第24話 急転直下
ケヴィンの案内で集落を臨むポイントに集合した奇襲部隊。ケヴィンが集落の一点を指差す。
「あれです。あそこでミスター・トラヴァーズと思しき人物を目撃しました」
他が殆ど木造の家屋なのに対して、その建物だけはコンクリートや鉄骨が使用されているようだった。明らかに他と造りが違う。クレンゲルが頷いた。
「よし、あれだな。便宜上『バンカー』と呼称する。エンゲルスは見張り台、ヤンセンはバンカー手前にいる見張りだ。やれるな?」
見張り台と『バンカー』の入口横にそれぞれ銃を持った見張りが佇んでいる。まずはこの二人を狙撃で排除し、後は一直線に突入だ。幸い進行ルートには他にも建物や倉庫、車両などがあって身を隠せる物陰には事欠かない。狙撃兵達は引き続きこの場所で撤収完了まで援護射撃を行う。
ケヴィンとエンゲルスが頷いて配置に付く。しゃがみ込んでスナイパーライフルを構える。イサークやベルナルド達はその間に自分の武器を構えて突入の準備を整えてスタンバイする。
緊張に満ちた沈黙の時間が流れ……クレンゲルが合図を出した。
二人の狙撃兵がライフルの引き金を絞る。サイレンサーを装着している事もあり、ポスッという乾いた音が鳴った。しかしそこから発射された銃弾は正確に二人の見張りの頭を撃ち抜いた。見張り台にいたゲリラが前に倒れて、そのまま見張り台から落下する。他の巡回に見つかるのは時間の問題だろう。
「よし、突入だ! 一気にバンカーを目指せっ!」
クレンゲルの指示でベルナルドを筆頭に分隊メンバー達が隠れ場所から飛び出して、一気に集落に向かって駆け下りていく。イサークもリボルバーを構えて最後尾の殿を引き受ける。ケヴィンとエンゲルスはこの場でそのまま狙撃での援護を継続する。
近くにいた何人かのゲリラが慌てて銃を向けてくるが、その前に兵士達のライフルが彼らを撃ち抜いた。既に集落内は大騒ぎになりつつあったが、奇襲部隊は構わず突き進んでいく。ベルナルドのサブマシンガンが唸りを上げてゲリラ達を牽制する。斜め後方から現れてライフルを向けてきたゲリラの胸に、イサークのリボルバーから放たれたマグナム弾が銃痕を穿つ。
隊長のクレンゲルがグレネードを投擲する。爆発が巻き起こりゲリラが吹っ飛ぶ。兵士達もイサークも戦いのプロであり、こちらが奇襲を仕掛けたという状況もあって今の所は順調に事が運んでいた。
しかしイサークも兵士達も勿論このままゲリラと正面衝突して勝てるとは思っていないので、連中が混乱している内に事を済ませてしまうべく『バンカー』目掛けて突き進む。尚、化け蜘蛛達には極力銃弾を当てないように心がける。中途半端に攻撃を加えても連中を怒らせて厄介な事になるだけだ。
その甲斐あってか化け蜘蛛達は突然の銃撃戦に驚いてはいるようだが、積極的にこちらに襲いかかってくる様子がない。しかしイサークはこの村にいる化け蜘蛛達が、今まで遭遇した連中に比べて妙に大人しいのが気になった。
今は余計な事を考えている余裕はない。イサークは雑念を追い払って作戦に集中する。
やがて先頭にいるベルナルドが『バンカー』に到達した。蹴破るようにしてバンカーの扉を開けて中に躍り込む。他の兵士数人とイサークもそれに続く。クレンゲルと何人かの兵士達は入り口を確保して外を警戒する役目を担う。
「おい! コンラッドってのはあんたか!?」
ベルナルドが怒鳴る。『バンカー』の中は広めの住居のようになっていて、奥に一人の男が縮こまっていた。どうやら外の銃撃戦を恐れてここに伏せていたようだ。だが突然荒々しく入ってきた武装した大柄な兵士に怒鳴られて増々縮こまってしまい、立ち上がる気配がない。
「まあ待て。ここは俺に任せろ」
以前にコンラッドと面識のあるイサークが代わる。
「おい、あんたコンラッドだろ? 俺を覚えてるよな? 三年前にあんたをこのジャングルまで送り届けたイサークだ」
「……!」
イサークの声と言葉に反応して……男が恐る恐る顔を上げた。手紙にイサークの事を書いていたので当然覚えているはずだ。
「イ、イサーク……?」
それは確かにイサークの記憶にある通り、そして直近であの写真で見た通りの男性であった。ティナの父親コンラッドで間違いなさそうだ。前から思っていたが、ティナとは余り似ていない。どうやら彼女は母親似だったらしい。
「あの運び屋の……? 何故お前がこんな所まで? 私に一体何の用だ? それにこの兵士達は何者だ?」
「……何だと?」
イサークは眉根を寄せた。兵士達に戸惑うのは仕方がないが、あんな手紙を出したのなら当然彼がここにいる用件は察しが付くはずだ。しかしコンラッドの態度はまるきり心当たりがないかのようで、嘘を吐いている様子もない。イサークは混乱した。
「ちょっと待て。あんたが手紙で娘のティナに助けを求めたんだろ? そして彼女に俺を雇うように指示したんじゃないか。その歳で認知症か? 今は笑えないジョークに付き合ってる余裕はない。さっさとここから脱出するぞ。村の外でティナがあんたを待ってる」
イサークが促すとコンラッドは驚愕したように目を見開いた。
「ティナ? 今、ティナと言ったのか? 娘がこんな所に来ているのか!? お前が連れてきたのか!? どういうつもりだ!?」
眦を吊り上げて詰め寄る姿はどう見ても演技には見えない。イサークの混乱は更に大きくなる。
「何を言ってるんだ、あんたは! 自分で彼女に手紙を出したんだろうが!」
「手紙だと!? そんな物は知らん! お前こそ何を言っている!?」
明らかに話が噛み合っていない。コンラッドは手紙の事も、ティナがここに来ている事も知らないようだ。だがそんなはずはない。でないと……ティナが嘘を言っているという事になってしまう。
一瞬恐ろしい想像をしかけたイサークだが、すぐに内心でそれを否定した。あの良くも悪くも単純な性格のティナがそんな嘘を吐けるはずがない。もしここまでの旅で彼女が見せた姿がイサークを欺く為の演技だったとしたら、彼女は今すぐ女優に転向してもアカデミー賞を総嘗めに出来るだろう。
勿論最初からティナと一緒にいたライアンにも同じ条件は当てはまる。
(となるとティナ達もコンラッドも両方嘘を言っていないという事になる。て事は……まさか!?)
「おい、何してんだ! もう時間がねぇ! さっさと行くぞっ!」
何かグダグダやっているイサークとコンラッドの姿に苛立ったベルナルドが怒鳴って促してくる。イサークは彼の方に向き直った。
「ヤバい! 嵌められた!」
「ああ!?」
「今すぐここから逃げるぞ! 罠だっ!」
それ以上ベルナルド達に構わず、コンラッドの腕を掴んで強引に走り出す。そのまま建物の外に飛び出ようとして……
「……っ!!」
その足が硬直したように止まる。後ろから追い縋ってきたベルナルド達も同様だ。イサークも兵士達も、一様に驚愕して目の前の光景を凝視する。
「な…………」
クレンゲルを始めとした、建物の出入口を確保していたはずのメンバーが全員地面に倒れ伏していた。全員頭を撃ち抜かれていた。彼らの体の下に血溜まりが出来ていく。
「た、隊長……?」
突入組の一人が掠れた声でクレンゲル達の死体を見下ろす。だがイサークもベルナルド達も……『それを為した』者達を見やっていた。
一体今までどこに隠れていたのか……優に二十人はいる銃火器を持ったゲリラ達が周囲を取り囲んでいた。最初に偵察した時はこれほどの人数はいなかった。自分達をここに誘い込む罠だったのだ。
「……く、くくく。これほど上手く行くとは。イサーク……兵士としては優秀だが、直情径行で搦手に弱いのは昔から変わっていないようだな?」
「……っ!?」
包囲するゲリラ達の壁を割るようにして、後ろから一人の男が姿を現した。驚いた事にその男は流暢に英語を喋っていた。更にイサークはその男の声と顔に覚えがあった。もう十年近く前になるが、片時も忘れた事はない顔。
「お、お前は……まさか、ヴァイス!?」
「久しぶりだな、イサーク。最後に会ったのは、あの軍法会議の時以来か?」
他のゲリラは皆現地のベネズエラ人であったが、その男は黒っぽい髪だが白人であった。そして……イサークと同じアメリカ人でもあるはずだった。反射的に銃口を向けようとするイサークだったが……
「おっと、『あの女』の命が惜しいなら下手な抵抗はせん方がいいぞ?」
「な……!?」
イサークの動きが止まる。後ろにいるベルナルド達も同様だ。酷薄な笑みを浮かべたヴァイスが手を掲げて合図すると、再びゲリラの壁が割れてその後ろから現れた者があった。しかし……
「イ、イサーク……」
「……っ!!」
ゲリラの一人に乱暴に腕を捻じりあげられて無理やりその場に引き出されてきたのは……このむくつけき場にはそぐわない美貌の白人女性、ティナであった。横には同じように捕まっているライアンとアシュビーの姿もあった。
そのティナの姿を見て驚愕したのはイサークだけではなかった。コンラッドが目の玉が飛び出そうな程に目を見開いていた。
「ティ、ティナ……? ティナ、なのか……?」
「……っ! パ、パパ……!」
ティナもまた父親の姿を認めて、その大きな目を限界まで見開く。思わず駆け寄ろうとするが、彼女を捕らえるゲリラがそれを許さない。腕を強く捩じ上げられて彼女が苦痛に呻く。
「ティナッ!? ……ヴァイス、これは一体何のつもりだ!? 今すぐ娘を離せっ!」
コンラッドが眦を吊り上げて怒鳴る。すると……まるで彼の怒りに呼応するように、今まで大人しくしていた化け蜘蛛達があの耳障りな叫び声をあげて集まってきた。そしてゲリラ達を更に外から包囲する。
この現象にイサークは目を剥いた。まるでコンラッドの意を汲んでいるかのような化け蜘蛛達の動き。自分達に向けて敵意を発散しながら包囲を狭めてくる『成体』を含む化け蜘蛛達の姿に、ゲリラ達は動揺して恐慌をきたしそうになる。だが……
『狼狽えるな!』「コンラッド、これが見えんのか!? 娘の命が惜しければ蜘蛛共を下がらせろ! すぐにだっ!」
「……!」
ヴァイスがこれ見よがしにティナのこめかみに拳銃を突きつけて脅してくる。こめかみに当たる銃口の感触に、ティナが悲鳴を押し殺して硬直する。
「ティナ!? くそ……ヴァイス、貴様……!」
コンラッドが悔しげに唸る。すると迫ってきていた化け蜘蛛達の動きが止まり、方向転換して距離を取るように下がってしまったのだ。
(どういう事だ? あの化け物共はコンラッドの意思に従っているのか?)
極限の状況ながら、信じがたい不可思議な現象にイサークはそのような仮説を立てた。一方彼等の目の前では、ティナに銃を突きつけたヴァイスが嗤っていた。
「くく……これは想定以上の効果だな。わざわざアメリカからこの女を『おびき寄せた』甲斐があったという物だ」
「……っ!?」
ヴァイスの言葉にティナが動揺して身体を震わせる。だがイサークはヴァイスの姿を認めた時点で予想していた。そう言えばこの男には他人の筆跡を寸分違わず真似るという特技があったのを思い出したのだ。
「さあ、イサーク。お前達もこの女の命が惜しかったら下手な真似はせん事だ。武器を捨てろ!」
「くそ……!」
イサークは歯噛みしつつ銃を手放した。ベルナルド達もそれに倣う。ティナの命を惜しんでくれての行動かは分からないが、どの道この状況では暴れても勝ち目がないと判断しただけかも知れない。
ゲリラ達の一部が進み出てきてイサーク達を捕らえる。
「くく、この女をここまで連れてきてくれて礼を言うぞ? お前達の処分は後でゆっくり決めてやる。さあ、コンラッド。改めて『交渉』の席を設けようじゃないか」
「ぐぬ……!」
実の娘を人質に取られたコンラッドは、ただ悔しげにヴァイスの顔を睨みつけるのみであった……
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