第25話 事態の裏側で

 全てはあっという間だった。イサークやクレンゲル達奇襲部隊が突入のために集落に向けて立ち去っていった後、まるでそれを待ち構えていたかのように武装した二十人近い男達がどこからともなく現れ、ティナ達三人を包囲した。


「な……!?」


 余りにも突然の事態にティナは勿論、ライアンやアシュビーも何をする暇もなかった。四方八方から銃を突きつけられた彼等に出来たのは、自分の武器を手放して降参のポーズを取る事だけだった。


 連中のリーダーと思われる男が進み出てきた。驚いた事に白人の男であった。三十代くらいの鋭く冷徹な目をした男だった。



「お前がヴァレンティナだな? 他にこんな所に来る白人女がいるはずがない」


「……っ!? あ、あなたは……?」


 英語で喋るその男に名前を言い当てられたティナは驚愕に目を見開く。男が唇を歪める。



「俺の名はヴァイス。今はこのビウディタを根城にしているゲリラのリーダーをやっている」



「っ!!」

 何となく予想はしていたが、やはりゲリラの連中だったらしい。だがそのリーダーが英語を喋る白人の男だとは思わなかったが。


「正直駄目で元々だったが……流石はイサークだ。この女を見事ここまで連れてきてくれた」


「な、イ、イサークですって!? 彼を知っているの!? それに今、連れてきてくれたって……」


 一瞬イサークとこの男がグルだという恐ろしい想像をしてしまうティナだが、すぐに内心でそれを否定した。彼の態度は演技ではなかった。それは間違いない。それに彼は最初、自分達の依頼を断っているのだ。この男とグルならそんな事をする理由はない。となると……



「奴は昔、俺がデルタフォースにいた頃の同僚でな。そしてあの手紙を出したのはコンラッドではなくこの俺だ。俺は他人の筆跡を真似るのが得意でね」


「な……あ、あなたが……!?」


 驚愕するティナの横では、ライアンも唖然としていた。では全てはこの男の企みだったという事なのか。父が助けを求めていたというのは嘘だったのか。その事実に衝撃を受けるティナ。


「な、何故……何の為に私を……」


「決まっている。お前の父親に対する『人質』の為だ。あの人嫌いの偏屈者も流石に実の娘は大切だろうからな」


「ひ、人質? 父への? そ、それはどういう……」


 訳の分からない状況に混乱するティナだが、ヴァイスは会話を切り上げて部下達に合図をする。するとゲリラが何人か寄ってきてティナ達を捕縛する。


「何故こんな事をする羽目になったのかは、後でお前の父親を交えてじっくり教えてやる。さあ、コンラッドの奴に会いたくてこんなジャングルの奥深くまで遥々やってきたのだろう? 十年ぶりの感動のご対面と行こうじゃないか」


「……っ」

 歯噛みするティナ達だがこの状況ではどうにも出来ず、情け容赦なく引っ立てられていく。




 そしてヴァイス達は集落へと降りると、父がいると思しき建物を制圧して入り口を確保していたクレンゲル達を物量の差による奇襲で容赦なく射殺した。ティナは悲鳴を上げて目を逸らした。


 その直後に今度はイサーク達が慌てたように建物から飛び出してきた。そして射殺されたクレンゲル達と建物を取り囲むゲリラ達を見て顔を歪めて立ち止まった。イサークとヴァイスはやはり本当に知り合いだったらしく、その顔を見て驚愕していた。


 ティナ達はイサーク達を牽制する為の人質として前に引っ立てられた。そして……ティナはイサークが手を引いて一緒に建物から連れ出された人物を見て限界まで目を見開いた。


 そこに彼女の父親がいた。十年間会っていなかったが、そんな時間の隔たりは直接会った瞬間に霧散した。父もティナを見た瞬間に即座に解ったようだ。


「ティ、ティナ……? ティナ、なのか……?」

「……っ! パ、パパ……!」


 ティナの声を聞いてこちらに駆け寄ろうとする父だが、それをヴァイスが阻む。こめかみに押し当てられる冷たい金属の感触にティナは恐怖から思わず身を竦ませた。だがしかし彼女はその直後に恐怖も忘れるような不可思議で不可解な光景を目撃する。


 ヴァイスに銃を突きつけられた娘を見た父が怒りからヴァイスに敵意を向ける。するとまるでその怒りに呼応するかのように、集落を彷徨いていた化け蜘蛛達が集まってきてゲリラ達を包囲したのだ。


 化け蜘蛛に取り囲まれたゲリラ達が恐怖のあまり恐慌をきたしそうになる。彼等は『友好関係』にあるのではなかったか。


「狼狽えるな! コンラッド、これが見えんのか? 娘の命が惜しければ連中を下がらせろ! すぐにだっ!」


「……!」

 しかしヴァイスがこれ見よがしにティナに銃を再度突きつけると、父が悔しげに呻いて怒りを鎮めた。すると化け蜘蛛達は包囲を解いて後ろに下がっていくのだ。


(ど、どういう事……? まるで父の意に従って動いているかのよう……)


 ティナは銃を突きつけられている恐怖も忘れて今の現象について思いを巡らせた。ヴァイスの口ぶりからすると、まさにこの為に彼女をこのジャングルまでおびき寄せたという事らしい。


 そしてイサーク達も囚われの身となり、ティナはヴァイスの言う所の『交渉』とやらに同席させられる為に引っ立てられていった。

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