第6話


(6)



「この向日葵の絵を・・?」

 言ってから瀬戸は静子の顔を見る。

 だろうな、と思った。

 いま彼女が言ったことについては彼女自身が「兄の遺作である向日葵」と言ったときに分かった。おそらくあの画材屋でこの絵が買われたことを知り、それでここまで来たに違いない。

 遺作であれば、それを遺族として求めるのは真っ当なことであり、別段おかしいことでもない。

 それでなければこうした若い娘が一人で大阪の猥雑とした路地でもあるこんな場所へ訪問者が来るはずもない。


――しかしながら


 瀬戸はじっと娘を見る。

 実はこの絵を手放したくないという気持ちが既に芽生えている。

 それはこの作品が持つ芸術性もさることながら、この目の前に立つ訪問者である彼女と何故かこれで別れたくないからでもあった。

 隣で笑う涼子の指摘はまんざら間違いでもない、だからそれを否定できないからさっきは大きく慌てふためいたともいえる。

 僅かに沈黙をする。

 瀬戸はそれから軽く唇を噛んだ。

「小川さん・・その絵は私が先程買ったものです」

「承知しています。ですのでその値段より幾分か高く買わせていただきたいのです」

 言ってから小さな白いハンドバッグから財布を取り出す。

 その手を抑えるように瀬戸が言う。

「いえ・・小川さん・・」

 その口調の強さに少し否定の口調を感じて心が動揺する。

「この絵を・・あなたにお渡しするのは。。」

 そこまで行って隣に居た涼子が言う。

「ちょっと、瀬戸君。この絵を返さないというの?」

 それには表情を動かさなかったが、心の中ではその通りだと頷く。

 涼子がたたみかけるように言う。

「いやいや、瀬田君。あなたがそんなに気持ちの小さい男だとは思わなかった。こちらの方の亡くなったお兄さんの作品でしょう?それを返してあげないなんて」

 それから一気に怒気を含んで言う。

「じゃぁこれからもう花をこちらタダで持ってきてあげない。島先生にもさ、それ言っといてね。破門、破門!!情けないこんな男が島先生の弟子だなんて!!最低!!」

 あまりの怒気を含んだ涼子の口調に瀬戸が慌てて手で押さえる。

「いえいえ、涼子さん、ちょっと待って下さい。この絵を直ぐにお返しするのは・・ないと言いたいんです」

「どういう事?」

 静子が瀬戸見ている。瀬戸は静子の視線に向き直ると幾分か気持ちを落ち着かせるように息を吐いて、顔を上げる。

「実は僕は今度秋に開かれる関西の新聞社主催の公募展に作品を出す予定なんですが・・」

「それが?」

 涼子がまじまじと見る。

「ええ・・まぁ・・その・・小川さんをモデルにさせていただけないかと。いえね、初めて見た時、僕は直ぐに小川さんを描きたいと思ったんです」

 思いもしない瀬戸の話に静子はその真意を探るようなまなざしをしている。瀬戸がその眼差しに優しく触れるように言葉をかける。

「小川さん、お兄さんの絵はもちろんお返しします。代金はいらないです。その代わりモデルとして描かせてくれません?僕の作品ができるまで・・勿論出来上がればお返しします」

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