第30話 追跡行軍

 ケヴィンの先導の元、ヴァイス達の後を追跡していくイサーク達。集落にも何人かのゲリラや僅かな数の化け蜘蛛達が残っていたが、イサーク達の勢いを止められる物ではなく、邪魔する者達は人間も蜘蛛もまとめて蹴散らした。幸いな事に『成体』は一匹もいなかったので撃破に手間取る事はなかった。


 ライアンも意外にライフルを使いこなして敵を攻撃していた。



「奴等はこの奥に消えていきました」


 ケヴィンが指差す先は、ジャングルを僅かに切り開いて作られた支道のようなものがあった。沢山の足跡がその先に続いている。これなら迷う事は無さそうだ。イサークは頷いた。


「よし、それじゃ行くぞ。準備はいいな?」


 全員が頷いたのを確認して支道に入る。先頭はやはり偵察兵のケヴィンとエンゲルスが務めた。しばらく無言で周囲を警戒しながら進んでいくと……


「……!」

 先頭の二人がほぼ同時に止まった。遅れてイサーク達も気付く。何か複数の気配が森の奥から迫ってくる。


「ち……すんなり通しちゃくれないか……!」

「来るぞ! 備えろっ!」


 イサークが舌打ちし、ベルナルドが部下達に怒鳴る。兵士達はライフルやカービンを構えて臨戦態勢となる。イサークとライアンもそれに倣う。


 直後、木々の奥から十体以上の子蜘蛛達が飛び出してきた。恐ろしい叫び声を上げてこちらに狙いを定めて襲いかかってくる。どうやらコンラッドからこの場所の見張りを命じられているようだ。


「落ち着いて対処しろ! 腹部を狙って一体ずつ仕留めていくぞ!」


 イサークの指示を受けてベルナルドやケヴィン、そしてイサーク自身が敵を一体ずつ挟撃して仕留めていく。その間ライアンや他の兵士達は残りの敵を牽制して寄せ付けない役を担う。連携がうまく言ってこちらの犠牲なく子蜘蛛の群れを殲滅することが出来た。



「ははっ! 俺達ゃ化け物退治で生計立てられそうだなぁ! これが終わったら転職するか!?」


 ベルナルドが豪快に笑う。部下達を鼓舞する為に敢えて豪快に振る舞っている部分もあるようだ。兵士達の何人かが釣られて笑う。


 とその時、木々を割るようにして怪物の巨体が至近距離に出現した。子蜘蛛とは比較にならない大きさ。『成体』だ!


「おわ!? くそ、散れ! 散れぇっ!」


 ベルナルドが声をからして叫ぶ。彼も兵士達も大蜘蛛に銃撃を浴びせながら距離を取って散開する。だが大蜘蛛は耳障りな叫び声を上げて素早く動いた。最も手近にいた兵士に飛びつくと、その巨体に物を言わせて押し倒す。


 それは狙撃兵のエンゲルスであった。顔を引きつらせて訳の分からない喚き声を上げてカービンを乱射するエンゲルス。しかし大蜘蛛は無慈悲にも歩脚を振り上げると、その先端についた鋭い鉤爪でエンゲルスの頭を叩き砕いた。西瓜を地面に落とした時のようにエンゲルスの頭が割れる。


「マルクスゥゥゥゥゥ!! くそがぁぁぁぁっ!!」


 ベルナルドが怒りに燃えてサブマシンガンを乱射する。だが『成体』の強靭な身体はサブマシンガンの掃射にも耐え抜く。歩脚を振り回してベルナルドや兵士達を牽制しつつ、次の獲物を物色する大蜘蛛。


 だがその時、大蜘蛛がエンゲルスを襲っている間にその死角に回り込んだイサークが、弱点の腹部目掛けてライフルを掃射する。


「ギギッ! ギギィッ!!」


 大蜘蛛が苦悶の叫びを上げるが、子蜘蛛なら既に死んでいるであろう銃撃を受けてもしぶとく暴れまわる。イサークは他の兵士達が四方八方から銃撃を浴びせて大蜘蛛を牽制している間に、ライフルを放り投げるとリボルバーを抜いた。


 そして暴れまわる大蜘蛛の急所に狙いを定めると、躊躇う事なく引き金を引いた。五十口径のマグナム弾が大蜘蛛の腹部と頭部の接合部を正確に貫いた。


 大蜘蛛が一際大きな叫び声を上げると、そのまま地面に潰れるようにして死んだ。



「ふぅ……やっとくたばったか。皆、無事……じゃないよな」


 イサークが大蜘蛛の死体を迂回して兵士達の所に戻るが、彼等は戦死したエンゲルスに黙祷を捧げていた。同じ狙撃手の同僚だったケヴィンがエンゲルスのタグを回収してベルナルドに預ける。


 タグを回収したベルナルドは頷いてからイサークに向き直った。


「……別に何も恨み言を言う気はないぜ。こっちも覚悟した上で来てるんだからな。こうなったら何としても奴等をぶっ潰すぜ」


「……ああ、そうだな」


 ここで下手な同情や慰めは逆効果だろう。イサークただ神妙に頷くに留めた。他に敵が襲ってくる気配はない。どうやらこの大蜘蛛が最後のようだ。


「この先にティナと奴等がいるはずだ。先に進むぞ」


 イサークに促されて一行は、エンゲルスの死体に最後の祈りを捧げると、連れ去られたティナを追って前進を再開した。




 エンゲルスが死んだ事により、ケヴィンが偵察兵として先頭に立って進んでいく。そしてしばらく進んだ所でケヴィンが止まるように合図を出した。


「……!」

 全員その場で身を伏せて周囲を警戒する。


「ケヴィン、どうした?」


 ベルナルドとイサークが静かに近づいて確認すると、ケヴィンは黙ったまま前方に顎をしゃくった。その先は森が開けた場所になっており、大きな亀裂の入った巨大な岩山がそびえ立っていた。


 そしてまるでその岩山を守るように、銃を持ったゲリラ達と残りの化け蜘蛛達が岩山の前の開けた空き地に陣取っていた。


「……あの岩山の割れ目、怪しいと思わねぇか?」


「ああ……どうやらティナやヴァイス達はあそこへ入っていったようだな」


 ベルナルドの問い掛けに同意するイサーク。明らかに怪しい。ヴァイスはイサーク達が脱走したとは知らないはずなので、わざわざ手の込んだ陽動や偽装をする意味はない。あの裂け目の奥が『マザー』とやらの棲家なのだろう。ティナ達は間違いなくあの奥にいるはずだ。



「結構いやがるな。正面から突破するのは難しそうだな」


 ベルナルドが唸る。彼等もこれまでの戦いで大分損耗が激しく、この人数のゲリラに加えて化け蜘蛛までセットでいるとなると、正直まともに正面から戦いを挑んでもかなり厳しい状況となる事は間違いない。


「だが時間がない。今こうしてる間にもヴァイスの奴が『ABCS抗体』とやらを入手しているかも知れん。奴が化け蜘蛛どもを自由に操る力を手にしたら万事休すだ」


 そうなれば待っているのは悪夢だ。それだけでなく、用済みとなったティナがどんな目に遭わされるかも解らない。最悪殺される事もあり得る。イサークの中で焦燥が膨らむ。



「……ったく、仕方ねぇな」


 ベルナルドが頭を掻きながら呟く。そして他のケヴィンを始めとする他の兵士達を振り返った。


「ここまで来た以上、お前ら覚悟は出来てるな? ……よし。じゃああいつらは化け蜘蛛共も含めて俺達が引き付けるぞ。そうしたらお前は隙を見てあの洞窟に忍び込め。そしてあの嬢ちゃんを助けてやんな」


「……! いいのか?」


 ベルナルドの『作戦』に異を唱えたり怖気づいたりする兵士は誰もおらず、全員が神妙な表情で頷いていた。イサークはそれを見てベルナルドに問いかける。


 確かに正面突破が難しい以上、ティナを助ける為にはそれが一番効率の良い方法だ。だがゲリラや化け蜘蛛共を一手に引き受ける彼等は間違いなく無事では済まない。だがベルナルドは不敵に笑う。


「はっ! 俺達を甘く見るんじゃねぇぜ? 奴等を全滅させるならともかく、引き付けておくくらいなら余裕ってモンだ。なあ、お前等?」


 彼が兵士達の方を振り向くと、全員が肯定の意を示した。


「という訳だ。俺達の事は心配ないから、お前は自分の役目に集中しな」


「……礼を言う」


 化け蜘蛛もいる事を考えると引き付けるだけでも相当の難事のはずだが、イサークは敢えて言及せずにこの場を彼等に任せる事に同意して礼を述べた。



「洞窟には僕も一緒に行かせてもらうぞ。先生を助けたい気持ちはあんたと同じだし、ここに残っても彼等の邪魔になるだけだからな」


 ライアンが申し出てくる。というよりイサークが何を言っても引くつもりはないようだ。確かに彼の言う事も尤もだし、それならこちらに付いてきてもらった方がいいだろう。イサークは頷いた。


「解った。今更止めはしない。付いてきたけりゃ好きにしろ。ただし俺の邪魔はするなよ?」


 それだけは釘を差しておく。ライアンは鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る