第510話 崩壊を食い止める勇気をください




 結論から言って、シャムダン地方におけるアースティア皇国との初戦は酷いものだった。


 ターキウス男爵が備えに備えた防備は一瞬で踏破され、迎え撃った男爵の兵士さん達、1万2000人はたった100体~200体のケンタウロスの亜種に、いいように暴れられてしまい、3000人近い死傷者を出してしまった。


 しかも敵は、暴れるだけ暴れたかと思うと満足したと言わんばかりにあっさりと引き換えした。

 そのままシャムダン地方へと深く侵攻するでもなければ、ターキウス男爵軍を殲滅するでもない―――完全に遊ばれていると理解した男爵はものすごく怒りに震えてたらしいけど、兵士さん達は敵の圧倒的な強さを目の当たりにして、恐怖に震え、すっかり士気が低下した。





「これは……」

 僕は報告書に目を通して息を飲んだ。

 確かに個体の戦闘能力差が著しい両者だ。魔物との戦いで数の差はあまり参考にすべきじゃない。


 しかしながら1万2000というまとまった兵力、加えてしっかりと防備を行って迎え撃った結果にしては最悪すぎる。


「相当に危うイですネ……敵が退きさがラなかったナら、今頃ハ……」

 ヴァウザーさんの言葉の先は明らかだ。

 シャムダン地方の滅亡と、かの地の人々の完全なる蹂躙が起っていたに違いない。


「王国側の戦力が、まるで歯が立たなかったというのが一番の問題です。早急……いえ、緊急最速で対応しなくてはいけないでしょうね」

 すでに全速力で王都に伝令を飛ばしている。


 それでも遅い。兄上様達が何らかの追加での対策を打ち出し、それが現地に届くのは数日を要するのだから。

 なので、比較的近くにいる僕が今、何か手を打つ必要がある。でなければ次に攻め込まれた時には、本当にシャムダン地方が攻め滅ぼされてしまう。


「(ヴァウザーさんにも戦ってもらう? いや、それは難しい……他にも活躍する兵士さんがいっぱいいればまだしも、1人だけやたら敵を倒すとか、目立ちすぎるし。それにヴァウザーさんには医療方面で重要だから、軽率に戦ってもらうわけには……)」

 すでに手近な各所にはシャムダン地方への増援の手はずを取ってあるので、さらなる増援を要請するのは厳しい。

 出せなくはないだろうけど、この初戦の戦果を踏まえると少々の増援ではまるで意味がない。やたら死者と怪我人を増やすだけ。



「(国境の王国主力からまだ持って来ることはできる。けど、こっちはこっちで、今の状況で戦力を下げさせるのは危険だし、国内のことを考えると、第三防衛圏からさらに増援を出させるのも怖い。そうすると取れる手段は……)」

 兵力に頼らない戦い方を工夫するしかない。


 けど、それをするには僕が直接、現場に出向かなくちゃいけない。


「―――笑えませんね……一番の護りを伴っていない時に限って、こうも危険に近づかなくてはいけないだなんて」

「? 殿下??」

「すみません、独り言です。危険ではありますが、僕がシャムダン地方へ直接出向くことに致します。ヴァウザーさんは、このアーツ・シューク砦にいてください。僕の名において一定の権限をヴァウザーさんに与えます」


 やるしかない。

 危険だけど、ここで侵攻を防がないと―――レイアの笑顔が僕の脳裏をよぎる。


「(ショタっこな僕だけど、父親の自覚があるってことかな。子供達の未来のためにもー、なんて月並みだけどもね)」

 東国境戦線で指揮を取るメイレー侯爵と防衛圏の守将当てにも連絡を飛ばし、ヴァウザーさんと今後の起こりうる状況にあわせた取り決め、この砦の態勢を整えなど忙しく動きだす僕。


 怖い。怖いけど……何とかする。いやしなくちゃいけない!









――――――シャムダン地方、魔物側の領域。小高い丘。


 空は暗雲に覆われているのに無意味な日傘の下、優雅にお茶を嗜む女性。

 常人の目ではまず見えないほど遠くに、ケンタウロス達の様子を眺めながら彼女は常に微笑を浮かべている。


 と、そこへ1体のケンタウロスがやってきた。


「申し上げます。全員の態勢の直し、終わりました。いつでも侵攻を再開できます」

 亜種ケンタウロス全体の取りまとめをしているらしいその個体は、かなり流暢な人語を話すことからも、知能は非常に高いことを思わせる。


 しかし、それでも彼女の不快を買ってしまう迂闊さは残ってしまうものらしい。常に笑みをたたえていた口元が、横一文字に真っすぐに結ばれた。


「確か……しばらくは待機、と既に命じていたはずでしたが、私の記憶違いでしょうか~?」

「は、はい。ですが皆、大した怪我人もなく、力を持て余しておりますれば、その―――」

 明らかに “ 御方 ” の機嫌が損なわれていくのが分かる。

 ケンタウロスは、ゾッとしながらも懸命に進言を続けようと自身を奮い立たせようとした、が―――



バチィイイッ!!



「―――ヒッ!?」

 人間の大軍を相手に容易く噛み千切る猛者がすくみ上る。

 そして、遠くに見えていたやる気に吠えていた仲間達の一部が、真っ黒な炭と化して崩れ去った。

 無事だった者が悲鳴を上げ、混乱しはじめる。


「なぜ~、彼らが死滅したかは……あなたが説明しておきなさい。今度こそ・・・・、わかりましたね~?」

 次、同じことをすれば、お前がああなる番だ。

 そうプレッシャーがかけられるケンタウロスは、完全に失禁していた。


「は、はいいい! わかりましたっ、あやつらにも重々言って聞かせておきます!!! ま、誠に失礼いたしましたぁっ!!!」

 物凄く機敏な礼をすると、逃げるように仲間のところへと戻っていく。


 その様子を眺めながら、彼女はまったくとため息をついた。

 しかしお茶を一口たしなむと、ダメな手駒のことなどもう忘れたかのように、口元には再び笑みが戻った。




「フフフ……さぁ、これであの子・・・がやって来る……本当に楽しみです……本当に……ウフフフフ♪」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る