第5話 正義

「なるほどね」


画面の向こうの表情は見えないが、サンは特に動揺することも無く、いつもと変わらずに落ち着いているようだった。


「だって!絶対にあっちが悪いじゃないですか!!」


そんなサンをけしかけるように、ユウキが感情を露わにする。


「どう考えても許せない!」


ユウキに同調した他のメンバーも次々とその輪に入り、サンを取り囲んでいった。


「うーん。てっちはどう思う?」

「俺?いや、俺も皆と同じ意見だけど?」


ここのチームのメンバーは、か弱そうな女子のアバターの中身が男だということ知っているため、誰もその一人称に突っ込むヤツは居ない。


「なるほどね」


二度目のセリフを置くと、サンはいまだ罵り合いが残る他チームも全員が見れるチャット画面に「お騒がせしております」から始まる挨拶を丁寧に述べた後、発言を続けた。


「マジでいい加減にしてほしいのはこっちなんだけど」


今回のトラブルの相手もログインしているようだ。

初めて話す相手チームのリーダーに対しても、へりくだる気配は更々ない。


一瞬その横柄な態度にチーム内がざわついたが、それに動じることもなくサンは話を続けた。


「ふむ。これはわたしの想像なのですが、あなたにも理由がありそうですね?良ければお話を訊かせていただけませんか?」


何を言い出すのだろう?理由があったとしても、やって良いことと悪いことはあるだろう。相手の言い分など訊くだけ腹が立つに決まってる。

時間の無駄でしかないようなことを、どうしてわざわざ始めるのだろう。

俺は、いつでも合戦になるであろう事を予測し、チャット画面が気になりながらも戦闘準備を整え始めていた。

正義は必ず勝たなければならない。たとえ力ずくだとしても。

メンバー達も、皆その気持ちは同じようであった。



「そっちが、うちの新しいメンバーの陣地にやたら手を出してくるからやり返してやったんだ」


(え?)


内部チャットが騒めき始めたのは、相手のそのセリフからだった。


「最初のうちはその子にも辛抱させてたし、僕も『もうやらない』と言った手前、我慢していた。でも何度も繰り返されて…。約束よりも大事なものを守る必要があったから…」


張り詰めていた空気が揺れる。

「ああ、そういうことでしたか。お話を訊けて良かったです。ありがとう」とサンは後にもう一度話をさせて貰えるよう取り付け、一旦その場を締めた。


チーム内では、「話が違うじゃないか!」と反旗を翻す人が現れ始めていた。

戦いの先頭に居たはずのユウキは、迷惑な人間だと言わんばかりに取り囲まれていく。

新しい正義が怒涛の様に渦を巻く。


「でも約束を破られたのには間違いない!」


そんなユウキの言葉は、誰が見ても苦し紛れでしかなかった。



「待って、待って」


皆の罵声すら飛び交う動揺の中、そう止めたのはサンだった。

しかし、「だって、滅茶苦茶迷惑な話じゃん!」と誰からともなくぶり返され、ユウキも黙ってそれを見ているしか出来なくなっていた。

内部分裂。今度はチームの存続の危機でもある。

俺がユウキの立場なら消えてしまいたいと思うし、これはゲームだからそれも容易にできる。きっと彼もそう思っているに違いなかった。


「あのね、ちょっとだけ聴いて欲しいんだけど、今回の問題は”誰が悪い”とかじゃないと思うんだ」


動揺の渦の中冷静を保つサンは、そこから始まる話を続けていった。


(誰が悪いとかではない。ということは、誰も悪くないということか?この人は一体、何を言い出すんだ?)


チームの選択を間違えたかもしれない。

一瞬、そんな後悔もよぎりながら、俺はサンの考えをとりあえず聞いてみることにした。


「誰も悪くないっていうの?ユウキを擁護するワケ?」


厄介者を煙たがるように、また誰かが罵り始める。

本名じゃないから、何を言っても身バレしないから。現実では言えないであろう言葉が無情にも飛び交う。こんなことを言われるのはいくら仮想の世界だからといっても御免だ。俺はただ黙って見ていることしかできなかった。


「擁護というか、うーん。…ああ、そうだ。ちょっと簡単な数字の話をしよう」

「数字?」


脈絡のないワードがいきなり出たこととという前置きもあってか、一瞬にして皆がそこに集中したのを感じる。俺もその話の続きが気になり始めていた。


「みんなは、自分で自分のこと、何パーセント分かってると思う?」


自分のことをどれだけ理解しているか?って、そんなこと。

自分のことだから100パーセント理解しているに決まってる。むしろ、そうじゃないと「俺は誰?」ってなっちゃうじゃないか。

二重人格とか、そんな話か?まさかユウキがそれで、知らず知らずのうちに相手に手を出しちゃったとか、そんな話———…?

だとしたら、このリーダーは痛いぞ?痛すぎるどころじゃない…


想像だけがどんどんと勝手な話を創っていく。

しかし、そんな不安はとは裏腹に、話は全く予想だにしない方向へと展開していくことを、この時の俺は一切知る由も無かった。



「実は、わたし達は自分のこと、『5%程度』しか理解できていないんだよ」



「え?そんな少ない訳無いじゃない!」

誰かの心の声が、サンの話の腰を折る。

たった5%だとしたら、残りはどうなる?まさか何重人格もあるってことか?

サンは変わることなく、話を続けた。


顕在けんざい意識と潜在せんざい意識って知ってる?意識出来てることを顕在。で、無意識は潜在の方に入るんだけど、顕在意識は5%にしか過ぎないんだ。95%は無意識。何も考えて無かったり、理解できていないこともだね。イメージでいうとタイタニックに出てくるぶつかった氷山ね。上の海面から出てる部分が顕在意識の5%みたいな感じかな。」


それと今回の話がどう関係しているのかは分からない。

ただ、さっきの嫌な空気から離れたい気持ちもあり、とりあえず話を聴いてみることにした。


「もし世界が100%とするなら、皆それぞれに5%を見て知って感じている。それが重なることってごくごく僅かなことだよね。

つまり、理解出来ないことは、残りの95%の中にある。…そちらの方が当然多いのに、自分を100%だと思い込んでいるから、有り得ないと否定してしまう」


サンはこう続けた。


「誰かの『ああする《べき》、こうである《べき》は、その人の5%の押し付けに過ぎないと思わないかい?」



(……あれ?)


なんとも言えない…それは違和感なのか何なのか。俺は、不思議な感覚の中に足を踏み入れた気がし始めていた。


「でも、真実はひとつでしか無いんじゃ…?」


「『真実』と『事実』は違うからね。今回もそうじゃない?やったかどうかの事実はそれに違いないけど、真実はそれぞれの中にあったでしょ?」


サンは、「それらを区別すると、どうなるかな?」と言い、1時間ほど退席するとログオフした。

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