第21話 害虫駆除

 クレンゲル分隊と合流したメリットを実感する機会は思いの外早くやってきた。


 翌朝簡単な朝食とトイレを済ませてから(ティナのエチケット時に何人かの兵士が覗こうとしてイサークに牽制され、クレンゲルから叱責されるという事案が発生)移動を再開した一行だが、一時間ほど進んだ所で目を細めたイサークがジープを停車させる。ほぼ同時に分隊のハンヴィーとトラックも停止する。


「イサーク? どうしたの?」


「……何かうなじの辺りがザワザワしやがる。居るな」


「え……?」

 ティナが戸惑う間にもイサークはあの大きなリボルバーを抜いて構える。


「あんたは絶対にこのジープから出るなよ? 坊主、彼女は頼んだぞ」

「……ああ」


 ここに至ってただ事ではないと察したライアンが、しかしやや昏い声と目線でそれに答えて銃を抜いた。兵士達もクレンゲルが鋭い声で何かを指示して、それに合わせてライフルや機関銃などを構えている。ベルナルドは榴弾を発射するいわゆるグレネードランチャーを持ち出して構えていた。



「…………」


 一瞬の静寂がもたらされ……その直後に奇怪な叫び声と足音がそれを破った!  


「……!」


 ジャングルの木々の向こうから優に十体以上もの化け蜘蛛――子蜘蛛が次々と飛び出してきた。奴等は素早い動きで兵士達に群がるが、何体かはこちらのジープに向かってくる。


「そこから動くなよ!」

「イサーク!?」


 ティナが何か言う前にイサークがジープから飛び出して、こちらに迫ってくる化け蜘蛛に自分から向かっていった。ティナは思わず悲鳴を上げる。


 自分から向かってきた愚かな獲物に子蜘蛛が飛び掛かる。しかしイサークはその軌道を読んで、逆に前に飛び込む形で子蜘蛛の攻撃を躱した。そして前転しつつ素早く体勢を整えて銃を向ける。


 子蜘蛛の方はまだ方向転換を終えておらず、イサークに対して無防備に弱点の腹部を晒していた。そこ目掛けてイサークのリボルバーが火を吹く。


「ギギィッ!!」


 強烈なマグナム弾を弱点に受けた子蜘蛛が苦悶の呻きと共に、体液を撒き散らして潰れる。そこに別の子蜘蛛が牙を剥いて来るが、イサークは素早く迂回しながら子蜘蛛の背後に回り込む。子蜘蛛はその動きに付いていけずに、やはりイサークに背中を晒す。


 あの廃村でもそうだったが、基本的に化け蜘蛛達は方向転換にやや難があるようで、イサークはその弱点を見抜いていたらしい。再びリボルバーが火を吹いて子蜘蛛が沈む。これで二匹だ。


「す、すごい……」


 瞬く間に二匹の子蜘蛛を倒してしまったイサークの姿にティナは思わず感嘆の声を上げる。一方ライアンは相変わらず暗い瞳でイサークの活躍を見ている。と、そこに別の子蜘蛛が一匹、イサークではなくこちらに向かってきた。


「きゃあ!? ラ、ライアン……!」

「くそ、こいつ! 来るなっ!」


 ライアンが悪態を付きながら子蜘蛛に向かって発砲する。だが只でさえ正面からの攻撃には強い化け蜘蛛に、ましてや普通の拳銃では多少怯ませるのが関の山だ。子蜘蛛は被弾しながらも容赦なくジープに迫ってくる。かなりの移動速度でティナ達が逃げる間もない。


 思わず硬直するティナだが、その時迫る子蜘蛛に突如ライフルの銃撃が浴びせられる。拳銃とは比較にならない威力の掃射に子蜘蛛が大きく怯んだ。


「ミセス・トラヴァーズ! 大丈夫ですか!?」

「ケヴィン!?」


 それは分隊兵の1人、上等兵のケヴィンであった。ジープのバンパーの上に飛び乗って、そこから至近距離でカービンの銃撃を浴びせている。その隙にイサークが戻ってきて、その子蜘蛛の腹部を撃ち抜いて止めを刺した。



「ふう! 俺とした事が敵を撃ち漏らすとは失態だったな。助かったぜ、あー……ナントカ上等兵さんよ」


 イサークが礼を言うが、名前を覚えていない様子の彼にケヴィンが鼻白んだ。


「……ヤンセン上等兵です。とりあえずあなたが無事で良かった、ミセス・トラヴァーズ」


「あ、ありがとう、ケヴィン……。あ、ケヴィンって呼んじゃって良かったのかしら?」


「……っ! は、はい、勿論です!」


 ケヴィンがこんな時ながら顔を赤らめて激しく頷いた。ティナは彼のお尻に犬の尻尾が付いていて、それが高速で振れている様を幻視してしまった。



 ケヴィンの助けもあってこちら側にやってきた子蜘蛛は殲滅できた。クレンゲル達の方はどうだろうと見やると、あちらも問題なさそうだ。やはり前回と違って準備して待ち構えていられたのが大きいのだろう。


 ベルナルドがグレネードランチャーから次々と榴弾を撃ち出して、それが着弾する度に爆発と共に子蜘蛛が吹っ飛ぶ。そして敵の群れが乱れた所にクレンゲルの指揮で、残りの兵士達がライフルや機関銃を掃射していく。グレネードでひっくり返った子蜘蛛は例外なく腹部を銃撃され死んでいった。


 しかしそれでも倒しきれなかった子蜘蛛が兵士達に肉薄する。するとベルナルドがそれまで撃っていたグレネードランチャーを放り投げて、代わりにライフル……ではなく短機関銃、いわゆるサブマシンガンを両手に一丁ずつ構えて乱射を始めた。


 反動が凄まじいはずだが、ベルナルドは見た目通りの膂力でサブマシンガンの二丁銃を制御して、次々と子蜘蛛を撃ち殺していく。勿論他の兵士達も銃撃を継続している。クレンゲルもショットガンを装着したライフルを使って効率的に敵を倒している。


「あれなら心配なさそうだな。ま、何だかんだ言ってやはり軍隊は強いな」


 イサークの言う通り、それから程なくして襲ってきた全ての子蜘蛛の群れを殲滅する事が出来ていた。こちらの損害は弾薬の消費以外はゼロだ。


 確かに頼りになる。もしこれが自分達三人だけだったら、この数に襲われたら一溜りもなかったであろう。やはり彼等を味方に付けたのは英断であった。ティナは自分で自分を褒めたくなった。



 敵の殲滅を確認してからベルナルドが近付いてきた。


「よぉ……そっちも切り抜けたようだな。ケヴィンの奴が血相変えてこっちを抜けて飛び出していくから一瞬焦ったがな」


「す、済みません、副隊長。でも、ミセス・トラヴァーズが……」


 ケヴィンが恐縮したように謝罪すると、ベルナルドは気にするなという風にひらひらと手を振った。


「ああ、いいって事だ。彼女の保護は最優先任務だからな。むしろお前はよくやってくれたよ」


 ケヴィンを労ったベルナルドは続けてイサークに視線を向ける。


「いくら五十口径とはいえ、リボルバー一丁でよくやるモンだ。どうやら言うだけの事はあるみてぇだな」


「そりゃどうも。おたくもサブマシンガン二丁銃とは恐れ入ったよ。見た目通りの大した馬鹿力だ」


 互いに人の悪い笑顔でニヤリと笑い合う。平時ではティナを巡って諍い合う二人だが、戦いとなれば相手の実力を認めるのも吝かではないらしい。

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