第507話 広がり増える東部戦線です




 ナリッシィ家主催の社交界パーティでリジュムアータが見事に相手のたくらみを見抜いてとっちめた事は、すぐに僕にも報告がきた。


「(さすが。やっぱりリジュに任せて大正解だったね)」

 しかも報告によると、見事な手際で不埒者を裁いたその手腕が、ルクートヴァーリング地方の有力者たちに高く評価されたらしく、政治的な面でも名代領主の彼女に協力する者が一気に増えたらしい。




「(彼女のことだから、きっとその辺りまでコミコミだったんだろうなぁ。うーん、本当にすごいや)」

 頼もしい反面、自分も負けていられないと気合いが入る。



 そんな僕はというと、アーツ・シューク砦から出て、大街道から少し北側にそれた場所にある、物資の集積場にやってきていた。


「各地からの荷は滞りなく運ばれてきているようですね?」

「ハッ、現在のところ予定の物品到着に遅れは生じておりません」

 事務処理用の小屋の中、直近の資料をあらためている真っ最中。

 なにせ僕のルクートヴァーリング地方からも、軍用の食糧物資を出している。なのでキチンと処理されているか気になってチェックに来た、というわけだ。


「搬入の方はいかがです? 戦況次第では防衛の最前線への物資運び入れは都度、予定が変わってしまうかと思われますが……」

 こうして後方に物資集積場が設けられているのは、当然攻め込まれて軍需物資が全滅してしまわないようにするためだ。


 王国各地から運び込まれた中から、必要分を定期的に運び入れる形を取っているので、仮に最前線が崩壊して長城内部にまで魔物が侵攻したとしても、物資の被害は最低限で済む。


 ……とはいえ、だ。


「(集積場はここ1か所だけ。アーツ・シューク砦の後方にも中継場があるけれど、危ういかもしれない)」

 軍需物資は兵士さん達が戦い続けるための生命線だ。敵が考える頭のある者が率いている以上、それも十分分かっているはず。


 なら、この集積場も狙われる可能性は十分にある。

 なにせ長城に潜入し、ゴーフル中将に何らかのアプローチを敵が行ったのだとしたら、この集積場にも簡単に潜入できるだろう。




「殿下、調べ終わりマしタ」

「ありがとうございます、ヴァウザーさん。いかがでしたか?」

 ヴァウザーさんには、集積場内の運び込まれている物資をざっくりとチェックしてもらった。

 毒物の類の混入や、何らかの仕掛け、魔力痕跡その他考えられる可能性を考慮して見てくれていたわけだけど表情を見るに、どうやら問題はなかったっぽい。


「特に怪しイところは見受けラれまセンでした。しかシながラ、火の気がアリますと、一気に燃え盛る可能性のあるモノが、雑に置かれテいましたのデ、保管の場所などの指導は必要かト思われマスね」

 火気厳禁な品は、どんな戦闘でも火計の絶好の的だ。それはすぐに改善させなくちゃ。




「そちらは僕から指示を出しておきましょう。あとはこの集積場そのものの防衛態勢ですが―――」

「はぁはぁ、はぁ、はぁ……殿下ー! ぜぇぜぇ、はぁはぁ、き、緊急のご連絡です!」

 やや小太りの、いかにも使いっぱしりにされそうな雰囲気の兵士さんが、息を乱しながら駆けて来た。


「そんなに慌てて、まずは呼吸を整えてください」

 様子からして、そこまで猶予がない話ではなさそうだったので、兵士さんが落ち着くのを待つ。

 兵士さんは何度か深呼吸を繰り返したあと、まだ少し両肩を上下させながらも顔をあげて、報告をはじめた。


「つい先ほど、アーツ・シューク砦に伝令が駆け込んで来まして、アースティア皇国が動きだしたそうです」

「! それで、どのように?」

 ついにか、という思いで緊張感が一気に高まる。ヴァウザーさんもやや怖いその顔に緊張感を宿し、ますます表情を怖くさせた。


「詳細はまだ不明のようですが、半人半馬の魔物、およそ100体が先頭に立って進行……その後方におよそ2000体近い魔物の群れが続いているとか」

 おそらくそれは、現時点じゃ確実じゃない。

 とにかく皇国が動きだした、という事を優先して伝えに走ったと見るべきだ。


「戦力のほどは、その3倍はいると仮定しておいた方が良いでしょうね……それで、敵の進行方向は?」

「は、はい。ターキウス男爵家が治めております南東端のシャムダン地方に向かっている模様だと」

 皇国は王国の東国境の先、魔物の支配する領域内に勃興した国だ。なので一番近い王国領は確かにその辺りになる。


 とはいえ皇国が主張する国は、王国と直接に隣接しているわけじゃない。魔物が支配する野を30kmほど挟んだ上で、ようやく王国領シャムダン地方の東境界線を望むところまで来ることになる。




「ターキウス男爵の対応は?」

「伝令によりますと、すでに軍を展開。兼ねてより準備をしていた国境の防衛線に沿っておよそ1万2000を配備済み、いつでも迎え撃つ態勢は整っている、とのことです」

 ターキウス男爵自身は反王室派の貴族だ。

 しかしそれは、長年にわたり攻め寄せる魔物を駆逐しきれないこと、王室の対応が情けなく思っているからで、他の反王室派貴族とは少しポジショニングや主張が異なる。

 どちらかといえば愛国的な人だったと記憶しているし、実際にアースティア皇国が樹立と宣戦布告をした直後に、自前で防衛戦力の強化に励み、迎撃できる戦力を整えていた。


「(王室はアテにならないから、国はこの私が守って見せる! みたいな感じの人だったなー。そのためなら手段は選ばないって行き過ぎた部分もあるのが問題だけども)」

 ターキウス男爵家はそこまで裕福ではなく、治めるシャムダン地方も地方中央にある山に沿って、なだらかに傾斜と起伏ある地形が広がっているようなところだ。

 牧歌的で広々としていると言えば聞こえはいいが、発展した町が少なく、伴って人口も多くない。


 当然、ターキウス男爵に財政的な余力はないし、自前で戦力を募るのは厳しい。


 そこでターキウス男爵は大量に奥さんを持ち、子供を作りまくり、それと引き換えに他の貴族に投資してもらうというやり方を実行している―――事実上、人身売買に近いことで必要な資金や物品を得ているという、個人的にはちょっと眉をひそめたくなる人物だ。


「(まぁ奴隷にするとかじゃなく、貴族子息としてで、売られた子供は先々での待遇はいいみたいだし、奴隷商人とかよりかはマシなのかもしれないけど……でもなぁ……)」

 前世の倫理観から言わせてもらえば、やはり子供自身の権利や尊厳というものがないがしろにされる扱いだ。

 もっとも社会の状況や仕組み、魔物という絶対的な脅威の存在の有無などなど、色々なことが違い過ぎるから、前世の物差しで単純に良し悪しをはかるのもダメなんだけどもね。




「……ともあれ、迎撃の準備は整っている、という事ですね? では、このまま長城のメイレー特将の元に僕からの指示を伝えに走ってください。兵5000を2度に分けてターキウス男爵の元へ増援に出す手配をするようにと伝えてください」

「ははっ、かしこまりました!!」

 ドタドタと走っていく伝令を見送りながら、これだけでは不足かもしれないと思い、さらなる指示を出す。


「誰か、第三防衛圏の砦に走り、兵2500を都合した増援部隊を準備し、ターキウス男爵のシャムダン地方へと送るよう、伝えてください」

「は! では自分が!」

 敵の戦力の正確なところは不明だ。


 仮に僕の見立て通りに3倍だとしても6000~7000の魔物が王国南東のシャムダン地方に迫ってくることになる。

 数字の上ではターキウス男爵の兵力の方が上だ。けど個々では人間よりも魔物が上回る。

 戦力として比較した場合、人間の兵1万2000と魔物6000~7000はおそらく楽観的に見たとしてもせいぜい互角がいいところだろう。


「(合わせて7500の増援で、果たして押し返せるか……?)」

 もし、攻め寄せて来た戦力が想定を超えていた場合は厄介だ。

 できれば継続的に増援を送りたいけど、それもなかなかすぐにとはいかない。



 王国はついに2正面戦線を抱えることになってしまったという事だけは確実だ。僕は冷や汗を流しながら、東方の空を見上げた。



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