第508話 戦場を意識する両陣営のトップです



――――――王都、王城。


「ついに来ましたか……」

 兄上様も今代の王として、さらなる魔物との戦いの激化という展開は、それなりに想定はしていたし、覚悟もしてた。


 けど、まさかこんな変則的な展開になるなんて、さすがに想定外過ぎた。



「は、アースティア皇国の軍はシャムダン地方の東国境に迫りつつあり、その陣容は魔物で占められております。詳細はまだ不明ながら、殿下は最低でも7000はいると考えておくべき、とおっしゃられておりました」

 伝令の言葉を聞き、宰相の兄上様は難しい表情で息をついた。


「7000、か……これまでの東戦線における魔物の軍勢に比べれば少ない規模、と言いたいところだが、追加で7000を上乗せされ、しかもこちらの戦線を南へと拡張せざるを得ない形で寄せて来るわけだからな、何ともいやらしいことだ」

「弟の機転ですぐに増援が向かう手はずが整えられたのは大きいですね。王都からでは増援の到着はどうしても遅れてしまいますから」

 アースティア皇国が樹立&宣戦布告して直後から、実際に攻め寄せて来た時のことを考え、差し向けるための戦力は王都でも整えて来た。


 それでもすぐには向かわせ辛かった。アースティア皇国の攻め方が不明瞭だったためだ。


「さすがに今度という今度は、貴族連中もかたくなに反対するものはいなかったからな。兵の増員、編成と最低限の調練……さすがに新兵は向かわせられんが、元よりの熟練を増援に送り、王都にはその抜けた穴を増やす新兵でとりあえず補う、ということにはなったが」

 頭数こそ保持できても、王都を守る兵の質は低下してしまうことは何ともしがたいと、宰相の兄上様は苦しいなと言葉を結んだ。


「まぁ、そこのところは頼もしい練兵師アイリーンさんに期待させていただきましょう。スパルタにはなるでしょうが、短期で少しでもマシに仕上げていただける、と」

「その言葉を当の新兵達に聞かれたら、さぞ恨まれるだろうな。彼女のスパルタぶりはこの目で何度か見たが、相当のものだった―――それで、西へ・・の備えはいつ出す?」

「東への増援と同時に出しましょう。ヴェオスの前例もありますからね、あの時のように東西同時に状況が動く可能性は低くはないでしょう。共和国の不穏がどう転ぶかも分かりませんから」

 (※「第493話 お隣の国が不穏そうです」参照)

 

 王国西端のマックリンガル子爵領のさらに西、お隣の国の共和国の動きが不穏だと知って、兄上様達はその時点でもすでに軍備増強の計画は練りはじめていた。

 だけどあの時はまだゴーフル中将を始め、自己利権に気を吐いている貴族や軍人が健在だったので、なかなか進められなかった。


 しかし、それでもジワジワと水面下で下準備は押し進め、そして今回のゴーフル中将の事実上の失脚のおかげで、一気に進めることが出来た。



「約5000。東への増援とは別に捻出ねんしゅつすることができている。余裕をもって1万は欲しかったところなのだがな」

 宰相の兄上様が少し悔し気に言う。

 玉突きで新兵を入れ、ベテランを増援に出すということをしなければならないほど、王国中央には保有する兵士さんの数に余裕がない。


「致し方ありません。簡単に増員はできませんからね。……それに、下手に大増員いたしますと、逆にそれが刺激を与える結果ともなりえますから、むしろ5000程で良かったと思うことに致しましょう」

「確かにな。では2500づつ、二度に分けて送る形で西国境への防備増強、急いで調整しよう」


「お願いします。また忙しくなりそうですね……」







――――――シャムダン地方国境より東へ約10km地点。



 ザッ、ザッ、ザッ……


『全体、止まレ!』


 ザザッ!


『隊列を乱さズ、各隊ごとに駐屯準備ッ、かかレ!!』

 ケンタウロスの中でもひときわ大きな個体が、どうやら指揮官を務めているらしく、声を張り上げて全体を動かす。


 半人半馬とはいっても、その上半身は獣の体毛に覆われ、顔つきもネコ科を思わせる鼻やゴブリンを思わせる耳など、明らかに普通のケンタウロスとは異なる亜種と思われる。


 そんな上半身には鈍色のしっかりとした厚みのハーフプレートメイルを装着しており、下半身の馬の部分にも間接や馬体を守る装甲プロテクターが身に付けられていた。


 武器は片手にハルバード、片手にラウンドシールドを持ち、さらにベルトの側面には尖った先端が3つ見えている金属の箱―――ショットナイフが装着されている。

 他のケンタウロス達も同じ武装をしており、ただでさえ強靭な肉体と強力な戦闘力を保有している彼らは、より補完的にその強さを高められていた。

 


  ・

  ・

  ・


『今回ハ随分ト武装サセルノデスネ?』

 影の塊のような馬が、自分の上にまたがっている主に問う。


「ええ~、イグエイシンちゃんも武器や鎧を身に着けてみますか~?」

『イエ、必要デナケレバ無理ナ装備ハ、邪魔ニナルカト思ワレルノデ遠慮イタシマス』

 イグエイシンの見立てでは、今回ケンタウロス部隊に装備させている武具は、王国の人間達が使用するモノよりも明らかに上質だ。

 特に、ナイフを飛ばして攻撃するショットナイフランチャーは、王国のみならずこの世界ではどこの国でも見られない先進的な武器だろう。


『(今度コソハ、本気デ王国ヲ攻メ落トシニ行カレルノカ。シカシ、ソレニシテハ―――)』

「―――中途半端な武装、でしょう?」

『! 申シ訳ゴザイマセン。愚カナ疑問デシタ』

 しかし女性はクスクスと愉快げに笑う。


「いいのですよ~。実際、持たせてあげられる武具という意味では|

もっと・・・良いモノがいくらでもあるのですから~。……ですが、それらはまだ・・彼らには刺激が強すぎますからねぇ、このくらいで丁度良いのですよ、フフフ」

 今の世界の人間達には、ショットナイフランチャーですら画期的かつ衝撃的な武器になる。なにせボウガンですら、無駄に大きく質の悪いモノが最先端というレベルなのだから。



「それではゆるりゆるりと始めましょうか、大規模な選定・・進化の促進・・・・・を」

 遠巻きに見ている女性が微笑んだ瞬間、ケンタウロスのリーダーが咆哮をあげた。


 まだ最低限の駐屯陣地が設営終わったばかりなのに、ケンタウロス達は出陣していく。


 10kmという距離は、決して短くはない。

 だが彼らの走るスピードは時速60km、本気を出せば時速120kmまで出せる。

 陣地から敵の防衛線まで5分~10分で行き来できる彼らは、文字通り王国に対して強襲を開始した。



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