第503話 お嫁さん達は遠くにあっても真剣です
中将の異変と、側近の消滅。
この東国境の王国正規軍内で、何らかの異常事態が起こっていると断定できる材料は十分。
僕はすぐさま王都の兄上様たちに向けて伝令を飛ばした。そして―――
「メイレー卿。これは事前の想定よりも遥かに深刻かつ危険な状態にあると思われます。……形式的ではありますが、一応お尋ねします。今でしたら、貴殿はこの任を辞退することも可能です。それによる処罰は何もありませんが―――それでも危険を承知で東国境戦線の総大将たるこの過酷な任、ゴーフル中将より引継ぎ、受けて貰えるでしょうか?」
僕の一存で、ゴーフル中将は一時的どころかもう戦線に立つこともままならないと判断。
あれだけ配置転換で悩ましい人物だと思っていたのに、まさかこんな形であっさりと退場してもらう事になるなんて思わなかった。
「もちろんでございます殿下。このメイレー、国難たる状況下におきまして臆する者ではございませぬ。本戦線の総大将たる任、しかと引継ぎ、こなして見せましょう」
正直なところ、ゴーフル中将の心身に起ったことがかなり不気味で不明瞭なので、メイレー侯爵に引き継ぎをお願いするのはためらわれた。
でも王国にとって重要な戦地で総大将を不在にするわけにはいかない。
僕はメイレー侯爵に頷き返し、彼を総大将に据える形での調整を急ぐことにした。
――――――その翌日、王都の王城。
「東の国境戦線は、相当に不気味なことになっているご様子ですわね」
学園での授業を終えたクララが王弟後宮エリアに戻って来るのとほぼ同時に、その報せは届いた。
「ゴーフル中将が謎の心疾患? 一時ではなく正式に、後任としてメイレー卿に……ですか」
クララから渡された報告書に目を通しながら、セレナが少し難しそうな表情を浮かべる。
メイレー侯爵の能力や素質に問題があるわけではない。
中将の身に起ったことの不可解さ、そしてその原因が不明な状況下での引継ぎは、同じことがメイレー侯爵にも起こる危険がある事を排除しきれない。
「殿下は御無事なのです??」
「はい。最前線ではなく、後方のアーツ・シューク砦におられるそうですので心配は不要ですよ、エイミー様。ですが……」
セレナが優しい声色でエイミーを安堵させる。それでも懸念はゼロとはいかない。
「もしもゴーフル中将の身に起ったことが魔物側の工作活動の結果なのだと致しましたら、油断はできません。魔物側に知性の高い者がおり、策を持って戦えるという事なのですから」
以前からその懸念は強くあった。
それでも東国境での魔物の軍勢の戦い方は場当たり的で、先々代の王の時代からこれまでずっと、ただ攻め寄せてくるというもの。
隊列も作戦もあったものではなく、せいぜい押し退きのタイミングが揃っている程度だった。
なので魔物がいかに人間よりも高い戦闘力を有していようとも、人は作戦や陣形などを駆使し、対抗して戦う事ができてきていたと言える。
「―――力押しじゃあなくって、頭使ってきはじめたんだね」
「アイリーン様。レイア様の寝かしつけは終わったのですね」
「うん、ぐっすり。レイアはいい子だから手間がかからなくって助かるってメイドさん達も―――ってそれより旦那さまからの報告書、私にも見せてー」
まるで子供みたいにセレナの座っているソファーにテコテコと歩み寄る。
その様子が可笑しくて、エイミーとクララはつい笑いを漏らした。
「ん……ゴーフル中将は退場、かぁ。拍子抜けするほどずるっと落ちたねー」
まるで頑固な汚れがあら不思議、突然根こそぎ綺麗に流れたみたいに語るアイリーン。
しかし文面に目を通していくうちに、表情には徐々に戦士の真剣さが宿っていく。
「この不可解な状況……アイリーン様はどう思われますか?」
セレナの問いにすぐには答えず、アイリーンは間を置く。
不可解なこの状況―――それは例の皇国も踏まえた上での話だ。
「今までの東の魔物軍団の戦い方と違うから、皇国が中将に何か工作をしかけたー、って思いたいところだけど、多分違うかな」
皇国の樹立と宣戦布告のタイミングを考えると、いかにも皇国が魔物側に協力して、王国国境を守る王国軍の
なにせ昔から東より攻め寄せる魔物の軍団の単調な攻め方とは、やり口が違い過ぎるからだ。
しかしアイリ―ンは皇国の仕業ではないと感じた。
「なんていうか……根拠があるわけじゃないんだけど、皇国の話にしてもなんていうかこー……
どうしても普通の思考だと人間は魔物をどこか低俗で粗暴、そして凶悪で理性や知性に欠ける存在だと思い込みがちで、それを前提にした考えをしがちだ。
しかし実際に
敵も自分達と同等かそれ以上の何かを裏側で企んだり行動したりしているものと仮定するくらいで考えていなければ、ソレが表出して足元をすくわれた時には人間側にとってあらゆる事が手遅れ、なんてことにもなりかねない。
一般的に身体能力でも勝る魔物が頭まで使って戦うというのは、人間側にとっては悪夢だ。
だが真に戦いに身を置く者はその最悪を常に想定して臨む。
クララやエイミーは少し不安に駆られたような顔をしているが、セレナはアイリーンの考え方に理解を示して、真剣かつ強い意志を表した将の表情を浮かべていた。
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