第512話 王族の圧に功を焦る男爵です




「それでは殿下、私めはこれにて失礼いたします!」

「案内ご苦労でした。ターキウス男爵によろしくお伝えください」

 到着した僕達が案内されたのは、最前線から6km後方の仮設陣地―――その中の一番大きな天幕テントだった。





 シャムダン地方の天幕は、僕達が普段使っているものとは少し雰囲気が違っていて、外観にも内装にも地域色が見て取れる。


「(アラビア風、って言えばいいのかな? まさか戦場に近い陣地のテントでこんな真っ赤で豪華な絨毯まで引くなんてね)」

 あるいは僕が王族だから、この天幕だけそういう内装にしているのかもしれないけれど、正直余計だ。そんなところに気をつかっている場合じゃないだろうに。


「リリー、貴女はしばらくこの天幕で過ごしてください。恐らくはここが一番安全です」

「は、はいっ、かか、かしこまりましたご主人さまっ」

 実は今回、僕はオールリィリィを連れて来ている。




 前世の知識からある可能性をエルフに疑っていた僕は、ヴァウザーさんにそのあたりの事を相談し、実際に合間にオールリィリィを診てもらい、その可能性があるかどうかを確かめてもらった。


 結果、僕が期待した通り、エルフには生まれつき “ 魔力 ” の一種がある事が判明した。


「(エルフっていったら自然と調和した種族で、自然に宿る精霊だとか妖精だとかの力を借りて魔法を使う、みたいなイメージがあったから僕はしっくり来てるけど、リリー自身は驚いてたなー。エルフの社会じゃそういうのは教えていないんだろうか??)」

 まぁ、精霊や妖精ではなく性質が少し異なる魔力らしいから、完全に僕のイメージ通りじゃなかったわけだけども。


「(すぐにどうこう、とはいかないけれど……もしかしたら、リリーの魔力がこの局面の鍵になるかもしれない)」

 今までまったく使う練習はおろか、そういうのがあるとすら知らなかったんだ。そこまで期待をかけても酷だろう。


 それを抜きにしても、基本は僕に同行させなきゃいけない。彼女は王弟妃とは違って事実上の奴隷の立場だ。アーツ・シューク砦に置いてくると、僕がいない間に不良兵士に絡まれたりする可能性もある。


 戦場に伴うのは危険だけど、僕の近くに置くのが結局、一番安全だ。


「(一人でお城に帰すのも、同じように付けた供回りが道中で手出ししないとも限らないし―――あれ、結構僕って独占欲強いのかな?)」

 

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 10数分後、荷物の整理をしているリリーと従者のメイドさん達を、手伝えない立場なので眺めてぼんやりしていると、オフェナさんが訪ねてきた。


「殿下、オフェナの手勢は落ち着いた。今日はこのままこの陣地で過ごすのぜ?」

「はい、そうなります。……もっとも、最前線に向かうのがいつになるか分かったものではありませんから、今日だけと言わず、しばらくは留まることになるかもしれませんが」

 既に問題は発生していた。

 王弟の僕が応援に駆け付けた事を、ターキウス男爵は過敏に反応してしまったんだ。


 実際、アースティア皇国との初戦にて不甲斐ない結果を残してしまったことは事実だけど、そのせいで男爵はかなり焦っているらしい。

 僕達が合流を打診したその返答は、この仮設陣地への駐屯要請だった。


 理由は、王弟殿下に万が一のことあれば家族に顔向けできないと、いかにも貴人の身を案じるようなものだったけど、要するにこのまま僕が戦場入りすれば、ターキウス男爵は立場がない、というメンツの問題だ。


「ターキウスという貴族は小心者なんだぜ。オフェナ達を加えて戦ったほーが、絶対に勝ち目あるの明らかなのになー」

「仕方ありません。事実、客観的にここまでの流れを見た時、ターキウス男爵は一度敗北して王弟の僕が助けに来た形になるので、とても情けない男だ……と、他の貴族達の彼を見る目は今後、冷めたものになってしまうでしょう。なので独力である程度は戦果をあげないといけないその事情も分からないではありません」

 貴族社会の面倒なメンツが戦況を悪化させなければいいんだけど、多分無理だろう。ますます難しい戦場になってしまう気がして、僕はまだ戦いの場にでないにも関わらず、もう気疲れを感じ始めていた。






――――――その頃、シャムダン地方東国境線では……



「攻めよ攻めよ!! 何としても敵を倒すのだっ!!!」

 ターキウス男爵は軍を出陣させ、なりふり構わず攻めさせていた。


 一方の魔物側の先鋒であるケンタウロス部隊は “ あの方 ” のお仕置きを受けて数が減っていた事と動揺していたこともあって、ターキウス男爵の軍と真っ向からぶつかっても初戦ほどの勢いはなかった。



「ちっ、構わん! 向こうから攻めてきたんだ、好きにぶちのめせ! せいぜい歓迎してやれ!!」

 待機命令を守っていたところへ向こうから攻めてこられた以上は、ケンタウロス部隊にしても戦わざるをえない。

 もし何かあれば “ あの方 ” が別命を飛ばしてくるだろう。


 こうして戦果をあげたくて必死なターキウス男爵軍と、魔物側の先鋒ケンタウロス部隊の二戦目が始まった。



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