第22話 真の脅威

 被害がない事を確認した隊長のクレンゲルも走り寄ってくる。


「よし、君達も無事なようだな。よくやった。では準備が出来次第、移動を再開……」


 彼がそこまで言った時だった。凄まじい悲鳴……いや、絶叫がその場に響き渡った。その場にいた全員が反射的にその方角に振り返った。そして一様に目を見開いて絶句した。 


 兵士の一人が何か巨大な物に後ろから胴体を刺し貫かれて痙攣していた。彼の口からも大量の血液がこぼれ出す。その光景もさる事ながら……全員が驚愕したのは、その兵士を刺し貫いている『生物』にあった。 


 それは一言で言うなら、やはり『巨大蜘蛛』であった。だが、違う。


 今までの子蜘蛛達はどれだけ大きくても体長が六フィート(約2メートル)程度であった。いや、蜘蛛のフォルムを持つ生物の体長としては六フィートでも充分異常な巨大さなのだが、今目の前で兵士を殺した生物は優に十フィート以上……つまりは子蜘蛛の倍ほどの体長を持つ、更に馬鹿げた巨体の怪物であった。体高や歩脚の太さも倍ほどはあり、その脚の先に生えた凶悪な鉤爪で刺し貫いた兵士を軽々と掲げていた。


 体表もよりタランチュラの特徴が出た、体毛がびっしりと生えた姿であり、その大顎は人間の胴体を挟み込んで両断してしまえる程の凶悪なサイズとなっていた。他にも身体のあちこちから棘のような物体が突き出て、より凶悪そうなフォルムへと変わっている。



「ば、馬鹿な……何だ、こいつは!?」

「ゴードン! ゴードォォォォンッ!! 畜生がっ!」


 クレンゲルが呻くのと、ベルナルドが化け物に刺し貫かれた兵士の名を叫んで悪態をつくのが重なった。


 大蜘蛛はゴードンの死体を無残に放り捨てると、他の兵士達にも牙を剥いて襲いかかった。


「……っ! 散開だ! 散開して応戦しろ!」


 クレンゲルが大声で兵士達に指示しつつ、自らも再びライフルを構えて大蜘蛛に向かっていく。勿論ベルナルドも既に動き出していて、率先して大蜘蛛にサブマシンガンの銃雨を浴びせる。


 だが子蜘蛛相手には効果のあったライフルの掃射もこの化け物には効かないらしい。殆ど怯む様子もなく唸りを上げて迫ってきた怪物は、歩脚を振り上げて手近にいる兵士の頭に振り下ろした。


 その兵士の頭が熟したトマトのように潰れて、血や脳漿が飛び散る。グロテスクな光景もさる事ながら、言葉も交わした顔見知りの兵士が無残に死ぬ姿にティナが青ざめて悲鳴を上げる。



「くそ! 包囲しろ! 腹部を狙えっ! バンデラスはランチャーだ!」


 クレンゲルが声を枯らして叫ぶ。隊長の指示に従って兵士達が大蜘蛛を包囲するように展開する。その隙にベルナルドはガントラックに走り、そこからグレネードランチャーを掴み上げる。  


 大蜘蛛はその巨体からは考えられないような挙動で、兵士達に包囲されないように動き回る。信じがたい事だが、自分の弱点を知っていてそれを庇うような戦術的な動きだ。


 歩脚を振り回す大蜘蛛に対して回り込む事が出来ずに兵士達が攻めあぐねる。そこにベルナルドがグレネードランチャーを大蜘蛛に向けて構えた。


「お前ら、下がってろ!」


 兵士達に警告し、次の瞬間にはその筒口から榴弾が発射されていた。大蜘蛛の周囲で次々と爆発が起きる。中には大蜘蛛に直接着弾している物もあった。


 ――ギギィッ!!


 怪物が流石に苦痛の呻きのような物を漏らす。しかし脅威的な事にそれでも大蜘蛛は死んでいなかった。傷は負わせられたようだがそれだけだ。


 だが傷を負わされた事よって大蜘蛛は怒り狂い、或いは単純にベルナルドを脅威と認識したのか、彼に向かって一直線に突進してきた。


「ち……!」


 ベルナルドが舌打ちして素早くガントラックから飛び降りる。その直後に大蜘蛛がトラックに飛びついた。そしてそのまま逃げるベルナルドを追いかける。


 因みにこの間クレンゲルや他の兵士は何をしているかというと、まるで大蜘蛛の取り巻きのように新たに子蜘蛛が何匹か出現し、そちらの対処に追われていた。



「ち、あの化け物、厄介だな。ちょっと出てくる。ここを動くんじゃないぞ」

「わ、解ったわ。気を付けて」


 イサークがリボルバーを手に、ベルナルドを追いかける大蜘蛛に向かっていった。ティナに出来る事はただ彼の無事を祈って見守る事だけだ。


「おい! もう少しだけそいつを引きつけとけ!」

「……!」


 イサークが怒鳴るとベルナルドは返事の代わりに走る速度を更に上げた。イサークは彼とすれ違いながら自分から大蜘蛛に突進する。見ていたティナが思わず悲鳴を上げる。


 大蜘蛛が自分から近付いてくる馬鹿な獲物に歩脚を振り下ろす。だがイサークは大胆に前方に身を投げだしてそれを躱す。そしてすれ違うようにして大蜘蛛の後ろに回り込むと、前転しつつ素早く立ち上がった。


 大蜘蛛は方向転換が間に合わずまだ彼に腹部を晒していた。リボルバーが火を吹く。大口径のマグナム弾が大蜘蛛の腹部に銃創を穿った。


 だが子蜘蛛なら一撃で倒せた銃撃に、大蜘蛛はダメージは受けたものの死んでおらず、怒り狂って滅茶苦茶に歩脚を振り回した。流石のイサークも攻撃する隙がなく、距離を取って後退するしかない。大蜘蛛は彼を追い詰めようとするが……


「おらぁっ!!」


 ベルナルドがサブマシンガンを連射する。その横ではケヴィンもライフルを撃ち込んでいる。大蜘蛛はイサークにターゲットを変更する事で、今度は彼らに対して背中を晒したのだ。


 大蜘蛛は苦痛から叫び声を上げつつ再び方向転換しようとする。だがそうなると今度はイサークに対して背中を見せる事になり……


 再びリボルバーが火を吹いた。既にかなりのダメージを負っていた大蜘蛛は今度こそ耐えきれずに、奇怪な断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちた。



「……や、やったか?」


 ベルナルドが銃を構えたまま恐る恐る潰れた大蜘蛛に近付く。そして歩脚をつま先で小突く。大蜘蛛は何の反応もせずピクリとも動かない。完全に死んだようだ。


「ふぅ……とんだ化け物だったな。流石に肝を冷やしたぜ」


 イサークも緊張を解いて銃を下ろす。その頃には子蜘蛛達を殲滅し終わっていたクレンゲルらも駆け付けてきた。


「おい、大丈夫か!? 他に被害はないか!?」


「こっちは大丈夫ですよ、隊長。しかし……ゴードンとドムが殺られました。ドムは脚を怪我していたから、こいつの攻撃から逃げられなかったんですよ……!」


 ベルナルドが憤懣やる方ない様子で大蜘蛛の死体を蹴りつけた。彼等は戦死した二人のタグを回収し黙祷を捧げる。


「……この化け物共に既に四人が殺された。これはもう君達だけの問題ではない。彼等の死を無駄にしない為にも、何としてもこの件を解決する。君の父上が解決策を握っている事を心の底から願っているよ」


「…………」


 クレンゲルの何かの感情を押し殺したような低い声音に、ティナは何も言えずに押し黙るしかなかった。



「しかしこいつ、一体何者だ? 今までの蜘蛛共とは明らかに違うな。大きさも、そして強さも」


 イサークが疑問を呈するが、ティナには既にその答えが解っていた。



「こいつは恐らく……『成体』よ」



「……!」

 聞いていた全員が何とはなしに息を呑む。


「おいおい……じゃあ今までの奴等が幼体って話は本当だったのかよ!? 成体だって? こんな奴が後何匹くらいいるってんだ!?」


 ベルナルドが鼻白んだ。全員がティナの答えに注目する。だが彼女は難しい顔でかぶりを振った。


「それは……解らないわ。恐らく大元の母体となった『女王』とでも言うべき生物が存在するはずだけど、そこからどのくらいの『子供』が生まれたのか……判断材料が少なすぎるわ」


「……タランチュラは通常、一度に一千匹近くの子供を生むはずですが……?」


 ライアンが遠慮がちに意見を述べる。彼が挙げた数に聞いていた全員がギョッとした。だがティナは首を縦には振らなかった。


「流石にそれが全てこの大蜘蛛になっていれば、もっと頻繁に遭遇していたはずよ。お互いに食い合ったか、或いは他の何らかの要因か、とにかくそこまでの数はいないはずだわ。でも決して無視できる数でもない……」


 ティナは、そしてイサークもライアンも兵士達も、皆が南の空を見上げた。



 その後一行は、準備を整えると移動を再開した。ビウディタ。そこに全ての答えがあるはずだ。旅の『終点』は着実に近付いていた……

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