第6話 世界

サンの名前が赤く表示されている。

それは今現在、彼がこの画面を見ていないことを表している色だ。


「なんか、さ?」


第一声を発したのは、サクだった。

サクは学生で、確か専門学校に入学したばかりの男子である。

サバサバした性格は感情をあまり出さないというよりも、他人のことにはあまり関心が無いといった感じだ。

いつもROMばかりで絡みが少ないこともあり、こういう事に口出しすることは珍しい。

そんな彼が珍しく発言をしたものだから、皆が一瞬にしてそこに集中する。


「僕は、ユウキさんも向こうの人も、悪くないと思う」


確かにそうだ。

サンが相手の事情を訊くまでは、100%ユウキが正しくて相手が悪いと思っていた。これは、俺だけじゃなくメンバーの皆もそうだった。

でも、向こうにもそれなりの理由があって、彼もまた仲間を守るための行為だった。


「正しいの反対は間違いじゃないし、正義の反対は敵でもないってことだよね」



学校で習う正しいの反意語はになる。正義の反意語はだ。

でも、自分が100%正しいと思い込んでいるものが実はたった5%で、本当は自分すら自分の95%を知り得ていない。その一人と一人がそれぞれの5%の正義をぶつけ合い、相手に認めさせようとしている。


『今回の問題は、”誰が悪い”とかじゃないと思うんだ』

『真実と事実は違う。これを区別したらどうなる?』


―――ああ、そうか。


不思議な感覚の中、頭の中を整理していると、


「俺が正しいと信じ込んでいたものは相手にとっては違ったし、向こうも正しいことをしてた。でも、俺が向こうに危害を加えていたのは事実だ。迷惑かけてごめん。皆にも…向こうにも謝るよ」


文字でしかなかったが、ユウキのそれはとても穏やかなものだった。



「貴方の行動の意味を理解しました。仲間の方にも迷惑をかけてごめんなさい。」


サーバーの視線が集中する中、ユウキがそう謝罪するのを見守る。

事の相手がやや戸惑っている様子であるのを見ていた当の仲間は、

「兄様、守ってくれてありがとう。もうわたしは十分よ。サンさん、理解しようとしてくれてありがとう。ユウキさん、受け止めてくれてありがとう」と礼を述べ、場の雰囲気はトラブル前よりももっと、多分俺がこのゲームを始めてからは初の、柔らかい空気へと包まれていた。


「ごめんね、ありがとう。これからもよろしくね」


悪いやつだと思っていた相手は、思いやりのある先輩だった。

たった一人が優しい言葉を使うようになると、いつの間にか皆も汚い言葉を使わなくなっていった。


解釈ひとつで、こんなにも世界は変わるのか。


「生まれた場所や時代、生きてきた環境で見えるものが変わるからね」

いつの間にかインしていたサンがそう補足する。


「5%を押し付け合うのではなく、相手が持つ自分の95%のどこかを知ろうとすることが大切ってことですね」

学生のサクが解釈を確認する。


「わたしはそうだと思うよ。共感出来ないことを責める必要はない。むしろ共感できることの方が微々だ。宗教や心理学や人生哲学だって、土地や人によって書いてあることは違う。でも、それぞれにとってそれぞれは正しい。正義の反対は不義ではなく、もうひとつの正義。アンケート結果とかも10対0になることは無いしね」


さっきまでの騒然とした雰囲気はもうどこにも残ってはいなかった。


「確かに、昼のワイドショーでコメンテーターの意見とか聞いてると、同意できる出来ないって言い争いみたいにばっかりなってるけど答えは出ないですよね!なんかオカシイね!」


そう発したのは主婦の一人だった。


「でもさ、元々これは『復讐』を題材としているゲームだから、トラブルが起きやすくなってるのも仕様だよね。う~ん…」


また同じ様なことをしでかすかもしれない。残った懸念をどうしようかと確認するユウキに対しサンは、「中には今回みたいな平和主義もいるけど、逆に争いたい人もいるんじゃない?そんな人の相手をとことんしてあげましょう!」と答える。


ああ、そうか。なるほど。

そんな人も居るのか。確かに探せば居るだろう。

「もうやるな」ではなく良い意味で抜けた回答に感心していると、


「まあ、そんなわたしの考えすらも、5%にしか過ぎないけどね」

サンは自分で揚足あげあしを取りながらそう苦笑した。



「ふふ。逆に考えると、共感は5%と5%が重なったそれ以下の数字の奇跡ってことでもあるんだよね。今わたしの言葉に共感してくれた皆は、そんな微々たる奇跡の中にあるってことだ。これはもう感謝でしかないし、この状況を楽しみたいと思うよ」


世界はひとつじゃない。

70億の世界が今ここに共存している。


サンのそんな話に惹き込まれていくのを感じながら、いつの間にか時計は翌日の数字を刻んでいた。

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