第505話 美少女姉妹と最胸未亡人の地方社交界です




――――――ルクートヴァーリング地方、領主の屋敷。


「…………」

 新たな名代領主に着任しているリジュムアータが、執務机に向かいながら1枚の報告書に目を通し、長考を続けていた。




「やはりアースティア皇国のお話は、お気になりますか?」

 前名代領主のコロックの妻エルネールは、自身も身籠っている身でありながら、亡くなる前の夫の代理で仕事を行っていたこともあって、リジュムアータの手伝いを積極的に行っている。

 引継ぎ案件などもそれなりにあるし、元よりこのルクートヴァーリングの地元貴族の令嬢だ。他所よそから赴任したリジュムアータにはどうしても不足する土地勘や土着のあれこれも伝授する必要もあり、事実リジュムアータにとってもエルネールの助力は非常に助かっていた。


「……うん。これはしたたかな話だね。ちょっと簡単には決着がつきそうにもなさそうだ」

 長考していたのは、今後の展開を何百パターンも予測してのことだろう。

 しかし、分かっている事が少ない以上、いかにリジュムアータといえども限界があるし、それこそ確実性あるパターンはどれだけ考えてみても出て来ることはない。




「リジュちゃん、また・・届けられたよ、今度はナリッシィ七位爵さん」

 シェスクルーナが手紙を片手に入室してくる。

 丁寧な便箋だが、貴族が用いるにはややチープなソレは普通の手紙のようだが、パーティーへの招待状だ。


 リジュムアータが名代領主として赴任して以来、地元の貴族や有力者からのお誘いが絶えない―――マックリンガル子爵家の美少女姉妹は、この地でもあっという間に人気を獲得していた。


「あらあら、ナリッシィ家ですか。あのお家も代々懲りないですわね~……」

「エルネール様、御存じで?」

「はい、ナリッシィ家は婚姻・縁談をところかまわず申し込んで力を増してきたお家です。時には強引な手段を用いて既成事実を作り、無理矢理に縁を結んでお相手の貴族令嬢を泣かせた事も多々ありますから当然、評判はよろしくありません」

「なるほど……それがボクたちにも目をつけてきたワケだ。七位爵の家の割には随分と度胸があるね」

 二人が王弟殿下の女であることは、もはや公然の秘密と言えるほど分かり切っていることだ。


 それに対して手を出そうと考えるのは、相当勇気がいる。それでもお誘いや招待状が送られてくるのは、あわよくば彼女達が自発的に殿下から自分に心変わりするような事があればワンチャン―――とでも考えているのだろう。


 まだそれならカワイイ方だが、なりふり構わず強行策もいとわない相手となれば話は変わる。


「ちなみにだけど、エルネール様。ナリッシィ家はそんなに力を持っている家柄なのかな?」

「いいえ、あくまでもこのルクートヴァーリング地方内の、極々一部の町や村に顔がきく、という程度のはずですわ」

 それを聞いたリジュムアータは、軽く口元に微笑みを浮かべた。





――――――後日、とある町の賓館。ナリッシィ家主催のパーティー会場。



「マックリンガル子爵家令嬢、シェスクルーナ様におかれましては、本日の招待に応じていただけたこと、誠に感謝いたします」

「い、いえっ、こちらこそご招待いただきまして、あ、ありがとうございますっ」

 緊張したまま返礼の挨拶を返すシェスクルーナ。

 格下主催の社交界パーティーなので、纏うドレスは簡素なデザインながら、上質な生地でしつらえた質実剛健な高級品だった。


「えっと、い、妹のリジュちゃ―――リジュムアータは、体調が優れませんでしたので、この度のお招きには応じられませんでしたこと、本人にかわっておわび申し上げますっ」

 するとナリッシィ家の当主は、軽くほくそ笑んだ。


  ・

  ・

  ・


「二人を一気に堕とすよりも確実に1人づつ……とでも考えていそうな顔をしてるね。やれやれ、分かりやす過ぎてつまらないくらいだよ」

 賓館の2F、会場からは吹き抜けになっている、普段は演劇などの仕掛け等の裏方が行き来するその場所で、リジュムアータは姉の様子を見守っていた。


「ですが、よろしかったのですか? シェスクルーナ様に万が一のことがないとも限らないのでしょう?」

 隣にいるエルネールの心配に、リジュムアータは首を横に振る。


「心配ご無用……ボクやお姉ちゃんが殿下を裏切るなんてこと、天地がひっくり返ってもありえない事だからね。……貴女あなたもそうじゃないかな、そのお腹の中の子にかけてサ、ふふっ」

「! ……気づいていらっしゃったのですか?」

「んー……流れや状況、貴女の置かれている立場なんかを考えた時、殿下以外にはその配役、務まらなかったからね。心配しなくても殿下がもらしただとかはないよ。あの方は秘密にすべきことは決して漏らさない方だからね」

 そういって悪戯っぽく笑うリジュムアータ。

 かないませんねと言いながら、エルネールは大き過ぎる胸を支えるように、両腕をその下へと潜らせ、持ち上げては小さく上下に揺らした。


「ムレる?」

 二人は動きやすいよう、また場所に合わせて不自然のないように作業スタッフの服装で変装している。

 規格外のバストを持つエルネールは、ドレスは全て特注で快適性なども重んじたものを普段着用しているので、そうでない服はなかなか大変そうだった。


「ええ……大きいことで羨まれる方は大勢いらっしゃるのですが……やはり服の意匠次第では―――リジュムアータ様、動きがありそうです」

 エルネールが視界の端でそれを捉える。



 そこは1Fの中心、ナリッシィ家当主に半ば強引にエスコートされ、ダンスに臨まされようとしているシェスクルーナの姿があった。



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