第23話 ビウディタ到着
「この先がビウディタだ。もしそこがゲリラ共の根城になっているなら、ぼちぼち奴等の勢力圏内に入る事になる。ここからは慎重に行くべきだな」
先日の襲撃を経てその翌日。イサークがティナやクレンゲル達にそう提案している。
「しかしあんな化け物どもがうろついてる状態じゃ、ゲリラ共はとっくに奴等に食われて、今頃は糞に変わって木の肥やしになってんじゃねぇか?」
ベルナルドの下品な例えはともかく、彼の言うこと自体は十分考えられる事だ。ビウディタがゲリラではなく化け蜘蛛の巣となっている可能性は高いといえる。イサークは肩を竦めた。
「勿論その可能性もある。彼女の親父さんの手紙には囚われの身になっているとだけ書いてあった。俺はそれを見てゲリラに囚われていると思い込んでいたが、見返してみると手紙にはゲリラとは明言されていなかった。あんな剣呑な化け物共がいるなんてまさか想像もしていなかったしな」
「で、でもそうなると、先生のお父上はゲリラではなくあの怪物共に囚われていると? あいつらに人を監禁しておくような知性も理由もあるようには見えないが」
ライアンの疑問。だがイサークはやはり肩を竦めただけだった。
「勿論全部推測だ。実際にどうなってるのかは行ってみなけりゃ解らん。という訳でぼちぼち行動を開始すべきじゃないかね?」
その言葉にクレンゲルが頷いた。
「よし、では準備を整え次第出発するとしよう」
一行はそこで食事やトイレなどを済ませ、全員の準備が出来た事を確認してから、ティナ以外の全員が各々銃火器や携行物資を装備して出発する事となった。この状況でただでさえ貴重な戦力を分散するのは愚行である為、留守番は置かずに車両には迷彩シートを被せて偽装しておく。
ここから先は徒歩による移動となる。イサークやライアンは勿論、兵士達もティナのペースに合わせてくれたので、そこまで過酷な行脚にはならずに済んだ。
一時間程歩いた所で、先頭にいた偵察班の兵士が合図を出した。何かを発見したらしい。一行は行軍を停止する。
「エンゲルス、どうした?」
「……あれを」
クレンゲルに名前を呼ばれたやはり黒人の兵士が、草陰に身を隠すように促しながら前方に顎をしゃくる。同時に双眼鏡を彼に手渡す。
「……!」
双眼鏡で前方を確認したクレンゲルが若干緊張した。すぐにベルナルドやイサークにも双眼鏡を回して状況を共有する。
「何? 一体どうしたの?」
「ミス・トラヴァーズ。これを使って下さい」
そう言ってケヴィンが懐から小さめの双眼鏡を出して渡してくれたので、ティナは礼を言って彼等が見ている方角を覗き込んだ。そしてやはり小さく息を呑んだ。
そこはジャングルの只中にあって少し開けた盆地のような地形になっていて、そこにはいくつもの建物が立ち並んでいた。木造の家屋や倉庫などの建造物。見張り台のような設備もある。間違いなくここがビウディタ……現在のゲリラ達の本拠地だ。
しかしティナが息を呑んだ理由はそれだけではなかった。
(人が……人がいる!? ゲリラ……よね? で、でもあそこにいるのは……化け蜘蛛!? ど、どういう事!?)
見張り台や集落にはライフルなどの銃火器を装備した男達が巡回していた。銃を持たずに何人かで固まって休憩していると思しき男達も見える。それ自体はゲリラの本拠地と考えれば、まあ『普通』の光景だ。
だが双眼鏡で覗くティナの目には『普通ではない』光景が見えていた。
化け蜘蛛がいた。ゲリラの集落に。
殆どが子蜘蛛だが、何匹か成体の大蜘蛛の姿も見える。それらの化け蜘蛛達が……『普通に』集落内を闊歩しているのだ。化け蜘蛛達の大半は集落の外れにある木で作られた囲いの中にいたが、何匹かは集落内を自由に動き回っている。
同じ空間を共有しているゲリラ達に襲いかかる様子がない。廃村で襲いかかり、兵士達を血祭りにあげたあの凶暴さが鳴りを潜めている。そしてゲリラ達もまた化け蜘蛛達に攻撃する事なく、当たり前のようにその存在を受け入れているかに見える。
流石にペットのように気を許して親しげに接しているという感じではないが、微妙に距離を起きつつも共存しているといった様子だ。
「こいつは……ちょっと予想外の事態だな?」
同じように集落の様子を偵察したイサークが低い声で呟いた。クレンゲルがティナの方に振り向いた。
「これはどういう事だ? あの化け物を作ったのは君の父上という話だったな? そして君は父上から囚われの身だから助けて欲しいという手紙を受け取ったと。だが私の目にはゲリラ共と化け物は互いに反目し合っているようには見えんな。何が起きている? 君の父上は本当にあそこにいて囚われの身になっているのか?」
「何が起きているかなんて私が一番聞きたいくらいよ。でもこれだけは言えるわ。あの化け物達の件を解決する鍵はやはり父が握っているのだと」
やはりティナにはそうとしか思えなかった。確かにこの状況は予想外ではあったが、それと父が今どういう状態でいるのかは全く別の話だ。
「とにかくまずは父を探し出して話を聞く事よ。それが解決への道なのは間違いないわ」
「む……」
クレンゲルが唸る。確かに『少々』予定外の事態があったからと言って、ここまで来て引き返す事は出来ない。
「……いいだろう。とりあえず君の父上を助け出すという方針は維持する。何が起きているのか把握するには結局それが一番の近道だからな。それを前提に作戦を立てよう」
「ありがとう、軍曹」
とりあえず話がまとまり方針が決まった事で、動揺していた兵士達やライアンも落ち着いたようだ。
「さて……そういう事ならまずはあんた親父さんの居場所を突き止めなきゃならんな。その上で効率的に突入して親父さんを一気に救出して引き揚げるんだ」
イサークが切り出した。敵が武装ゲリラだけでも正面から突入となれば厳しいが、ましてや化け蜘蛛達もセットと来ている。無策に突入するだけではこちらが返り討ちに遭う可能性が高い。
「そういう事なら……エンゲルス、ヤンセン」
クレンゲルが部下を呼び寄せる。先頭で偵察を担っていた兵士とケヴィンだ。クレンゲルに促されてティナは彼らに父の写真を見せる。
「これが彼女の父君だ。顔は覚えたな? エンゲルスは左側、ヤンセンは右側だ。発見できれば良し。そうでなくとも何か怪しい物を見つけたら戻ってこい。勿論あの化け物共以外でだ」
隊長からの指示に頷いた二人の兵士は狙撃銃……いわゆるスナイパーライフルを構えるとそれぞれの方角に散っていった。
「あの二人は狙撃手だったのか」
それを見送ったイサークの呟きにベルナルドが頷いた。
「そうだ。あの化け物共との遭遇戦じゃ使う機会が無かったがな。特にケヴィンは二キロ先の標的にも命中させられる凄腕だ」
「……! へぇ……」
素人のティナでも二キロという数字が凄い事は解る。純朴で女性慣れしていない(失礼ではあるが)可愛い青年というイメージを抱いていただけに、その意外な特技に驚きを隠せなかった。
どうやら狙撃銃のスコープを利用して偵察するようだ。その間に待機している部隊は戦闘に備えて銃や弾薬などをチェックしていた。
時間にして二十分経ったかどうかくらいだろうか。偵察兵の二人が戻ってきた。エンゲルスの方は特に怪しいものは発見できなかったらしい。だがケヴィンは……
「……集落の奥にコンクリートで作られた建物がありました。小さな窓が付いていたんですが、チラッとですがその窓からあの写真の男性とよく似た人物の顔が何度か見えました」
「……っ!」
ティナが息を呑んだ。父が間違いなく生きていてこの先にいるのだ。動悸が激しくなるティナの肩に、イサークが手を置いて落ち着かせてくれる。
「よし、ではその建物を目標に、集落に奇襲を仕掛ける。そしてコンラッド氏を確保したら素早く撤収するのだ。ゲリラ共を全滅させる必要はない」
クレンゲルが作戦を指示する。ゲリラとまともに戦おうとすると最悪あの化け蜘蛛達とも戦う羽目になる可能性が高い。化け蜘蛛には『成体』も何匹か混じっている事を考えるとリスクが大きすぎる。
奇襲部隊には隊長のクレンゲルの他、ベルナルドやケヴィンを始めとした分隊のメンバーと、イサークが志願して加わる事になった。これまでの戦闘でイサークの腕はクレンゲル達も認める所であり、特に反対意見なく許可された。
ティナ自身は勿論軍事行動に加わる事は出来ない為この場で待機だ。ライアンと、分隊からアシュビー特技兵が彼女の護衛として一緒に残る事になった。
「イサーク……気を付けて。それと……父をお願い」
「そんな顔するな。俺達に任せとけ。必ずあんたの親父さんをここに連れてきてやるよ」
「……ありがとう、イサーク」
彼女は万感を込めてそれだけを呟いた。イサークは心配するなという意を込めて彼女の頭を撫でた。ティナは目を瞑って撫でられるに任せていた。
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