第3話 敵は愛澤恋

 翌日の18時頃。

 俺はGボーイのお使いでコンビニにノートとペンを買いに行った。


 プロレス団体LGBTXとはいっても、実際プロレスだけで生活できるわけじゃない。団体の主な収益はGボーイの講演料だった。

 講演をする時のGボーイはオーダーメードのスーツをビシッと決めていく。

 鍛え上げられたガタイも相まって、講演を聞きに来る女性に大人気だ。

 一切下心を見せないファン対応も高感度が高かった。


「Gボーイなら講演一本でもいけるだろうに」


 俺はコンビニでペンを探しながらこぼす。

 だがGボーイが団体を解散させないのは俺のためを思ってだろう。

 何者かになりたい俺へ居場所をくれるのだ。


 ノートとペン、そして自分用のポテトチップスをもってコンビニのレジ並ぶ。


「「あっ」」


 そこで出会ったのは高校2年生の時、俺に好意をくれた同級生。

 胸元に名札をつけている。

 青島――青島ハル。今でも覚えている。

 それが彼女の名だ。


「こんにちは」


 俺はたどたどしく挨拶をした。


「ここで働いていたんだね」

「母親が倒れて、介護が必要になったから地元に帰ってきたの」

「そっか。大変だね」

「ねえ銀狼君。まだ好きって感情はわからない?」

「……そうだね」

「恋人は?」

「いないよ。君にもらった覆面をまだつけている」


 俺が言うとハルも笑った。

 今はプロレス団体LGBTXの構成員だということも伝えた。

 彼女は、次の試合があったら必ず見に行くと言ってくれた。


 俺はGボーイの待つ貸し会議室に走った。

 俺は誰を好きになることのない人間だったが、この時は少し気持ちが踊った。

 貸し会議室に戻ると、お客さんがぞろぞろと帰っていた。


 何かあったのだろうか。

 唖然としていると、Gボーイから呼び出された。


「悪いけど予定を変更するわ。グレイから連絡が入った。二丁目でまたコウノトリが暴れてる。今日の参加者の方には、知り合いのゲイバーでサシ飲みを企画するから許してもらうよう言ったわ」


 Gボーイはネクタイを緩めながら言う。

 俺は出動だと理解した。


「すぐにベンツを出します」

「そうね。近くだけどお願いするわ。あいつを止めてあげないとね」


 Gボーイはジャケットとスラックスを脱ぎ、パワーアシストグローブと、パワーアシストブーツをはめる。下半身はショートタイツ一枚だ。だが隆々とした筋肉がその出で立ちをかっこ悪く見せない。


 俺はクローゼットの中から超音波ブレードの装着された登山リュックを取り出した。狼のマスクを被り、全面スモークガラスのベンツに乗り込む。


「そういえば、Gボーイの知り合いですか? あいつって言ってましたけど」

「あら、口が滑ったわね。そうよ、彼は愛澤恋。あたしたちは昔、東京の大学院で科学者を目指すパートナーだった」


 愛澤恋のことを話すGボーイは笑顔だった。

 昔の恋人を思い出すような温かい声。


「もしかしてGボーイの恋人だった?」

「まさか。あたしはイケメンには興味ないのよ。もっとマッチョで、強くて……あたしを攻めてくれる人がいいわね。だから恋よりは銀狼くんのほうが好きよ?」

「よくわかりません」

「それ言い訳に使いすぎじゃなぁい? 思考停止はダメよ。わかろうとしなくちゃ」

「本当にわからないんです」

「そういう人もいるから、あたしは強く言わないわ。けれどわからないから寄り添えないかというと、そうじゃない」


 Gボーイはバックミラーを見る。

 心にぽっかり穴の空いたような、寂しげな表情だ。


「ねえ、Gボーイはどうして愛澤さんと別れたの」

「本当に些細なことよ」


 真剣な表情でいうGボーイ。

 俺はつい身構えた。

 どんな過酷なエピソードでも耐えてみせると。

 だがGボーイが口にしたのは信じられないほど、些細だった。


「恋はクリスマスが好きで、あたしはハロウィンが好きだった。それだけよ」

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