第509話 厳重な防備 vs 圧倒的な勢いです




――――――シャムダン地方、東国境防衛線。


 急ごしらえながら3重の木柵とバリケードを張り、さらにその外には5つの空堀が並ぶ。

 そしてさらにその外側には高さ1mほどの土塁が築かれており、ターキウス男爵率いる1万2000が構える本柵から土塁までの間は50mほどもある。




「よいか、敵が土塁を乗り越え、空堀を越えてきたところで矢を降らせるのだ。汚らわしい魔物どもに、我らが王国の土を1歩たりとも踏ませてはならんぞ!」

 褐色肌のターキウス男爵が力強く声を張り上げる。


 防備は十分重ねた。これは容易く越えてはこられないはず―――その安心感が、兵士達の不安を打ち消し、戦闘意欲は良い感じに高まっている。


 兵士達は一方的に魔物に攻撃を与えられると想像していた。安直にではなくはっきりとはそう思わない者であっても、心のどこかでそんな都合のいい展開予想を捨てきれない。


 ターキウス男爵の兵士達には、油断と慢心が少なからずあった。



ドドドドドドドッ


「! 来ました! 半人半馬……ケンタウロスのような魔物が猛スピードで突っ込んできます! 数は……およそ100~200!」

 木組みの見張り台の上からいち早くその姿を確認した見張りの兵士が、ターキウス男爵に向かって大声で報告する。

 それを聞いた男爵も、思わずニヤリとしてしまった。


「いかに魔物が強靭とはいえ……その程度の数で突っ込んでくるとはな。所詮は魔物風情、愚かなモノよ。全軍! 敵が見えようが慌てるな! 十分に引き付けてから矢を射かけるのだ!!」

 1万2000のうち、4000ほどが弓兵だ。つまり一瞬で4000本前後の矢が飛ばされる。


 1~2本刺さろうがそれで倒れはしないだろうが、それでも敵は、一瞬で自分達の数十倍の数の矢を受ける事となる。

「(これでは矢を射かけるだけで勝負がついてしまうではないか? フフフ、アースティア皇国とやら、魔物と組んだところでこの程度なら、恐れるに足りんぞ!)」


 ターキウス男爵がつい笑みを浮かべるのも無理もなかった。


 圧倒的に有利―――油断のつもりはなく、頭の中を巡った敵味方の攻防の打算と予測も、希望的観測は捨ててリアルに何通りも考えた。だがこちらが敗北する可能性は極めて低い。


 脳内シミュレーションは所詮は妄想だ。それはターキウス男爵も重々承知している。……それでも、それでもだ。この状況から考えられる自分達の敗北のパターンが彼には一切想像できなかった。


「……よーし、弓隊構えさせぇい!! ケンタウロスどもが土塁を、そして空堀を2つ越えたところを狙うのだ!!」

 そうはいってもまだ初戦。相手も戦力を温存し、こちらの戦力を確かめるためにケンタウロス達を当ててきたのかもしれないと、男爵は気持ちの緩みを敵の可能性を持ち上げることで引き締める。


 しかし、その引き締めはまるで不足だったことを、直後に思い知らされることとなった。




……ドドドドドドドドドドッ、ドボゴォッ!!!


「……なっ!?」

 ケンタウロス達は、土塁を飛び越えない。彼らは時速60km以上で駆けて来たその勢いそのままに、土塁に真正面からぶつかり、粉砕して直進してきた。

 その際に減速は一切なし―――土塁は何の役にも立たなかった。


「くっ、ええい打て、打てぇい!! 矢の雨を浴びせてやるのだ!!!」

 50mという距離は敵の足が遅ければ十分に有効な距離だ。しかし時速60kmというスピードを保ったままだと、ものの3秒ほどで走破してしまう。

 土塁が一切のスピードダウンを促さなかった以上、十分に引き付けていては遅い。


ビュビュビュンッ!! ビュシュシュッ! ビュフッビュビュンッ!!!


 弓兵が一斉に矢を放つ。放物線を描くものと直線的に魔物に向かうもの、2種類の軌道で襲い掛かるその大量の矢は、逆に魔物達にとっては走行スピードが速いからこそ避けようがない。


「(しかも足元は空堀が幾重にも走っているのだ、そのまま駆け続ける事はできんはず―――)」


 タァンタァンタァンッ


 しかしケンタウロス達は、やはり速度を落とすことなく、空堀の上を走る。1つがゆうに幅5mはあり、掘りと掘りの間もそんな広くはない。

 しかし器用にもその狭い足場を的確に踏みしめて前に跳ぶ。ほとんど上に上がらないせいで、まるで掘りなどない地面を走っているかのように―――何の障害もなく駆けているかのように見えるのだ。


 そして、飛来する矢は―――


 バババババ……バシンバシン! バララッ


 何本かは刺さってはいる。何本かは。

 しかし、それらは放物線を描くけん制の矢であり、落下の勢いだけで刺さるためにダメージが少ない。

 一方で直接自分達に飛んできた矢は、ハルバードを高速回転させて盾のようにしながらすべて弾き飛ばす。


 ―――ケンタウロス達は完璧に理解しているのだ。自分達にとって大きなダメージとなる矢と、ならない矢の違いを。

 そして的確に選んで防ぎ、問題ないダメージは受ける覚悟の上。


「っっ!! や、槍隊! 前に出よ!! 突っ込んでくる奴らを串刺しにしてやれい!!!」

 もう敵は目の前。

 ターキウス男爵は慌てて後方に下がりながら指示を飛ばす。



バキバキバキィッ!! ドッゴォオッ!! 


 木柵が破壊された音と強烈な衝撃音が鳴り響く。

 ケンタウロス達はあっさりと多重の木柵を蹂躙し、ターキウス男爵の兵士達へと襲い掛かった。



 備えに備えたはずの防備は、彼らの侵攻を1秒遅らせるだけの成果しかあがらなかった……



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