第二章:軍団たるモノの真髄

第511話 数で押し返せない戦場です




 シャムダン地方におけるアースティア皇国との初戦の結果は、王国に多大な衝撃をもたらした。

 特に比較的近い地域ほど民衆の間に不安が広がり、その地の領主たちは鎮めるのに苦慮するハメになっている。




「―――以上が、ご報告にございます」

「ご苦労さまです。引き続き東の情報収集を密にと、シャーロットに伝えてください」

「ハッ。では失礼致します、殿下」

 そう言って、馬車の中から姿を消す " 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ " の構成員。

 やってきた時もそうだけど、よく走っている馬車に乗ってこれたものだ。



「さて、シャムダン地方まであと1時間くらいかな……」

 窓の外の景色を眺める。大街道から南に入る道に入ってから数十分、覗く景色はいかにも地域色がでてきた。


 これまで見た事のないタイプの樹木は、葉が少なくて幹や枝が丸見え。枯れているような雰囲気はなく、たぶんこういう樹木なんだろう。

 緑の生い茂る大地ではなく、雑草がところどころに生えているような、荒野感が強い地面。それでも一部には茂みが固まるようにしてポツポツと群生してるあたり、不毛の地というわけでもなさそうだ。


「(確か、シャムダン地方は巨大な隆起の山を中心に、どこも基本は、なだらかな斜面で完全な平地がないところ……だったっけ)」

 頭の中でシャムダン地方の地形図を思い返す。


 人工的に削りならさない限り、完全にたいらな地がない。なので牧羊などは盛んらしいけど、大きな都市を作りづらい地形のために人口が増えにくく、他所の暮らしやすい地に移住する人も多いらしい。


 そのため、シャムダン地方は治める貴族の格からすれば見合わないほど貧乏だ。それを解消する手立てとして、現当主のターキウス男爵が自分の子供を他貴族に売り渡し同然な真似をするのも、同情の余地はあるといえばある。



「(今回の問題は、それでも不足な軍資金でやりくりし、備えに備えたはずでもアースティア皇国相手に通用しなかった点だ)」

 つまりそれは、軍資金の多寡たかや軍事力の大小が、優劣には影響しないってこと。

 戦力うんぬんじゃなく、工夫して戦う頭と采配が絶対的に必須で、加えて様々な作戦や策を実行できる実力者も必要。

 今回の戦いは数じゃなくて、質が欲しい。






――――――半日後。シャムダン地方北部、ムームイルの村。



「来たのぜ、殿下。待たせて悪かったのぜ」

 ムームイルの広場で村長さんから話を聞いていた僕のところに、オフェナさんがやってきた。

 完全戦闘スタイルなんだけど、前にあった時と着用してる鎧が違う。


「よく来てくれました、オフェナさん。……ところで、なぜビキニアーマーなのでしょうか??」

「殿下の嫁に看過されたのぜ。話に聞く限り、今度の敵は防御を厚くしてもあまり意味なさそうだったから、動きやすさ重視の装備なのぜ」

 オフェナかしこい、と自分の判断を自分で褒めながら腰に手を当てて胸を張る彼女。

 ちょっとした動作で小柄な身体の上の大きな胸がブルンと振るえるあたり、本当に軽装で来たんだなーと実感する。


「(でも確かに、一瞬で木柵や土塁を破壊してしまう相手の攻撃力には、多少の重装甲程度じゃあ焼石に水……それなら動きやすくして、攻撃を回避する方がよっぽど有益かもしれないな)」



 どうやらオフェナさんは、かつてのヴェオスとの戦いの後から、アイリーンを見習ったビキニアーマーベースの軽装と、重装甲の二種類の装備を整えたらしく、向かう戦場や状況に合わせて使い分けるようになったらしい。


 たしかに、一朝一夕でアイリーン級の強さに成長することは不可能だし、とても合理的だ。

 考えるよりもまず飛び出しそうな印象のある彼女だが、思ったよりも頭も回る―――なら、何とかなるかもしれない。




「それでは、次はターキウス男爵との合流を目指しましょう。戦場が近いですから、道中も十分に警戒を」

「任せて、侯爵メイレーから兵2000もらってきた。殿下のまわりはオフェナがバッチリ固める」

 僕が500、オフェナさんが2000で合計2500。

 既に各所からの増援、合わせて7500が到着しているはずなので、合計で1万がターキウス男爵に合流することになる。


「先の戦闘での死傷者が3000と聞いていますから、男爵の手元には9000は無事なはず……怪我人から復帰があったとして、何とか2万は見込めますか……」

 数の上では十分まとまった兵力だ。


 しかし、兵士さんの頭数が多ければ勝てるという相手ではない。

 オフェナさんも2万という兵力数字を聞いても、微塵も緩む様子は見せなかった。


「この2万は、戦力というよりも手数・・という認識でいかなければいけませんね、数を活かした有効な作戦や策を駆使していかないといけません」

「ん、妥当なのぜ。オフェナがあと100人いたら、真正面からぶつかってやれるけど、さすがに今度の戦場いくさばで力押しは危険そうだもんな」

 仮に兄上様達が王都からさらに増援を手配なりしたとしても、到着まで最速でも1週間はかかると見ていい。

 僕達が移動してきた時間や、僕の飛ばした伝令からすぐに手配して向かわせたとしたとしても、僕達がターキウス男爵と合流してから最短でも5日はかかるだろう。



「(今回の戦いの質を理解してくれていれば、数をしぼった精鋭を急行させてくれるだろうけど、それでも王都からシャムダン地方まで3日は必要だろうから、何とか今ある戦力で1~2週間は持ちこたえるくらいのつもりでやらないとだなぁ)」

 土塁や空堀、木柵といった防備をしっかり整えていても一瞬で破るような魔物達が相手だ。

 1日もたせるだけでもキツそうな戦場を想像するだけで、僕はズーンと頭が重くなるような気がした。




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