第499話 東へは道中も警戒を欠かせません



 僕は途中までとはいえ、今回は現世に生れて東への最長記録となる遠出だ。

 やはり少しばかり緊張はある。


「(まだ東端の国境から遠い位置で折り返すといっても、東に行けば行くほど道中、魔物が襲ってくる可能性も高まるかもだし、気を引き締めていかないと)」

 今回はヘカチェリーナすら同行していない。

 久々に、僕の関係者になる女性を1人も伴わない行動だ。いくらハーフ・ヴァンピールのヴァウザーさんがいると言っても、油断はしないようにしなくっちゃ。




「そういえば、よろしかったのでしょうか、オフェナさん?」

「ん? 何がだぞ、殿下??」

 今回、メイレー侯爵の差配で、僕の馬車にはヴァウザーさんとオフェナさんが同乗している。


「いえ、僕の護衛についてくださるのはありがたいですが、貴女は本来、メイレー卿の護衛ではないのかな、と思いまして」

「ああ、それなら大丈夫だぞ。侯爵がオフェナに期待してるのはアタッカー……元より自分のディフェンスをさせようなんて思ってないんだぞ。オフェナは、敵が現れたら守りにつかずに速攻でぶちのめしに行くのがお仕事なんだ」

 そう言って、小柄でか細い腕を振り上げ、グッと力を入れて見せる。

 途端に、直径5cm程しかなかった彼女の腕が、ドンッと5倍くらいに膨張した。


「すごい……なるほど、その巨大な戦鎚ハンマーを軽々扱えるのも道理ですね、頼もしい限りです」

 恐らく、見た目の膨れ上がり以上に中の筋繊維の密度は高い。

 同じ太さの筋肉を持つような人間の男性よりも、遥かに力強そうな迫力が、その膨らんだ腕から感じられた。


「へへ、オフェナに任せるんだぞ。殿下を狙ってきた敵は、オフェナが即ぶっ飛ばすから、殿下の守りはヴァウザーのおっちゃんに任せるんだぞ」

「お、おっちゃ……ゴホン、ええ、もちろんです。お任せくダさい」

 オフェナさんには悪気はないんだろうけども、おっさん呼ばわりはヴァウザーさん的にはちょっと気になったらしい。


 実はヴァウザーさん、意外にも見た目で年とって見えるのを気にするタイプなのかな?



「―――っ。言ってるそばからおいでなすったのぜ殿下、おっちゃん」

 オフェナの雰囲気が一瞬でガラッと変わった。


 真剣な時のアイリーンほどじゃないけれど、似たような戦士の緊張感が醸し出され始める。


「オフェナが飛び出した後、おっちゃんは馬車の周囲を注意していて欲しいのぜ」

「わかりましタ。ではこちらを持っていってくださイ、携行しやすいポーションです」

 小さな皮袋。本来なら水や酒を入れる用だ。

 確かに激しい戦闘になると、ガラス容器じゃ割れてしまう。


「ありがたく貰っていくぞ―――来た、じゃオフェナ、ぶちのめしてくる!」

 オフェナさんは軽々と愛用の戦鎚を持ち上げて、走る馬車を飛び出していった。



   ・


   ・


   ・



 それから5分後。


 ワァァァ………


「同じ場所に固まらない、もっと広がる! 適度に間隔を開けて戦うんだぞ!」

 オフェナが敵と対峙しながら、護衛の兵士さん達に声を飛ばす。


 襲って来た魔物はレッグリフター。どういう原理かは分からないけど、普段はダックスフンドみたいに短足な四足歩行なのに、戦闘時にはその足がグングン伸びて、全高5mくらいになるという魔物だ。


 しかも簡単に砕けそうに見える足は、オフェナの全力の戦鎚で殴っても、軽くよろけるだけという丈夫さ。

 加えて高く上がった場所から、標的を狙って散弾のように酸液を口から撃ってくるので、固まって行動すると一網打尽でダメージを受ける。




「……不動の頑丈さで倒そうと群がってきた相手の攻撃をしのぎ、その群がってきた所へ一息に酸によるダメージを与える……攻守が上手く絡んでいる魔物ですね」

 馬車の中から、魔物の様子を観察する僕。緊張感や危機感がないわけじゃないけども、守られる立場なので今は観察するくらいしか出来る事はない。


「ああいったタイプの魔物は落ち着いテいる事ガ多いデスね。その戦い方は厄介デすガ、下手に暴れ散らかさナい分、冷静に対処デキれバ、時間はかかりマスが確実に対応可能でショウ」

 ヴァウザーさんの見立ては正確だ。問題があるとしたら、襲って来たレッグリフターは1体ではなく8体の群れだという点。


「(護衛の兵士さん達の人数とレッグリフターの数……オフェナさんの1撃でさえ、倒れる事がない魔物。これはちょっと長引くかもしれない)」

 倒せなくはないだろうが、簡単にいく相手や状況とも言い難い。


 護衛の兵士さん達の指揮を取っているメイレー侯爵もその事を分かっているみたいで、取らせている陣形は、レッグリフターに対応するものかつ、長期戦も視野にいれた前後の入れ替わりがしやすい、隊のローテーション戦を意識したものだった。


「こうなってきますと、メイレー卿も意識はしているでしょうが、他の方向にも気を付けておかなければなりませんね」

 そう言って僕は、馬車の反対側によって窓の外を見る。

 もちろんそっちにも護衛の兵士さん達はいて、別方向への警戒に当たってくれてはいるけれど、数はやはり少なめだ。


「はイ。限られタ兵数でハ、どうシてもどこか手薄にナルものデス」

 そう言いながらヴァウザーさんも後ろの窓から外を見て、更なる脅威の接近がないか、注意していた。






「(うんうん、良いことだ。どれ、ここは二人に倣って、叔父さんも注意しとくかねっと)」

 御者の兵士―――に扮してちゃっかり王弟の近くにいる変装名人のアルトワールは、二人を見習い、初心に帰る気持ちであからさまに周囲をキョロキョロして危険がないか警戒する素振りをした。



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