第2話 記憶

ほぼ誰も居ないとはいえ、このままゲームをしていい訳ではモチロンない。

ひとまずその場は簡単な登録だけを済ませ、俺は足早に会社を後にした。


舗装された道路の脇に雑然と放置された自転車をかわし歩きながら、右手の中の小さな画面を目で追う。

色鮮やかなグラフィック、個性豊かで滑らかに動く肢体をもつアバター。

仮想の自分を幾通りにも創り上げることができるは、ただただ美しく、雑踏の中に居るからか、尚更現実のものでは無いことを容易に認識させていた。


「チッ!!歩きスマホなんかしてんじゃねえよ!危ねぇな!!」


すれ違いざまに舌打ちをされ、ハッと引き戻される。

そういえば、こんな事も久しく自分とは無縁であった。


俺自身、どちらかと言うとゲームは好きな方だ。

物心がついた頃から、当たり前のように部屋にはゲームソフトが並んでいた。

クリスマス、正月、誕生日…

世間でいう記念日には、この棚に新作ソフトが1本ずつ増えていった。

単純に、その数を数えれば人生の記念日がどれだけあったかをおおよそ知ることが出来る。しかし逆にいえば、それ以外の記念日の思い出が何もないという証明でもあった。


両親は共働きで家族が揃うのはいつも就寝の少し前だったし、スポーツが苦手な俺は中学高校ともに帰宅部。親が自慢できるとやらに一応合格することは出来たが、成績が少しでも落ちれば苦言を呈する親父と顔を合わせるのが嫌で、「勉強をする」と言っては自室にこもる。そんな環境が尚更ゲームとの関係を強くしていった。


就職してすぐの頃、初めて給料が入るようになり、万年金欠の学生の頃とは一変し、自由にできるお金が増えた。

地元を離れ、友達も居ない新しい土地では、就労を終えると必然的にスマホを眺める時間がその殆どを占めていた。


一人暮らしを始めたワンルームのアパートでは、試験勉強をする必要ももう無いし、小言を言う人も居ない。

初めてはまったソーシャルゲームでは、老若男女が集まる中、自分の為に使える金も時間も多くを持った俺はランキング入りする位にはそこそこ強く、仲間たちに一目置かれる存在となっていた。その染みついた快感は今でも度々思い出す。


「まあ、あの頃みたいに課金し過ぎなければいいか…」


どこかの誰かに認めて貰うために投じた金額は、ゆうに軽の新車が1台買えるほどとなっていた。

月に5千円、と決めて始めたソシャゲは、いつしか1万、2万と増えていき、気付けば毎月5万円を落としていた。


しかし上には上がいるものだ。その強さからおおよその金額を算出すれば毎月数十万を費やしているであろう猛者もさを目の当たりにしていると、「5千円」と発していた言葉は「まだ5万円」と変化していった。

‟いつか無くなるゲーム”だと分かっていても、強さと威厳が金で得られるその世界では、課金を辞めることはおろか、少しの額すらも減らすことが出来なくなっていた。


更に俺は尊敬されている分強くあり続けなければならず、課金額に比例して必然的にゲームに費やす時間も増えていった。

真っ先に削られるのは睡眠時間で、徹夜のゲーム明けで出社する日もざらとなる。

通勤中も片手にスマホを離すことができず、すれ違いざまに舌打ちをされたりもした。


そんな若かりし頃の自分をふと思い出し、時間がその頃に戻ったような気がして不思議と心が躍る感覚を覚える。

当時、「暇つぶしに」と始めたゲームはいつしか自分の生活の中心となり、それなりに充実感は得られていたものの、最終的には階段を踏み外して骨折入院。同時にスマホを紛失した時点で強制終了となり、一瞬にして大金と威厳を失った。


足を牽引けんいんされていたため外出もできず、俺はただただ呆然と消毒アルコール臭いそこで2ヶ月を過ごした。退院して社に復帰した時に、なんとなく松下さんと上司らの親しげな距離感に己の危機を感じてからは、「暫くあの手のゲームはしない。真面目に働こう」と心に決めたのだった。

それからは一切のゲームはインストールしていない。


(今回はあの頃の教訓もあるし、もう絶対に嵌り過ぎないから大丈夫…)


「Hey,Siri.」

「♪♪——ハイ、何カ御用デスカ?」


当然のように、電子音と機械的な音声が反応する。


「明日の朝のアラームは消しておいて」


もしかしたら、ちょっと今夜は夜更かししてしまうかもしれない。

しかし明日は特に急ぎでやらなければならない仕事もないため、悠々と寝坊しても良いように、あらかじめそう設定しておいた。


俺は、少額の課金でも守ってもらい易くしようと、アバターを小柄な女の子に設定することにした。



次は、サーバーの選択だ。

活動するとすれば、新しい場所の方が何かと都合が良い。

古いところは重課金や廃課金者の巣窟で、新参は容易に捻りつぶされて奴らに媚びなければすぐに八方塞がりとなってしまう。


ガチでやる気は無いものの、そういった過去の知識が脳のどこかの引き出しから現れ、あまり考えることも無く最新のサーバーを選んでいた。


「一番強そうなチームは…っと…。ああ、ここかな?」


進めるにあたり多数に存在する派閥らしきもののどこかに属さなければならず、ランキングの上から順に加入申請を出していくことにする。


運が良ければに守ってもらえる。

俺は、出来るだけ金と時間を無駄にしなくて済むように、楽が出来そうな方法をとるためにと、一番上のチームのボタンを押した。


つけっぱなしのテレビが、人気のバラエティ番組に変わる。

21:00を右下に確認すると、スマホから聴き慣れない電子音が響いた。


「早っ」


さっき申請したばかりの、このチームのリーダーと思われる人物からのメッセージだ。

ああ、そうか。と、一番人が集まりやすい時間だったことを思い出す。

不慣れに開封すると、「今ぐらいの時間に毎日ログイン出来るか?」という内容の質問が書かれていた。

普通に毎日出社したとしても、どうせ家との行ったり来たりなだけだ。

その条件を呑むだけで一番強いチームに入れるのなら。と、二つ返事で即答する。


個人ランキングも1位に示されている彼の名前は、『サン』と表示されていた。

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