第18話 遭遇戦闘

 翌日。ビウディタに向けて移動を開始した一行。イサークによると目的地のビウディタまでこのジープの移動速度で丸一日以上は掛かるとの事だった。ティナも多少はジャングルの移動に慣れてきたので、文句も言わずに延々とジープに揺られ続ける。しかしいつまたあの化け蜘蛛に遭遇するか解らないので常に緊張し続けていなければならず、精神的な疲労を強いられた。


 しかしそうして半日ほど移動した時……


「……!」

 イサークが突然表情を厳しくしてジープを止めた。突然とはいっても、ティナにもライアンにも彼が車を止めた理由は明らかなので敢えて聞くような無駄はしなかった。


「イサーク、これは……!?」



「ああ……銃声だな。それも複数の」



「……!」


 ジャングルの木々の向こう。視界が阻まれてまだ視認できないが、明らかにライフルなどの銃火器と思われる連続した発砲音が響いてきたのだ。それもイサークの言うように明らかに一丁のライフルから放たれている銃撃音だけではなさそうだ。


 このジャングルの只中で銃火器を持った武装集団など限られている。


「ゲ、ゲリラでしょうか?」


 ライアンが不安そうに呟きながら、自らの銃を取り出していた。イサークが顎に手を当てた。


「かもな。だが……ゲリラだとして、一体何と戦ってるんだ?」


 銃火器で武装した集団がこのように戦闘を行う相手など限られている。少なくともジャングルの野生動物相手ではあり得ない。だが……ティナ達はつい昨日、そんな常識を覆す存在に遭遇したばかりだ。


「出来れば迂回したい所だが……生憎そんな贅沢ができるような道が存在していないな」


 この戦闘の規模によっては相当の迂回をしなければならなくなるが、当然そんな都合の良い迂回路は存在しておらず、下手をすると密林に迷い込んで遭難する恐れもあった。



「……このまま進んで、遠巻きに様子を窺ってみましょう。何が起きてるのか把握しておきたいし」


 ティナは決断した。ジープから降りて慎重に近付いていけば上手いこと偵察できるのではないか。そう思ったのだ。イサークも異論はないようで肩を竦めた。


「ま、それしかないな。どうする? 俺だけ先行して偵察してきてもいいが……」


「勿論私も行くわ。どのみちここにいたってあの怪物に襲われる危険はあるんだし」


 ティナが即答するとイサークは苦笑したようだった。どうやら彼女が何と答えるか予測が付いていたらしい。


「せ、先生が行くなら、勿論僕も行きますよ?」


 ライアンも一人で残されるのは不安らしく付いてくる事を選択した。三人でジープを降りて身を屈めながら、戦闘音のする方向に向かって進んでいく。幸いジャングルなので身を隠す草陰には事欠かない。



 それでもイサークを先頭に慎重に進んでいくと、やがて若干木々の間隔が開けたスペースが見えてきた。そこでは……


「これは……ゲリラ、ではない!?」

「……みたいだな」


 そこでライフルを撃ちまくっているのは、モスグリーンの戦闘服や迷彩服に身を包んだ、軍隊と思しき十人程の集団であった。明らかにゲリラではない。軍用車両に身を隠しながら盛んに銃撃を行っている。


「だがベネズエラ軍じゃないな。あの武装は、もしかして……」


「そ、それより、見て下さい! 彼等が戦っているのはやっぱり……!」


 その兵士達の正体を類推するイサークだが、ライアンの焦ったような声がその思考を遮る。彼が指差す先、森の木々をすり抜けるようにして兵士達に迫ってきているのは……


「……!!」

 ティナはその光景に息を呑んだ。昨日あの廃村で戦った化け蜘蛛。体長が優に六フィートを超える、生物学と物理学の常識を無視した超常生物。あの化け物が……何十匹と群れを成して押し寄せてきているのだ!


 それは悪夢以外の何物でもなかった。兵士達のライフルの銃撃で何匹かは死んだようでその死骸が転がっていたが、それに倍する数の化け蜘蛛が次から次へと押し寄せる。


 一匹でもあれだけ厄介な怪物なのだ。軍用アサルトライフルの掃射には流石の化け蜘蛛も耐えきれなかったらしく、奇怪な叫びを上げながら身悶えしてひっくり返る。だがその仲間の死体を乗り越えるようにしてどんどん怪物達が迫ってくる。


 軍用車両に取り付けられた銃座では大柄な兵士が機関銃を撃ちまくっているが、化け蜘蛛の耐久力はかなりの物で、アサルトライフルや機関銃の掃射にもある程度は耐えられるらしく、兵士達が処理するスピードより化け蜘蛛の進軍速度の方が早い。このままでは間違いなく彼等は化け蜘蛛の群れに蹂躙される。


 とその時、兵士の何人かがボール状の何かを蜘蛛の群れに向かって放り投げた。それは地面に着くと爆発して、巻き込まれた化け蜘蛛が歩脚ごと吹っ飛んだ。グレネードの類いのようだ。他の兵士が放ったグレネードでも同様に化け蜘蛛が吹き飛ぶが、全体から見れば僅かな数であり、蜘蛛の群れは容赦なく迫ってくる。


「――! ――っ!!」


 この部隊の指揮官と思われる、兵士達の中央で指揮を執りながら戦っていた大柄な黒人の士官がライフルを置いて、何か巨大な武器を肩に担ぎ上げた。長い筒状の機体の先に円錐状の砲弾が取り付けられている。素人のティナにもそれが何なのかは見分けがついた。


「伏せろ、ロケットランチャーだ……!」


 イサークに頭を上から押し込まれて強制的に伏せさせられる。同時に黒人の隊長が蜘蛛の群れ目掛けてミサイルを発射した。


 真っ直ぐに飛んだミサイルは蜘蛛の群れの中央辺りに着弾して、その直後凄まじい爆発が発生した。耳を聾するような爆音と共に、衝撃の波が離れた場所にいるこちらにまで届いた程だ。イサークが咄嗟に伏せさせてくれて助かったとティナは思った。でなければ衝撃に押されて転倒していたかも知れない。


「おぉ……!」

 頭を上げたライアンが感嘆の声を漏らしている。ロケットランチャーの威力は凄まじく、群れの中心に直撃した事もあって、大半の化け物を吹き飛ばす事に成功していた。まだ化け蜘蛛は残っているが、あれくらいの数なら兵士達で充分殲滅できるだろう。



 そう思ったティナ達がホッと息を吐きかけた時、イサークが何かの気配を感じたらしくその視線を上に向けた。


「あ……! あれを見ろ……!」

「……っ!」


 彼が指差す先を視線で追ったティナは再び目を瞠った。ジャングルを覆い陽の光を遮る高い木々。そこにも何匹かの化け蜘蛛がいたのだ。地上だけではなかった。あの廃村でも見せた運動能力と蜘蛛特有の張力を併用させて、木から木へとまるで身軽な猿のような身のこなしで飛び移りながら兵士達に頭上から迫ってきていたのだ。兵士達はあの隊長も含めて誰も気づいていない。


「イサーク……!」

「ち……仕方ねぇな!」


 ティナに請われたイサークは舌打ちしながらも銃を抜いて、木々の上から迫る化け蜘蛛の群れに発砲した。正確に腹部を狙った射撃に化け蜘蛛の一体が叫び声を上げて落下する。


「……!?」

 それによって隊長や兵士達も上から迫る『別働隊』に気づいたらしい。兵士達が慌てて銃口を上に向ける。だが数は少なくなったとは言え、正面からも敵が迫っているのだ。そちらへの対処も余儀なくされるので弾幕が分散し、遂に化け蜘蛛の接近を許してしまう。


「あ……!」

 ティナが口元を押さえて悲鳴を押し殺す。先頭にいた兵士に化け蜘蛛の一匹が飛び掛かって押し倒してしまう。兵士は必死に暴れるが、化け蜘蛛はそれを抑え込んでその大顎で兵士の喉笛に食らいついた。


 大量の血液が飛び散る。他の兵士が怒号を上げながら仲間を殺した化け蜘蛛に集中砲火を浴びせる。それでその蜘蛛は死んだが、その間に他の化け蜘蛛が接近してきて他の兵士に飛びつく。


 こうなると戦局は一気に傾く。更には木々の上からも化け蜘蛛が降ってきているのだ。このままでは兵士達は全滅する。



「ち……あいつらが全滅すると今度は俺達が危ないな……!」


 イサークは冷静に事態を分析しつつ、持っていた銃を仕舞って反対側の腰に提げていたもう一丁の銃を抜き放つ。黒い銃身だった最初の銃(ベレッタ)と違って、銀色の銃身でリボルバー式のかなり無骨な拳銃である。その銃を見たライアンが目を見開いた。


「そ、それ、まさか、S&Wの五十口径か……!?」


「ほぉ……銃に詳しいな、坊主。そうだ。こいつなら当たりどころによっちゃ、あの化け物を一発で仕留められるはずだ。幸い急所なら既に解ってる。今日は最初からこいつを持参してて正解だったぜ」


 イサークが自信ありげに口の端を吊り上げる。どうやら昨日の体験から、予め強力な銃を持ってきていたらしい。



「あんたはここにいろ。坊主、彼女を頼むぞ」


「あ、ああ……!」


「イサーク、気を付けて……!」


 ライアンが自分の銃を構えながら頷く。ティナは思わずイサークを気遣う言葉を口にする。彼は返事代わりに不敵に笑うと、身を屈めた体勢のまま兵士達と化け蜘蛛が死闘を演じる戦場に近付いていく。


 また一人の兵士に化け蜘蛛が飛びつく。だがその大顎で兵士を噛み切る前に、イサークがリボルバーで狙いをつけて引き金を引いた。


「ギギィッ!」


 化け蜘蛛が腹部を撃ち抜かれて吹き飛んだ。その化け蜘蛛は銃創から大量の体液を撒き散らしながら息絶えた。


「す、凄い! 本当に一発で倒したわ……!」


 ティナが感嘆する間にも、イサークは兵士達に攻撃しようと無防備に彼に対して腹部を晒す化け蜘蛛達を一匹ずつ仕留めていく。そうすると九死に一生を得た兵士達にも余裕が出てくる。彼等は仲間に襲いかかる化け蜘蛛に集中砲火を浴びせていく。


「無駄撃ちするな! 奴等は腹部が弱点だ! 挟撃して攻めろっ!」

「……!」


 イサークが兵士達に大声で警告すると、あの黒人の隊長がいち早くそれに反応して部下達に指示を出す。兵士達はその指示に従って二人一組で挟撃するような形を取って、化け蜘蛛の腹部を重点的に狙う戦法に切り替えた。


 化け蜘蛛の数が大分少なくなっていた事もあって、そこからは効率的に倒す事ができるようになり、イサークの助力もあって数分ほどで全ての化け蜘蛛を殲滅する事に成功した。

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