第31話 新たなる王


「よし、じゃあ俺らはちょっと派手におっ始めるから、お前らは離れた所に隠れてろ」


 ベルナルドが促してきたので、頷いてからイサークはライアンと共に部隊から離れて目立たない場所に身を隠す。


 そしてそう時間を置く事もなく、ベルナルド達の奇襲が始まった。ケヴィンの狙撃でゲリラの一人の頭を撃ち抜いた後、奴等が態勢を整える前にベルナルドや他の兵士達が一斉にグレネードを投げつける。


 激しい爆発と共にゲリラ達が阿鼻叫喚に陥る。化け蜘蛛達も例の叫び声を上げてせわしなく動き始める。そこに姿を現したベルナルド以下兵士達がサブマシンガンやカービンで掃射を始める。


 ようやく敵の姿を視認したゲリラ達が散発的に反撃を開始するのと同時に、化け蜘蛛達も次々と兵士達に向かって殺到し始めた。


「後退だ! 後退しろっ!」


 ベルナルドが声を枯らして叫ぶと、兵士達は牽制の銃撃を加えつつ、生え並ぶ木々を巧みに盾にしながら後退していく。それに釣られて怒り狂ったゲリラや化け蜘蛛達が次々と持ち場を離れて兵士達を追撃する為にこの場からいなくなっていく。



「……流石の手際だな。よし、行くぞ」


 見張りの連中が粗方いなくなったのを確認してから、イサークは隠れ場所から移動を開始した。ライアンは黙ったまま後を付いてくる。


 岩山は間近で見ると更に巨大に見え、恐らく概算で二十ヤード(約二十メートル)程はあるように思えた。そしてその岩山の中央部分に巨大な亀裂が走り、奥へと続いている。この先にティナとヴァイス達がいるはずだ。イサーク達は躊躇う事なく亀裂の奥へと進入していく。


 亀裂の奥は洞窟となっていて、下り坂が続いていた。どうやら地下に伸びているようだ。内部は真っ暗で足を踏み外す危険があったが、事前にベルナルドから受け取っていた懐中電灯を照らして何とか進んでいく。


 前方(地下)から誰かが上がってこないか警戒しながら進むが、今の所その気配はなかった。そのまま五分ほど下っていくと、自然の光が差していると思われる広い空間が視界の先に見えてきた。



「……!」

 イサークは懐中電灯の灯りを消すと、後はその空間から漏れ出てくる明かりを頼りに慎重に進んでいく。ライアンも緊張している様子だが、一言も声を漏らす事なく後に続く。


 その明かりが漏れている広場と思しき場所を覗き込める岩陰があったので、そこに身を潜めるイサーク達。


「……っ」

 ほぼ同時に後ろでライアンが息を呑む気配。これまでずっと静寂を保ってきた彼でも流石に『アレ』を見ては冷静でいられなかったらしい。気持ちはイサークにもよく解った。



(あ、あいつ……あいつが『マザー』か……!)



 一目でそれと解る、恐ろしく巨大な蜘蛛が広場の岩壁にへばり付いていた。『マザー』がへばり付いている岩壁には他にも多数の子蜘蛛が這っていて、その上は竪穴になっているらしく、そこから陽の光が入り込んでいたのだ。


 更に地表には『マザー』が産み落としたと思われる卵らしきものが大量にあり、それを何匹かの『成体』が管理していた。あれが全部孵ったら、それだけで地獄絵図になる事は間違いない。


「……っ!」


 そして最初は『マザー』の存在感に圧倒されてつい目が行ってしまったイサークだが、遅れて気づいた。少し離れた所にティナ達がいた。


 ティナは相変わらず後ろ手に手錠を掛けられた状態で、ヴァイスに銃を突きつけられている。そうやってコンラッドを脅して、彼に何かを取りに行かせていた。コンラッドは『マザー』の下まで歩いていくと、その下の瓦礫から金属のケースのような物を取り出した。尚その間『マザー』はコンラッドに襲いかかる様子は一切見せなかった。『ABCS抗体』とやらの効果のようだ。


 コンラッドが持ってきたケースをヴァイスに渡す。ヴァイスがケースを開けると、中から注射器のような物が出てきた。あれがその『ABCS抗体』のストックのようだ。



 それを認めたヴァイスが笑うと……そのまま躊躇いなくコンラッドを銃で撃ち抜いた!



「……!」

 やはりヴァイスは最初からコンラッドを始末するつもりだったのだ。『ABCS抗体』で化け蜘蛛を支配したいヴァイスからすれば、同じ抗体を打っているコンラッドは邪魔なだけだ。


 ティナが悲鳴を上げて倒れた父親に駆け寄る。アメリカからこんな南米のジャングルの奥地にまで来て助けようとした父親が射殺されたのだ。彼女の心境は察するに余りある。イサークもティナを慮って歯ぎしりした。



 とその時、コンラッドが死んだ為か『マザー』が不穏な叫び声を上げて忙しなく動き出した。


「ち……ヤバそうだな。ヴァイスがあの抗体を打ったらお終いだ。その前にアイツを止める。坊主、お前は他のゲリラ共を牽制してくれ」


 この位置からだと他のゲリラが邪魔でヴァイスを狙えない上に、ティナを巻き込む可能性がある。忍び寄ってヴァイスから直接あの抗体を奪い取る必要がある。それにヴァイスに密着してしまえば部下達もこちらを撃てないはずだ。


「……ああ」


 ライアンが相変わらず昏い声で返事をする。彼はヴァイスが持つ『ABCS抗体』に妙にギラついた目を向けていたが、イサークがそれに気付く事はなかった。



 岩陰を伝いながら素早くヴァイス達に忍び寄るイサーク。幸いというかヴァイスも部下達も暴走し始めた化け蜘蛛の方に注意が向いており、接近するイサークの気配に気づかなかった。


 ヴァイスに『ABCS抗体』を打たせる訳には行かない。さりとてコンラッドが死に、このまま『マザー』やその子供達が暴走するのも勿論マズい。どちらにせよこの国は、場合によってはその周辺諸国も地獄と化す。


 それを防ぐには……『自分自身』に抗体を打ち込む他ない。といっても勿論ヴァイスに代わって蜘蛛の王になる気はない。とりあえず『マザー』の暴走を防げればそれでいい。その後は『マザー』や子供達の寿命が尽きるのを待つか、何とかして殺す手段を講じて殲滅するのだ。化け蜘蛛達はこの地球上に生きていてはならない存在だ。


 勿論その間はジャングルから出られなくなるが、それはもう諦めるしかないだろう。覚悟を決めたイサークは忍び足でヴァイスの近くまで接近した。そして一気に彼の背中目掛けて飛び掛かった。



「――ヴァイスゥゥゥゥゥッ!!」

「っ!?」


 意表を突かれたヴァイスが驚愕の表情で振り向いた時には、既にイサークは彼に組み付いていた。忽ちもみ合いになる。


「イサーク、貴様……!? 邪魔するな!」

「ヴァイス! これ以上お前の好きにはさせん!」


 イサークはとにかく注射器を奪い取る事を優先する。注射器には金属の覆いがされており、多少の衝撃で割れたりする心配はなさそうだ。


 だがヴァイスともみ合っているうちに、注射器が彼の手から落ちてしまう。地面はやや傾斜になっているようで、落ちた注射器はコロコロと転がっていき、一人の人物のつま先に当たって止まった。



 それは……ライアンであった。彼は何故か妙にゆっくりとした動作でその注射器を拾い上げる。



「よくやった、坊主! そいつを寄越せっ!」


「おい、俺に渡せ! そうすればお前は殺さないでおいてやる! いや、それどころか俺の王国の幹部にしてやるぞ!」


 イサークとヴァイスが、ライアンに向かってほぼ同時に怒鳴る。だがライアンは二人のどちらにも注射器を渡す事はなかった。イサークに向けてやはりあの昏い笑みを浮かべると……自らの胸に注射器を刺して、一気に中身を注入した!


「な……!? ぼ、坊主、お前……!?」

「き、貴様! 貴様、何て事をぉぉぉっ!!」


 イサーク達はやはりほぼ同時に驚愕の悲鳴を上げた。彼等の見ている前でライアンが口から泡を吹きながら白目を剥いて、凄まじい勢いで身体を痙攣させる。


 『ABCS抗体』と『マザー』を巡るビウディタでの闘争は、最終局面を迎えつつあった……

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