい、へーんしーん! ってさ、ぎゃはは!こらしめてみろよっ!』
小学校の作文。将来の夢。
そこに翔は馬鹿正直に『ヒーローになりたい』と書いたのだ。
当然笑われた。子供達は一斉に翔のことを馬鹿にして、教師も厳しい言葉こそ投げてはこなかったが反応に困る苦笑いをしていたのは覚えている。
----どうして、自分はこんなにも強くない体に生まれたのか。
----どうして、僕はこんなにも喧嘩が弱いのか。
疑問と怨念。少年の心は荒み酢漬ける毎日だった。
『早く俺を倒してみろよ~、変身ヒーローのカケルマ~ン!』
『何も出来ないんでちゅか~? そんなんじゃ、ヒーローにはなれないよねぇえ! あっはっはっは! お母ちゃんが弱いお前を見て泣いてるぜぇえ!?』
----ヒーローになんてなれやしないのか。
----そしてこの世にヒーローなんていないのか。
子供には辛すぎる現実が、少年の夢にヒビを入れていた。
『とぉっ!』
だが、そんな彼の前に現れたのだ。
『いてっ!?』
少年の夢を守る存在。
……彼にとってのヒーロー。
『大丈夫か! 助けに来たぞ、カケルマン!』
一人泣いていた少年の前でファイティングポーズを取る一人の少女。
当時から少年っぽくて、何処の男子にも引けを取らないくらいに運動神経の凄かった同い年のクラスメート。
【
彼女がいじめっ子の一人に飛び蹴りを加え、突如加勢したのである。
『さぁ立って! 反撃開始だよっ!』
『……』
『ほら! 早く!』
『おわわわわっ!?』
手を引かれた。気が付いたら翔はその場で立っていた。
『なんだよ、お前!』
『女のくせに生意気だぞ!』
いじめっ子たちは標的を少女に切り替える。
『ふっふっふ~、女だと思って甘く見てると痛い目見ちゃうぞ~! とりゃぁ~!!』
いじめっ子たちを成敗していく。それこそ豪快な飛び蹴りを何度も加えていく。一回外して派手にズッコけても諦めずに続行する。擦り傷だらけになろうとも。
『……』
その姿。助けに来てくれた少女。
その時、翔はただ黙ってみているだけだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後、ボコボコにされたいじめっ子たちは泣きながらその場を去って行ったという。
『もうそんなことしちゃいけないぞ!』
『ごめんなさい』
職員室で頭を下げていたのは……友希だった。
いじめっ子たちが先生に嘘を伝えたのだ。普通に遊んでいたら突然攻撃してきて怪我をさせられたと。証拠がないために友希はこうして頭を下げる羽目になった。
『……』
『ほら、君も』
『ごめんなさい』
そして、そのいじめに加勢したとして翔も説教を食らっていた。
当然、翔は強く誤解であると何度も言った。しかし、いじめっ子の言葉はクラスでも結構な発言力があった存在でその子供達の親はPTAという事もあって先生も強くは出られない状況。
結局、翔と友希が悪人にされたまま、終わってしまったのである。
----説教が終わったところで、二人は職員室を出る。
『くっはぁ、盛大に怒られちゃったぁ~』
先生からの説教をものともしていないのか友希は両手を上げてアクビまでする。
『大丈夫だった? カケルマン?』
少女はそっと翔の顔を覗き込む。
『……何とも思わないの?』
『何が~?』
『……悪いのはアイツラなのに、俺達が一方的に怒られて』
歯痒い気持ちでいっぱいだった。当然納得もいかなかった。
証拠がない。しかもあの子供の発言力があるという理由だけで怯えた教師が原因でこんな目にあった。その理不尽に翔はただただ恨みつらみを吐いてしまう。
『ん~、まあそりゃあ、納得いかないよ?』
『でしょ? なのになんで笑ってるのさ?』
不思議でならなかった。翔は両手を広げ、首をかしげながら聞く。
『君はどうなの?』
逆に友希が聞いて来る。
『……助けられたの、嬉しくなかった?』
----その質問は今の説教に対することじゃない。
助けに入った事。それが余計だったかどうかという事。必要じゃなかったかどうかを聞いてきたのである。
『何ってそれは……』
正直に言えば、誰も助けてくれないと思ってた。
『嬉しかった……けど』
そこへただ一人、味方になってくれた彼女。
その存在はあまりにも温かくて、あまりにも心強くて、本当に嬉しかったのは間違いない。
『じゃあ、私は何とも思わないかな! 先生に怒られても!』
友希は満面の笑みを返す。
『私は君を助けたかっただけだし! 君を助けられたのならそれでいいよ』
助けたかった。ただその気持ちを少女は告げた。
『……ああ、でも。先生からのお説教を庇えなかったのはごめんね? そこまではどうしようもなかったや。大人って強いや』
申し訳なさそうに、ちょっと情けない愛想笑いで頭を掻き回す。
『どうして俺を助けたの……お前は俺のこと馬鹿にしないの? ヒーローになりたいなんて、変な事書いてるのに』
『変な事? 何処が?』
友希は純粋な仕草で首をかしげる。
『いいじゃん!ヒーローって格好いいじゃん! 私、そういうの大好きだよ!』
『……!!』
少年にとってのヒーロー。砕けるはずだった夢を救ってくれた少女。
これが、翔と友希との出会い。
彼がまたヒーローを強く志そうとしたきっかけの日であった。
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