第11話 意外な接点と手掛かり


「さて……それじゃいよいよ明日にはジャングルへ乗り込む準備が整った訳だが、一応聞いておくが、あんたの親父さんが捕まってるって場所に関して何か手がかりはあるのか?」


 料理に舌鼓を打ってある程度腹が満たされ、酒で程よくアルコールが入った所で、イサークがそんなふうに切り出してきた。ティナは無念そうな表情でかぶりを振った。


「残念ながら無しよ。手がかりと言えるのはあの手紙だけと写真だけ。ゲリラに捕まってるという事しか……」


「写真だと? 何の話だ?」


 イサークが訝しげな表情になる。そう言えば彼に見せたのは手紙だけで写真は見せていなかった事を思い出した。


「父の今の姿が映された写真よ。手紙と一緒に送られてきたの。ええと……どこにあったかしら」


「僕が持ってますよ、先生。どうぞ」


 ティナが慌てて自分のバッグを漁ろうとするのをライアンが制して、スッと写真を差し出してきた。ティナが写真の話をした時点で取り出しておいたらしい。全く良くできた助手である。


「あ、ありがと、ライアン。……これよ。間違いなく父だわ。私には分かるの」


「ちょっと失礼」


 イサークがテーブルの上に置かれた何枚かの写真を手に取った。それらの写真を眺めるイサークだが、何故かその目が大きく見開かれた。


「イサーク?」


「……あんたの名字、確かトラヴァーズっていったよな?」


「え? え、ええ、そうだけど……それが何か?」


 イサークの質問の意図が分からずに戸惑うティナ。だが彼は構わずにティナの顔をじっと見てきた。



「もしかしてだが……親父さんの名前はコンラッドだったりしないよな?」



「……っ!?」

 ティナもライアンも目を剥いた。その反応で察したらしいイサークが顔をしかめた。


「なるほどな……。そもそも何故手紙に俺の名前が出ていたのか不思議だったんだが、これで合点がいったぜ」


「ど、どういう事? 父を知ってるの!?」


 ティナは激しく動揺した。思い返してみれば父は手紙でイサークを指名し、彼が拠点としている酒場の名前まで書いてあったのだ。何らかの接点があると考えた方がむしろ自然だ。イサークが難しい顔で頭を掻いた。


「ああ……まあな。今から三年ほど前になるが、同じ白人であそこまでジャングルの奥まで『案内』した奴はいなかったから今でも覚えている」


「……!」

 父が自らの意思でジャングルへと消えた事を知ってティナは動揺する。そしてその時にイサークは今のティナと同じようにジャングルのガイドを務めたのだ。



「あんたはコンラッド氏が何の為にジャングルへ潜るのか目的を聞いたのか?」


 動揺しているティナに代わってライアンが質問する。イサークは肩を竦めた。


「何やら専門的な話みたいだったから詳しくは聞いていない。こっちは報酬さえ貰えればそれで良かったからな。ただ……何かの研究の為らしいというのは聞いた。画期的なサンプルが手に入ったんだが、それを研究したり実験したりするのに『人里』じゃ問題があるんだとか言ってたな。同業者に自分の研究成果を盗まれる事も異常に警戒してたな」


「…………」


 やはり間違いなく父の事だ。公に出来ない研究や実験。そして研究成果の保護と独占。その為だけに父は過酷な南米のジャングルに分け入ったのだ。


「人里では出来ない研究? 何やら穏やかじゃないな。一体コンラッド氏は何の研究をしていたんだ? 画期的なサンプルとは何の事だ?」


 ティナと同じ疑問を抱いたライアンが再び質問する。だがイサークは今度はかぶりを振った。


「詳しくは聞いてないって言っただろ? どの道俺らみたいな仕事では依頼人の事情を根掘り葉掘り聞いたりはしないもんだ。相手側から勝手にあれこれ喋ってくる場合は別だがね」


 イサークの仕事は恐らく犯罪スレスレの物もあるのだろうと予想は出来た。依頼人の事情を聞かないというのはプロとしての信頼、そして自分の身を護る事にも繋がるのだろう。そしてイサークと父はただのビジネス上の関係だった。彼が父の事情を聞いていないというのを責める事はできない。


「……だが研究の為だとしても、そんなジャングルの奥深くに一人で入っていって大丈夫なのか? 研究はおろか生存すら難しいのでは?」


「……っ!」


 ライアンの言葉にティナは顔を上げた。それは確かに根本的な疑問だ。こうして写真や手紙が送られてきている以上生きてはいるのだろうが、父は今までどうやって生存してきたのだろうか。



「あんたの親父さん、南米で行方不明になったのは十年前だって言ってたよな? どうやらそこから七年の間に色々とヤバい連中とも付き合いが出来ていたらしい。俺が案内した先は武装ゲリラの隠れ里の一つだったんだよ」


「ゲ、ゲリラですって!?」


 多少過激な思想はあったものの、あくまで一介の学者に過ぎなかった父が一体どんな経緯で南米の武装ゲリラなどと接点を持ったのだろうか。


「ああ。親父さんはゲリラの『保護』の元で研究を行う事になっていたようだ。倫理観なんてぶっ壊れてるような連中だからどんなヤバい研究もし放題だったろうな。親父さんは『研究成果』が出たらそれをそのゲリラ共に『提供』するという契約を結んでいたみたいだ」


「……!」

 次々と明かされる衝撃の事実にティナは慄いた。人目を憚るような研究。父が自分と母を捨てたのはその研究の為なのではないかと思った。そして犯罪者同然のゲリラ達とも取引していたという事実がその衝撃に拍車をかける。


 しかも武装ゲリラに『提供』する、となると、その研究内容自体も何か軍事的に利用できるような剣呑な物である可能性が浮上する。



「だが……ゲリラ達と取引していたなら、何故今になって娘である先生に助けを求めるような手紙を?」


 身内ではないのでティナと違って冷静なライアンが疑問を呈する。あの手紙にはゲリラに囚われの身になっていると書いてあった。この三年の間に何かがあったのだろうか。イサークは再び肩を竦めた。


「それは解らんよ。研究が失敗でもしたか、『契約』内容で折り合いが付かなくなったかしてゲリラ共を怒らせたんじゃないのか?」


「…………」


 やはり考えられるのはそんな所か。だが父が生きていて助けを求めているのは事実なのだ。ならばティナには行かないという選択肢はない。



「……推測はもう充分よ。全部父に直接聞くわ。今重要なのは父がどこに囚われているかよ」


「その通りですね、先生。……一度は送っていったというならあんたにはその場所が解るんじゃないのか?」


 ティナの意を受けてライアンが確認する。イサークは口を曲げて頭を掻いた。


「ゲリラ共は国軍に居場所を捕捉されないように、頻繁に拠点ごと移動したりするからなぁ。今もあそこにいるとは限らないが……ま、他に手がかりが無いならとりあえず行ってみるかね」


 結局はそこから始めるしかないだろう。とりあえずの方針が決まった事で、もう大分腹がくちくなっていた事もあってその場はお開きとなった。チェックインしたホテルに戻ったティナは、流石に場末のモーテルに比べれば安全だろうという事で、今夜は個室に泊まる事が出来た。それでも念の為イサークとライアンは彼女の隣の部屋に泊まる事になったが。


 シャワーを浴びてから、ゆったりとしたベッドに仰向けに横たわり天井を見上げる。



(……いよいよね。待ってて、父さん。必ず助け出してみせるから。そしたら何があったのか全部聞かせてもらうから覚悟しておいてよ)



 明日からの探索行への決意と父への想いを頭に浮かべながら、いつしかティナは旅の疲れから深い眠りに落ちていたのだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る