第502話 レイン姫、苦しみの日常です




――――――アースティア皇国、首都アースティア。


 しかし都とは名ばかり。かつてはどんな国があったのかも分からない滅びの地には、廃墟の町のあちこちで魔物が闊歩し、たむろしている光景しかない。

 100万歩譲ったとしても人間の町とは言えない様相だ。



「………」

 レインは、絶望しきった表情でその町の様子を眺めていた。


「レイン姫様、御視察のお時間でございます」

 魔物執事がそう告げて来る。


 まるで本当に王族のような事をさせるが、一体何の意味があるのか?

 皇国樹立を宣言しても、国民も町も一切ない。

 国家という組織がキチンと形成されているわけでもなく、あるのはただ、皇国の主たるレイン=ファム=アースティアという傀儡の頂点と、その他魔物達が勝手気ままにいるだけだというのに。


「……わかり、ました……今、参り……ます」

 か細く、心の苦しみがにじみ出す声。


 一国の主が住まうに相応しくない武骨な小砦の中、無理矢理飾った部屋から1歩外に踏み出せば、廊下のあちこちには様々な魔物がウロウロしている。

 当然、レインが通ろうが敬意を払うこともない。


 ただ、この執事の魔物がそこらの魔物よりも強者らしく、彼がいるからこそ魔物達はレインに対して絡んだりはしてこないというだけだ。


 なのでレインは日がな一日、部屋からでる事はできない。

 この魔物執事が迎えにくるのを待って、行動するより他ない。

 もし一人で部屋を出ようものなら、即座にそこらの魔物に絡まれ、玩具にされた挙句に、ついうっかりで殺されかねない。


 皇国の国主には一切の自由も権力も存在しなかった。




  ・


  ・


  ・



「……」

 レインが連れて来られたのは、砦から東に出た何もない野原。

 といっても緑が一切なく、禍々しい樹木がちょこちょこ生えている薄紫の野原と、相変わらずの暗い暗雲立ち込める空の下だ。晴れやかな気分になる外出先ではない。



 用意された椅子に座らされ、観戦させられるは魔物と捕虜兵士の模擬戦という名の殺し合いだった。



「皇女様の御前である。双方、奮起奮戦せよ―――では、始め」

 魔物執事がそう号令を出した瞬間、


 ワァアアアアーーーーー!!!!


 捕虜の兵士達、およそ300人が必死の形相で走り出した。

 それを迎え撃つは、居並ぶケンタウロス100体ほど。


 いずれもニタニタと余裕の笑みを浮かべ、必死に迫って来る人間達を面白そうに見ながら、武器を構えすらしていない。


「(この模擬戦に勝てたら解放する、などと言われているのでしょうね、きっと……)」

 かつての自分と同じ兵士の同僚達―――彼らの実力がどれほどのものかは当然、レインは知っている。

 そして同時にケンタウロス達の実力も、レインと化してから今日までの間に、嫌というほど理解させられ、知っている。




 なので、目の前の仕儀は模擬戦などではなく、模擬戦という名を借りた―――




ズバッ、ドグチャッ、ブシュッ、グチャッ、ドゴオッ、ゴヂャッ




 ―――ただの処刑だという事も、始まる前から理解していた。


「―――!」

 思わず顔を背け、両目を閉ざす。

 兵士だったからこそ、戦いに死は付きものであり、それはたとえ模擬戦であったとしても、時には死傷者は出るものだと理解はしている。


 だが、これは模擬戦ですらない。

 圧倒的に力量差があることを理解している、一方的に残酷な暴力でしかない。

 フェアな勝負などではない、魔物達の愉悦のための残虐ショーなのだ。



「……そこまで。結果、人間どもの生存者はゼロ、ケンタウロス部隊は脱落者なし。よってこの模擬戦、ケンタウロス部隊の勝利とする」

 馬鹿馬鹿しい。

 分かり切っている結果と仕儀に、わざわざ模擬戦などという体裁を虚飾してまで趣味の悪いごっこ遊びに興じるなんてイカれている。


 魔物だから人間と感覚が違うのは理解できるが、だからといって悪趣味な真似をするのは一体何なのか。


「―――……、っぅ」

 目を開いたレイン姫の視界に距離は離れているとはいえ、かつての同僚達の無惨にもバラバラになった、1人も原形をとどめない死体の散乱している様が映る。


 強烈な吐き気が駆け上がってきた。


 何とか堪えながらも不意に再度向けた視線が、その場に転がっていた誰かの目玉と合ってしまい、彼女の足先から頭のてっぺんまで、全身が冷たくなっていく。






「それでは姫様、城へと戻りましょう」

 魔物執事に促され、椅子から立ち上がるもその足取りはおぼつかない。

 何か、一番活躍したというケンタウロスが前までやってきて臣下の礼的なことをしていたような気がするが、彼女の意識はグラグラで、半分失神していたかと思うほどハッキリと覚えていない。


 ただようやく、この凄惨な場から遠ざかれるという安堵感で、その意識をギリギリ呼び戻せているような感覚だった。



  ・

  ・

  ・


「かなり心にキていると思わレますガ、大丈夫なのデしょうか?」

 砦の守護責任者たる魔物が、遠目から今日一日レイン姫の様子を観察し続けていた “ あの方 ” に問いかける。


 レイン姫は曰く “ あの方 ” にとって実験の大成功たる成果だと聞いている。なのに大事にするどころか、まるで彼女の精神をわざと苦しみ悩ませようかという仕儀ばかりを行わせているのだから、その疑問は当然だった。


「うふふふ。……そうねぇ、レインちゃんには “ 本物 ” になってもらうつもりなのよぉ。だから、そのために苦悩させる必要があるの、フフっ」

 楽し気に語る “ あの方 ” の言わんとする事は、知能が高まった今の自分でも理解至れない。

 魔物はさようですかと言うにとどめ、それ以上は自分の理解及ばない話なのだろうと納得し、深く聞こうとはしなかった。



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