第5話 残りの人生をかけたプロレス

 俺は愛澤恋を見据え、ブレードのスイッチを入れる。


「Gボーイ、グローブで俺を空に飛ばしてくれ!」

「わかったわ!」


 Gボーイが俺の体を持ち上げ、周囲に衝撃波を撒き散らしながら、足の裏にパンチする。その衝撃で俺は巨大なコウノトリの頭上まで跳んだ。

 巨大コウノトリの吐き出す子コウノトリが周囲に愛を届けていた。異性愛を望まない人に対しても。


「俺はずっと自分のことが嫌いだった。周囲と違う自分を責めていた。だけどその劣等感は孤独が生み出したものだった。Gボーイが俺を受け入れてくれたとき、俺は孤独ではないと知った。だからこうして自分を信じて戦うことができる! 俺たちプロレス団体LGBTXは、世界中のセクシャルマイノリティの孤独を解消する団体だ!」


 俺はコウノトリの頭を高周波ブレードで突き刺し、頭を縦横無尽に駆け回って回路を完全破壊、機能を停止させた。

 コウノトリがゆっくりと空中から崩れ落ちていく様を横目に、俺は愛澤恋へ向かって高音波ブレードを振り上げる。


「でやぁぁああああ!」


 俺はただまっすぐに、愛澤恋を見ていた。

 だからだろうか。

 蝶の仮面の裏側に漂う色気を感じ取ってしまう。


 この男も何かを抱えている?


 俺はわずかな疑問をいだきながら愛澤恋を一刀両断にした。

 だがこの瞬間、高音波ブレードの電源が……切れた。

 タイムリミットの3分が経過してしまったのだ。

 高音波ブレードは超常の破壊力を失い、ただの鉄の棒となった。

 それでも愛澤恋を地上に叩き落とすには十分だ。


「Gボーイ! 受け止めてくれ!」


 俺はGボーイにお姫様抱っこされながら着地する。

 これはさすがに恥ずかしかったが。


「愛澤恋は!?」

「飛行能力を失って陸に落ちたわ。ここからは泥臭い殴り合いになりそうね」


愛澤恋はシルクハットからトランプを取り出すと、4体のジャックを召喚した。


「まだまだ私は負けませんよ! LGBTなどに私の覇道が止められるはずがないのです! この世界は民主主義! 多数決が世界を支配する!」


 愛澤恋の言葉が終わる前にGボーイはジャックに殴りかかった。

 しかしGボーイの打撃もジャックにはびくともしない。

 ひげを蓄えた無表情なジャックが、Gボーイを槍で突いた。


「くぅ。銀狼くん。あのジャックはやっかいよ。高音波ブレードの電池が切れた今、一旦引くべきかもしれないわ」

「それなら!」


 俺はひとつのアイデアを思いついた。

 コンビニのコンセントだ!


 俺は登山リュックから100m長の電源ケーブルを取り出し、コンビニの外壁にあるコンセントへ挿した。多分コンビニの電気代は偉いことになるだろう。後で払う、だから今は!


「充電完了!」


 超音波ブレードが再起動する。

 俺はそのブレードを振るい、4体のジャックをまたたく間に切り裂いた。


「ばぁかなぁぁぁ! ゲイの仲間にやられるなんてぇぇ!」

「俺たちを甘く見たのが悪い」


 俺の斬撃を愛澤恋はすんでのところでかわしていく。

 だがシルクハットのつばを切り裂き、マントを切り裂き、俺は次第に愛澤恋を追い詰めていった。


 その時。

 コンビニから周囲の様子を見ようと店員が出てきた。

 青島ハルだ。

 いつの間にか俺たちは貸し会議室の近くで戦っていたらしい。


 ハルは俺と愛澤恋の戦いを見て息を呑んだ。

 だから側に走り寄っているトラックに気づかなかった。

 トラックの運転手はスマホをいじっている。

 ハルの目前にトラックが迫り、確実な死が訪れようとしていた。


「こぉのぉぉ!」


 叫んだのは愛澤恋だ。

 愛澤恋はハルをコンビニの中へ突き飛ばすと、トラックの車輪に巻き込まれて道路の真ん中を転がっていった。タイヤとフレームの間に挟まれ、手足が曲がるべきでない方向に曲がっている。


「……あなたに愛を届けに来たのです。あなたに片想いしているのは……、健気で家庭的なコンビニの店員。フフ」


 愛澤恋は空を見上げる。

 月に照らされた彼の表情は男女を惹きつける魅力にあふれていた。

 俺はその愛澤恋に向かって高音波ブレードを振り上げる。


「ひとめ見てキュンときた女の子のために命を投げ出す。お前たちには生涯わからないだろうねぇ」


 愛澤恋は嘲笑う。俺は高音波ブレードを躊躇なく振り下ろした。

 愛澤恋を挟んでいるトラックのパーツがバラバラになる。恋は道路の真ん中にごろりと転がった。


「なぜ? 私を助ける」

「もしかしたら同じだと感じた」


 愛澤恋は道路の真ん中で目頭を押さえ、フハハと笑った。

 Gボーイとハルが俺と恋の側まで到着した。


「そうだ。私は男性も女性も好きになる、バイセクシャルだよ」

「銀狼くん、恋のこともわかってあげて」


 Gボーイが俺の肩をたたいた。


「恋はね。この国の国力低下を憂い、少子化を解消するために大学院で研究を重ねたわ。けれど彼はバイであるがゆえに、研究費をまったくとれなかった。親友であった男女にも裏切られ、アイデアも奪われた。彼はバイであることですべてを失ったのよ。だからバイである自分を否定して、セクシャルマイノリティが損をしない世界を作るために、愛を謳うコウノトリを作り出した」


 Gボーイは恋の側に座り、骨折して動かなくなった愛澤恋の手を優しく包んだ。


「だけどね恋。自分の恋愛嗜好や性的嗜好、つまり自分の性格を誇れるかどうかは、各個人が決めることよ。あたしだって、ゲイというだけで損をしてきた。けれどゲイであることを喜んでくれて、講演を聞きに来てくれる人だっている。たった一人でも誰かの役に立てるのなら、常識に縛られる必要なんてない。あたしはそう思うわ」


 Gボーイの言葉には愛情が籠もっていた。

 セクシャルマイノリティというだけで、自分たちと違う生物のように扱う人々もいるだろう。けれど性的嗜好が違うからと言って、愛を知らないわけじゃない。父親が息子を愛するように、母親が娘を愛するように、マイノリティだって人を愛することができるのだ。


 だとしたら。


「銀狼くん。あなたも今、逃げずに判断しなさい」


 俺は自然とハルを見ていた。

 ハルは俺の方を見て、目に涙を浮かべている。

 それはセクシャルマイノリティを侮蔑する視線ではない。

 ただ俺の無事を喜び、安堵してくれているがゆえの涙だ。


「ハル」

「よかった」


 ハルはよろめきながら俺に抱きついた。

 コンビニに突き飛ばされた彼女は、額から出血している。

 俺はハルの傷を指で拭った。


「よかった」


 ハルはもう一度言った。

 俺は彼女を支えながら、17歳の頃に言うべきだったことを言った。


「ハル。俺はまだ誰かを好きになるとか、誰かにムラムラくるとか、そういう感覚がわからない。多分一生わかることはないと思う。それが俺なんだ。だけどそんな俺でも君の側にいていいのなら、いさせてほしい」


 ハルは頷いてくれた。

 狼の覆面を被り、自分を隠す必要はもうないのだろう。

 誰かを好きでなくても、性の欲望を持たなくても、誰かを愛する。


 これは俺の残りの人生をかけたプロレスだ。

 独島銀狼はもう逃げない。逃げないと決めた。


 愛の形は人それぞれだ。

 俺も自分だけの愛を育んでいきたい。そう決めた。

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17歳、女子高生に告白されて狼の覆面をもらった僕は、27歳でプロレスラーになります! 杞優 橙佳 @prorevo128

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