第4話 愛澤恋は変わらない
夜の二丁目で12匹のコウノトリに囲まれていたのは男の子だ。
年は18歳か19歳。
体つきは大人だが、どこか幼さの残る表情が可愛らしい。
「やめてください」
コウノトリの吐き出す風船で、男の子は視界を奪われている。
12匹のコウノトリは声を合わせて言った。
「あなたに愛を届けに来たのです!あなたに片想いしているのは、清楚な妹系黒髪女子! 巨乳童顔! おとなしくて可愛い! 男の子なら答えるしかないのです!」
コウノトリの言葉に、二丁目に集まった野次馬の男たちが盛り上がった。
「羨ましい!」
「男の夢!」
「これ拒否したら男じゃねえぞ―!」
取り巻きは楽しそうに笑う。男は女を支配するのがあたりまえで、可愛くて従順な女と付き合っていることがステータスになる。そういう価値観の中にいる人々だ。
だが少年は、男たちの価値観の外にいた。
「私は、男の子じゃありません」
「んん?」
12匹のコウノトリが眉間にしわを寄せて男の子を凝視する。
「嘘はやめるのです! 身体は完全に男の子! ついてるものもついてるのです! 繁殖可能!」
「やめてください! 私はそんな穢らわしいことはしたくない!」
「繁殖可能! 繁殖可能! 繁……!」
1匹のコウノトリに飛翔体がぶつかり、グシャリと潰れた。
Gボーイのはなったロケットパンチが炸裂し、コウノトリをバラバラにしたのだ。
「これだから頭の中がピンクの人は嫌いだわ。やーらしい」
ロケットパンチの正体はパワーアシストグローブだ。
このグローブは手のひら部分の装甲を飛ばして敵にぶつけることができる。
コウモリの覆面をかぶったGボーイはグローブを回収して胸を張った。
唇はピンクカラーのグロスで艷やかに光っている。
「銀狼くん、やるわよ」
「はい!」
俺は高音波ブレードを振り上げ、コウノトリに斬りかかった。
1匹のコウノトリの首、胴、足をバラバラにし、続いて2匹目の脳天に剣を突き立てる。
コウノトリはたまらず上空に飛び上がる。
月が綺麗な夜空に、愛澤恋の姿があった。
「なにしてくれてるんですかぁぁぁああ!」
再び愛澤恋は声を張り上げた。
「彼は姿形も男の子! 男として生きないのは甘えでしかなぁい!」
恋の視線の先にはコウモリ男、Gボーイの姿があった。
「時代が違ってきているのよ、恋。体つきが男だとか女だとか、そういう見た目で恋愛嗜好や性的嗜好を判断する時代は終わったわ」
「わかりづらぁぁぁい!」
愛澤恋は両手を広げて胸を反らした。
「世界中に情報があふれるこの時代、どうして無駄に情報量を増やそうとするのです!? 男と女、誰もが見た目通りに生きればわかりやすい! そんな世界を創りたいっ!」
「分けることが無駄じゃないからよ。そんなこともわからなくなったのかしら? 将来を有望視された研究者であったあなたが」
「だまりなさい! 男が男ではないと言いはるのは、甘えに過ぎない! 見た目と内面の一致、人類が望むのはその一点!」
「歴史がつくってきた概念に過ぎないわよ、男なんて」
Gボーイは唇を触る。
そしてパワーアシストグローブのスイッチを入れた。
「あたしがあなたの目を覚ましてあげる」
「世間の目を! もぉっと気にしたらどうですか? この世界でゲイであるあなたを支持する人などいない!」
二丁目に集まった野次馬の男たちはGボーイの横槍に手を振り上げていた。
ここからがいいところなのに邪魔するなと。
「それでも戦わなきゃいけないのよ。この世の中に消し去っていい意見なんてひとつもないのだから」
Gボーイはコウノトリに囲まれていた男の子に手を差し伸べた。
男の子はトランスジェンダー。女性の心を持つ男の子だった。
「ありがとう」
「どういたしまして。あとは悪の元凶を倒さないとね」
Gボーイは愛澤恋に向けてロケットパンチを放つ。
恋はすんでのところでパンチをかわすと、残るコウノトリの集団を一箇所に集めた。コウノトリは変形し、1匹の巨大なコウノトリを構成していく。
「バラバラのものがひとつになる。これこそわかりやすさの極致です! そしてコウノトリの能力はこれだけではありません!」
巨大なコウノトリは口から小さなコウノトリを生産し始めた。
「繁殖! 繁殖! 人間もこのコウノトリほどに繁殖しなければなりません!」
「恋! 人を繁殖能力だけで判断するのはナンセンスよ」
「だまりなさい! 今この世界はどうなっていますか。資本主義経済のもと、成長しているのは子供をたくさん生む国ばかりです。子供の数はそのまま国力になります。あなたたちが享受している便利で清潔な現代の生活を維持しようと思ったら、子供をつくり成長することが不可欠なのです!」
愛澤恋は俺を指差した。
「セクシュアル・マイノリティには生産性がない! この言葉への反論として学者が用意した論を知っていますか? 学者たちは同性愛者を生む遺伝子を持つ女性は、繁殖能力が高いといいました。ときおり同性愛者という存在が現れても、その分を女たちが埋められます、だから近親者まで見てみればLGBTには生産性があるのだと」
タキシードの男、愛澤恋はフハハと笑った。
「だがしかぁし! よく考えてみてください。同性愛者を生む親は子供をたくさん生むかもしれない。ですができあがった子供は? 何を残せるのでしょうか! この子供に生産性がないのは明白ではありませんか!」
愛澤恋の言葉は、俺に突きつけられたもののように感じた。俺には姉が3人いて、全員結婚し子供を生んでいる。一方の俺は、27歳になっても自分がどう生きればいいかをつかみきれないでいる。いい加減、世間一般の常識に身を委ねてしまったほうが楽だと感じることもあった。自分の心に嘘をついてでも。
「この国の将来のため、セクシュアル・マイノリティをマジョリティに迎合させる! それが私の望みです!」
愛澤恋は変わらない。
変わらずに自分の主張が正しいと突きつけてくる。
Gボーイも静かにこの怪盗を見ることしかできない。彼とて、ひとつの思想を選択した人の考えを変えることはできない。否定し切ることも憚っている。
だが俺は。
俺は超音波ブレードを携え、Gボーイの前に立った。
「Gボーイ。俺はあんたが受け入れてくれた自分の性格を誇りに思いたい。だから俺はあいつを否定し切りたい。Gボーイはそれを許してくれるか?」
「……銀狼くん。そうね。愛の形は人それぞれだものね」
Gボーイはいつもの言葉をかけてくれた。
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