第2話 Gボーイと独島銀狼

 10年後。

 独島銀狼27歳。

 心身ともに脂の乗り切ったこの時期。


 俺はプロレス団体LGBTXのレスラーとしてデビューしていた。

 団体といってもレギュラーの構成員は2人しかいない。

 俺と、先輩のGボーイだ。


「銀狼くん、愛の形は人それぞれよ」


 コウモリの覆面をつけた屈強な男だ。

 口元にはピンクの口紅が塗られている。


「だから私たちは世間の同調圧力からマイノリティを救ってるの。わかるわね」

「何百回も聞きましたよ、それ」

「忘れちゃいけないことだからよ」


 Gボーイの携帯電話から男の呻き声がなった。


「行きましょう。グレイから連絡が入ったわ。三丁目の交差点でコウノトリが暴れている」


 俺は狼の覆面を被り、Gボーイはコウモリの覆面を被って三丁目に向かう。

 移動手段は、全ての窓をスモークガラスにした黒塗りのベンツだ。


 三丁目ではもう喧騒が広がっていた。

 ハート型のバルーンが、女子小学生を取り囲んでいる。

 取り巻きのパリピがスマホ片手に小学生を激写している。

 少女の後ろでは白いコウノトリがニコニコと笑っていた。


「あなたに愛を届けに来たのです!あなたに片想いしているのは、絶世のイケメンでお金持ち!女の子なら答えるしかないのです!」


 俺はベンツから100リットルクラスの山岳バッグを取り出して背負う。

 バッグからは黒いケーブルが伸びており、先にサーベルが生えていた。


「Gボーイ。高音波ブレードを使います」

「オッケーよ♪」


 俺は女子小学生を囲むパリピを押しのけて進んだ。

 高音波ブレードのスイッチを入れると、山岳バッグがブルルルと低い駆動音を鳴らした。携帯の発電機だ。これは3分しか持たない。


「でやあああああ!」


 俺は高音波ブレードでコウノトリを斬りつけた。

 だが高音波ブレードはコウノトリの羽をわずかに切り裂いただけだ。


「くそっはずした!」

「びっくりしたのです。何事でしょ…ウッ?!」


 コウノトリをつかんだのは、コウモリの覆面をつけた屈強な男。

 ピンクの口紅が怪しく輝いている。


「あなたに愛を口にする資格はないわ」


 Gボーイだ。

 彼は手に持った鉄串でコウノトリのケツ穴から頭までをずぶりと刺した。

 コウノトリは死んだ。


「さすがだな、Gボーイ」

「あらぁ、あなたもいい動きだったわよ? 銀狼くん」


 コウモリ男は唇を舐める。

 それから少女の方に歩み寄り、無事かどうか確かめた。


「愛の形は人それぞれよ」


 コウモリ男の言葉に、少女はこくりと頷いた。


「おじちゃん、ありがとう。私やよいちゃんのことが好きでいていいんだよね」

「もちろんよ。もしあなたがこの世界で苦しくなったら、この電話番号に連絡なさい。あたしたちはいつでもあなたを待ってるわ。それからね、あたしのことはGボーイと呼びなさい? いいわね?」


 Gボーイは胸元からカエルの名刺を取り出して渡した。


「Gボーイ……Gボーイ!」

「いい子ね」


 Gボーイの口元に笑みが浮かんだ。

 その時だ。


「なにしてくれてるんですかぁぁぁああ!」


 蝶の仮面をつけたタキシードの男が宙に浮いている。

 ……どうなっているんだ、それ。

 俺は某国民的漫画に出てくる白い怪盗を思い浮かべた。


 あっけにとられる俺と対象的に、Gボーイは立ち上がって男と対峙した。


「私の編み出した究・極の婚・活! その邪魔をするものは許しません!」

「なぁに言ってるの。あなたがやっているのは恋愛の押しつけ」

「ばぁかですか!? 人間の存在意義は! 配偶者を得て繁殖すること。それ以外に生物の存在意義などないのです!」


 Gボーイは彼の口上を黙って聞いている。


「何も否定できませんか? あたりまえですね? 子孫を残し種を存続させること、それなくして人類の繁栄はなかった! 今後もそれは! 変わらない!」


 困ったことに、俺はこのタキシード男の言葉に納得していた。

 俺は誰も愛せない、ロボットのような男だ。

 男の言葉に従えば、俺は人間として失格だろう。

 だからずっと苦しんできた。

 他人と違うことに劣等感を抱き続けてきた。

 人間として何の役にもたたないんじゃないかって考えてきた。

 それは人間の存在意義が繁殖だから……。


 だが俺と同じく、一般的な男女観を持たない男。

 ゲイのGボーイは言い放った。


「ばかはどっちよ。子供の生産工場をつくれば、人類はいらなくなるってこと? あたしはそうは思わないわ」


 Gボーイはパワーアシストグローブと、パワーアシストブーツをはめる。


「人の営みなんて、予測不可能な個々の人生の積み重ねに過ぎないのよ。結果として結婚し、子供をつくる人がいて、種が存続してきた。それだけよ」

「う、うるさいいい! このゲイがああああ! お前のような考えの人間が増えたから世の中は少子化しているんだあああ!」


 タキシードの男は白いシルクハットからコウノトリを5匹も出して、Gボーイに向けて飛ばす。

 Gボーイはパワーアシストブーツのスイッチを入れて、1歩、2歩とステップし、人間とは思えない速度で超加速した。十分に加速したGボーイは大地を蹴り、空中に向けて拳を振るう。コウノトリがグローブの打撃で粉々に砕けていく。


「環境やイデオロギーの変化を無視して、個人に原因を押し付けるんじゃないわよおお!」


 Gボーイの拳がタキシードの男の心臓部にめり込む。

 だが男の心臓部から、巨大な風船が膨れ上がってきた。

 コウノトリの形をした風船。


「いいパンチでしたよ! ですがあなたは私には勝てない。人間の本能が私に勝てと言っている! また、次の婚活で会いましょう」


 男はそれだけをいうと風船で西の彼方に去っていった。

 Gボーイはズシンと大地に着地し、パワーアシストブーツの電源を切った。


「やれやれ。相変わらずわからずやねえ」


 Gボーイはどこか楽しそうに笑っていた。

 俺はGボーイの言葉に救われた気がした。

 この人は人間を『動物』としてじゃなく、『考える葦』としてみている。

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