第19話 アメリカ南方軍クレンゲル分隊


「被害状況を確認、報告しろ!」


 もう敵が襲ってこない事を確認すると、黒人の隊長が部下達に怒鳴る。彼は英語を喋っていた。イサークの言う通りベネズエラ国軍ではないようだ。隊長の指示に従って兵士達が慌ただしく動いている。


 イサークが合図したので、ティナとライアンも隠れていた場所から立ち上がって彼と合流した。それと同時に黒人の隊長もこちらに近寄ってきた。その顔には若干の不審と警戒が滲んでいる。


「……助力には感謝する。私はアメリカ南方軍の分隊長、カール・クレンゲル。階級は軍曹だ。見た所この国の人間ではないようだが、まず君達の身分を明かしてもらえないか?」


 イサークより細身だがその分上背が高く、かなり威圧感のある風貌だ。だがある意味では軍人らしいと言えるのか。しかしアメリカ軍と聞いて若干安心したのは事実だ。


「あー……私はヴァレンティナ・トラヴァーズ。カンザス州立大学の生物学部の助教よ。こっちは助手のライアン・マクマホン。彼は……」


「イサーク・デュランだ。まあ、フリーランスの傭兵のような物だと思ってくれ。彼女にガイド兼護衛として雇われてる」


 とりあえず自己紹介と握手を交わす。隊長――クレンゲルは、興味深そうな視線でこちらを見やってくる。



「君達もアメリカ人だったのか。それで……ここは既にジャングルの奥深くと言って差し支えない場所だが、そんな所に何故君のような女性がいる? 傭兵を雇ってまでこんな所に何の用が? 研究の為のフィールドワークにしては些かハードだとは思うが?」


「……行方不明になった父を探しているの。父がこのジャングルを根城にしているゲリラに囚われていると解って、救出の為に手がかりを辿ってここまで来たのよ」


 ここは正直に話しても問題ないだろうと判断し、事情を打ち明ける。するとクレンゲルが僅かに目を瞠った。


「何と、ゲリラに家族が……? だが、それにしてもよくこんな危険な場所まで……。ましてやあんな得体の知れない化け物までいるというのに。そう言えば君達はあの化け物にそれほど驚いている様子がないな? 先程の彼の指示も随分的確だった」


 クレンゲルはそう言ってイサークの方に視線を向ける。彼は肩を竦めた。


「別にそう複雑な話じゃないさ。俺達も昨日あの化け物に遭遇したんでね。尤も運良く一匹だけの奴だったが。対処法はその時に発見したのさ」


「ふむ……」

 クレンゲルが思案する様子になる。今度は逆にイサークが彼に質問する。


「さて、こっちは質問に答えたんだから、今度はそっちの番だな。アメリカ南方軍がこんな所で何をしている? ここは検問所からも大分離れてるし、ただの巡回にしちゃちょっと羽を伸ばし過ぎだろ」


「ふむ、まあ、答えても構わんか。実はここ半年ほどの間でジャングル内に点在する小規模な集落からの連絡が途絶える事件が相次いでいてな。いざ集落に行ってみると、人っ子一人残っていない無人の廃墟が出迎えるばかりだ。プエルトリコの本部ではこれは何かあると睨んだのだが、ご存知のように今この国の軍も警察も、国民やお互い同士を牽制するのに忙しくて、ジャングルで起きている事象などほぼ放置されているのが現状だ」


「……なるほど。それであんたらがその調査に出張る羽目になったって訳か」


「そうだ。原因を突き止めろと命令されていて、それで痕跡を辿って調査中にこの化け物の群れに襲われたという次第だ」


 説明されれば、なるほどと納得できる理由ではあった。ティナはジャングル内の集落の集団行方不明事件にはあの化け蜘蛛達が関わっているのではないかと睨んだ。



 その時、被害状況の確認を終えた部下の兵士の一人が走り寄ってきた。


「隊長、二名やられました。ガエルとサントスの二人です。後、ドムが脚をやられました」


「……! そうか……。ガエルとサントスのタグは回収したか? ……よし。二人の死に黙祷を捧げる」


 クレンゲルがそう言うと、他の兵士達も皆沈痛な表情で戦死者に祈りを捧げた。ティナ達もそれに倣っておく。やがてクレンゲルが目を開けた。


「……失踪事件の原因は明らかだ。サンプルとして死骸の一つを回収して撤収するぞ。君達もこれ以上は危険だ。一旦国に帰った方がいい」


 クレンゲルはそう言ってティナ達にも警告するが、当然ここまで来て退く気などない。いや、それどころか……。ティナは一歩前に進み出た。



「ただ怪物の死体を持ち帰ってそれで終わり? それだけじゃ何の解決にもなっていないわよ」



「せ、先生……?」


 ティナが急に何を言い出すのかと、ライアンが訝しげな表情になる。クレンゲルもまた胡乱げな目を向けてきた。


「解決になっていないだと? 何を言っている。現に怪物の群れは殲滅できた。もう失踪事件は解決したんだ。後は証拠を持ち帰ればそれで調査は終了だ」


 クレンゲルはそう確信しているようだ。ティナはかぶりを振った。彼等は事件の背景を何も知らないのだからそう思うのは当然かも知れない。だが……


「こいつらは恐らく……ほんの一部よ。しかも昨日の奴もこいつらも、まだ生まれてから一月か長くても二月程度しか経っていない、ほんの幼体なのよ。失踪は半年前から起きていたと言ったわね? 間違いなくもっと成長した、より強力な個体も存在しているはずだわ」


「……!?」

 クレンゲルが目を剥いた。だがそれが昨日の『解剖』から得られたティナの結論であった。ライアンも青い顔で肯定している。


「おい、昨日はそんな事一言も言ってなかっただろ?」


「あの一体だけじゃまだ確信がなかったからよ。でもこの群れを見て自分の見立てが正しかったと解ったのよ」


 イサークの問い掛けに答えながらも、視線はクレンゲルから外さない。



「大元の原因を絶たなければ無意味よ。そして私達は……私はその『原因』を知っている」


「君は一体何者だ? なぜそんな事を知っている?」


 クレンゲルの疑問は当然だ。いつしか他の兵士達もこちらのやり取りに注目していた。ティナは一呼吸置いてから彼等に事情を打ち明けた。


「……この化け物を作ったのは、恐らく私の父よ」


「君の父親? ゲリラに囚われているという?」



「ええ。父のコンラッドも生物学者で、しかも専攻は……クモ学だった」



「……!」


「父は何らかの極秘の研究の為に、研究場所の提供と協力を条件に、その『研究成果』をゲリラに供出する契約を結んでいた。そして私達が昨日発見した廃村には父の研究室があったわ。これが父の求めていた物だったのか、それとも何かの要因で失敗して暴走した結果なのか……そこまでは分からないけど、父が鍵を握っているのは間違いないわ」


「…………」

 クレンゲルが考え込むような姿勢になった。そんな彼に、ティナの意図を察してくれたらしいイサークが呆れたように苦笑しながらも口添えしてくれる。


「全く、本当に行動力に溢れてる女だな、アンタは。……俺達は元々ゲリラの拠点を探し出して、彼女の父親を救出するつもりだった。だがゲリラだけでも厄介なのに、ましてやこんな剣呑な化け物がウジャウジャ居るかも知れんとなると俺達三人だけじゃ手に余る。そこであんたらにもご助力を願いたいって彼女は言ってる訳だ」


「……! ぬぅ……しかし……本当に彼女の父親がこの化け物共を何とか出来るのか?」


「勿論確約はできない。あくまでそれが最もこの事態を解決できる可能性が高いってだけだ」


「…………」


 クレンゲルは決断を迷っている様子だ。このまま化け蜘蛛の死体を持ち帰るだけでも、一応『調査任務』を果たした事にはなる。だがその大元の原因がこの先にあると解っていながらそれを放置するという事にもなるのだ。


「少なくともこの先にはゲリラがいる事は解っている。国家やあんた達に仇なす危険な犯罪者集団の根城があるんだぜ? それを解ってて見過ごすのか?」


「……!」

 イサークの煽りにクレンゲルの眉が動く。もうひと押しだ。ティナが更に言い募る。


「例えあなた達がこのまま帰るとしても私はこの先に進むわ。私達はれっきとしたアメリカ国民よ。軍が国民を見捨てると言うの?」


「……っ! ああ、解った解った! 君達の勝ちだ! 君の父上を助けてこの騒動を解決できるというなら我々も力を貸そう。確かに民間人を放って自分達だけ撤収する訳にも行かんからな」


 クレンゲルは降参したという風に両手を上げた。ティナは内心で喝采を上げる。イサークも言っていたが、ゲリラだけでなく化け蜘蛛の事も考えると、ここで彼等南方軍の兵士達に出会えた事は僥倖と言えた。




 クレンゲルは成り行きを見守っていた部下達を振り返る。


「そういう訳だ。これから事件解決の為にこの人達を護衛して、彼女の父親救出に協力する事になった。異論がある者は今ここで申し出ろ」


「まあ……一応装備も物資も豊富に準備はしてありますから、こちらは大丈夫ですが……」


 物資担当と思われる眼鏡を掛けた白人の兵士が消極的に同意を示す。するとその肩に別の大柄な兵士が腕を掛ける。



「なんだ、ノリが悪いぜ、アシュビー! こんな美人さんの護衛が出来るなんて兵士冥利に尽きるだろ!」


 そのヒスパニック系の見た目通りに豪快な性格のようだ。筋肉質な二の腕を剥き出しにしており、肩にセクシーな女性を模ったタトゥーが彫られている。


「俺はこの分隊の副隊長のベルナルド・バンデラス伍長だ。B.Bと呼んでくれ。宜しくな、お嬢ちゃん」


 ヒスパニックの兵士――ベルナルドが、ティナに興味津々といった様子で近付いて手を差し出してくる。するとティナが何か反応する前に、それを遮るようにイサークが割り込んだ。


「おい、馴れ馴れしく彼女に触るな」


「あん? 何だ、お前……。俺はそのお嬢ちゃんに話してんだよ。何の権利があって邪魔するんだ?」


 同じくらいの体格の屈強な大男二人が、いきなり険悪な雰囲気で睨み合う。思わぬ状況にティナは息を呑んだ。


「俺は彼女の護衛も兼ねてると言ったはずだが? 彼女を『危険』から守る義務があるんでね」


「義務だぁ? 白々しい言い訳はよせよ。お前、そのお嬢ちゃんに惚れてんだろ? 好意を素直に出せねぇムッツリスケベ野郎が」


「……!」

 あからさまな挑発にイサークの目が吊り上がる。一触即発の空気が流れ、思わずティナが制止の声を上げようとすると……


「いい加減にしろ、バンデラス! 彼等は護衛対象の民間人だぞ! いつも言ってるが、最低限の節度は守れ!」


「……!」

 上官であるクレンゲルの一喝にベルナルドも沈黙し、不承不承といった感じに舌打ちして引き下がる。どうやら彼は副隊長であると同時に部隊のトラブルメーカーでもあるようだ。



「……俺も異存はありませんよ。ガエルとサントスが殺られてるんです。原因を突き止めて仇を討ってやりたいですからね」


 静かな声でそう発言したのは、最初にクレンゲルに被害状況を報告してきた兵士だ。まだ若い白人の兵士でライアンと同年代くらいに見える。


「……ケヴィン・ヤンセン上等兵です。宜しくお願いします、ミス・トラヴァーズ」


 ティナの視線に気づいた若い兵士――ケヴィンが挨拶してくる。若干顔を赤らめてすぐに目を逸らしてしまう。この若さで地方軍の兵士をやっているくらいなので、余り女性と話した経験がないのかも知れない。



 他の兵士達も消極的か積極的かの違いはあるが、概ね賛成してくれて自己紹介を済ませた。因みにあの眼鏡の兵士はアシュビー特技兵というらしい。


 ただしどの兵士も賛成した理由はティナと別れ難かったからというのが大きいようで、ベルナルドほどあからさまではないものの、クレンゲルを除くほぼ全員の兵士が彼女の顔や髪、シャツを盛り上げる双丘、ショートパンツから剥き出された太ももなどにチラチラと視線を向けていた。


 イサークとライアンもその事に気づいて、ライアンはハラハラした様子になり、イサークは面倒事が増えたとばかりに顔をしかめて舌打ちしていた。


「……全く嘆かわしい体たらくだが、軍隊というのは女性に縁がない者も多くてな。こんな場所で唐突に君のような美人に出会ったので少々刺激が強かったようだ。悪気はないので大目に見てやって欲しい。奴等に不埒な真似はさせんので安心してくれ」


 部下達の様子に嘆息しながらクレンゲルがそう請け負ってくれた。その言葉に安心するティナだが、イサークはそれでも尚警戒するような視線を特にベルナルドに投げ掛けていた。



 こうしてやや不穏な要素を孕みつつもアメリカ南方軍のクレンゲル分隊を味方に付けて戦力を増強したティナ達は、一路ゲリラの本拠があると思われるビウディタ目指して進路を取るのであった。

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