第506話 格の違いは伊達ではありません



「またナリッシィの―――」

「誰彼かまわずね―――」

「不自然に身体寄せすぎだろう―――」


 周囲の雑音など聞こえないと言わんばかりにナリッシィ家当主、ヘウェン=ナリッシィはシェスクルーナをリードして踊っていた。


「(ふん、何とでも言うがいい。我がナリッシィ家はのし上がる。どんな手段を用いてもな! ……そう、どんな手段を用いても!)」

 へウェンに限らず、代々のナリッシィ家の血筋は野心家が多い。しかし決して頭脳に秀でてはいなかったため、その野心を満たすには力押しな手段や行動でゴリ押すのが伝統だった。




「っ」

 小柄ながら美しい肌と髪の美少女が少し驚いたような表情で、迫るへウェンに対して反る。

 ダンスパートとしてはちょうど後ろに反る部分なので間違いではないが、それにしてもシェスカが反る動きに合わせて上体を迫らせるへウェンの勢いが強かった。


 ―――あわよくば不慮の事故に見せかけて口付けでもせんとするかのように。


「(ちっ、届かなかったか。意外と機敏な動きをするな)」

 妹リジュムアータがこの気弱な姉をあえて今回の社交界パーティの招待に応じさせた理由、それは姉の舞踊の上手さにある。


「ほぉ……なんと綺麗な動きか」

「さすがは子爵家のご令嬢ですわ」

「それに比べて、ナリッシィのはどうだ?」

「今の動き、酷かったな。自分に合わせろとでも言う気か?」

「不釣り合いとはこのことですわね、お可哀想」

 周囲から漏れ聞こえる声はすべてシェスクルーナを褒めたたえ、へウェンをさげすむものばかり。


 へウェンにとってはこの上なくやりにくい状況な上に、招待客の不評は主催者ホストとしても屈辱的なものだった。






―――吹き抜け2階


「言ってもボクたちは子爵家の令嬢だからね。お父様がご存命の頃から一通りの教養はもちろん、各種習い事もそれなりの習熟は最低限が求められるのは当たり前だった。加えてお父様の娘として恥ずかしくないようにってボクたち自身、それなりに頑張ったからね」

 言いながらリジュムアータは、姉に向けていた視線を相手のへウェンに移す。


「それに対して貴族といっても地方の七位爵―――しかも社交界での評判がよろしくないほど、できていない・・・・・・男性……。何か後ろ暗い真似をするにしろ、力押ししかできないなら当然、教養も作法も不足も不足しているだろう事は明らか……」

「そういう事でしたのね。このような状況になることは当然でした、と」

 とはいえ、事前の推測に確信をもつことは簡単なことではない。エルネールは納得と共に深く感服する。


「子爵令嬢のボクたちをどうにか出来てしまえば一気に家の繁栄に……なんて考えを持つことが間違っているんだよ。もしそれを狙うんだったら10年かけて地固めを3段階くらい積み上げた後くらいでないと、そもそもの身分があまりにも違い過ぎるからね」

 現実は物語ほど簡単でもロマンティックなものでもない。

 身分差・階級差・地位差・立場差というものは想像以上の巨大な壁、または奈落の谷のような溝なのだ。


 シェスクルーナとリジュムアータの姉妹は自身こそ爵位を有しているわけではない。

 だがマックリンガル子爵家・・・の御令嬢であり、マックリンガル家唯一の跡継ぎであり、それを王家が担保している身である。


 さらには姉妹ともに王弟殿下の息のかかった女性であることは、彼の名代領主としてこのルクートヴァーリング地方に赴任したことでも明らか。


 万が一、あるいは億が一にでも恋仲になることが出来たとしても、身分差の恋の成就は代償として身分を捨てるという事が付きまとう。

 つまり、へウェンが得られるのは相手女性の付随物全てが抜け落ちた彼女達自身のみ・・・・・・・である。

 彼が望む自家の繁栄に有意なものは何もない。すべてを捨てて純愛を貫くでもなければ無意味なのだ。



「―――その辺りのことをまったく分かってない。不躾にも招待状を送って来た時点で、身の程も状況も、誰を相手にしようとしているのかもまるで理解してない相手だと分かったからね。正直、あそこまで小者ですっかり拍子抜けしちゃったくらいだよ」

 ダンスはつつがなく進行。

 何度か強引に迫ろうとしたり、怪しい手の動きがシェスクルーナの身体の敏感なところに向かおうとしたりするのが見えたが、いずれも中途半端なところで止まっていた。


 姉の踊りは完璧だ。その美麗さへの注目は対比してなっていないへウェンの悪目立ちへと視線を集め、彼のコッソリと攻めようとするいやらしい動きはすべて筒抜けてしまう。


「あのように注目が集中しましたら、いかにあのナリッシィの方々でもいかがわしいやり口は実行に移せないことでしょう。ご内心ではさぞ悔しく思っていられそうですね」

「みんなから好評なる踊り子に手出しすれば、酔っぱらいでもどうなるかくらいは分かること。そしてこうなった時、後に続くパターンは2つに1つ。大人しく引き下がるか、それか―――」



  ・

  ・

  ・


「それでは今宵はこれにて失礼いたします。ご招待いただきまして、えと……ありがとうございました」

 シェスクルーナが礼を述べる。場所は賓館の入り口まで30mほどはあるやや薄暗いロビーと会場の部屋を区切る扉付近。


 ロビーを越えた先、玄関口の向こう側には賓館前のかがり火の微かな明かりに照らされて、迎えの馬車と向かえのメイドとしてエルネールがつかわしたクーフォリアが待機している姿が少し見える。




「……」

 別れの挨拶を交わした後、主催者ホストとして彼女を見送る姿勢のへウェンだが、シェスクルーナがロビーを5mほど進んだところで走り出し―――


「ンむぅ!!?」

「へ、へへ! こうなりゃあ力づくよっ!」

 後ろから追いついて彼女の口を塞ぎながら抱き着き、すぐさま左の飾りカーテンの陰へと引き込もうとした。


 だが―――


「きゃああ!?」

「おい、何をしている!!」

「貴様っ!!」


 会場側、へウェンの後方になぜか他の招待客たちがいた。


「!? な―――」


 バシンッ!!


「はい、現行犯だね。大丈夫、お姉ちゃん?」

「う、うん、すごくビックリしたけど……私は大丈夫だよ、リジュちゃん」

 リジュムアータとエルネールが引き連れてきた裏方スタッフ―――共に変装させて忍び込ませていた私兵たちが、綺麗にへウェンだけを打ちのめして離し、取り押さえる。


「な……なぁ!?」

 あっという間に捕縛される形となったへウェンはワケも分からず困惑するばかり。

 そんな彼に対してリジュムアータは、堂々と沙汰を述べ始めた。



「王弟殿下が名代、リジュムアータ=レイル=マックリンガルの名において、へウェン=ナリッシィ、不敬および下劣なる行為と企みを誅し、今この場にてその罪、裁くものとする」



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