第487話 しつこく信じられる薬です




 重傷を負いながらも撤収に成功したペイリーフは、彼の個人的な隠れ家で静養していた。




「(くっ、まさかこのような手傷を負う事になるとは……この私としたことが)」

 えぐられた左腕と貫通した右肺。

 普通なら致命傷間違いなしだが、彼には治癒魔法がある。とはいえ……


「ゴホッゴホッ! ……く、う、まだまだ完治にはかかりますか……」

 独自に古代魔法を研究し、治癒においてもそれなりの魔法を駆使できるものの、それでもここまでの深手だと一瞬で治すなどと都合のいいようにはいかない。


 身体の表面であれば治癒魔法+傷薬の相乗効果が見込めるが、内側深くを傷ついているとなるとそうはいかない。

 特に薬の類は、内臓の傷に届くような効果的なモノはいまだ存在しないからだ。



「(古代薬学も手を出しておくべきでしたか……それにしても、忌々しい)」

 左腕を傷つけた者は不明だが、肺を貫いた相手は分かっている。


 王国の王弟妃であり、妃将軍であるセレナーク=フィン=ヒルデルト。

 軍人として優秀、かつ将器もある。人間の女にしては優れていると言えるだろう。


「く、くく……この傷の恨みは忘れませんよ、決してね……ゴホッガホッ!!」

 感情を荒げようとすると、途端に肺が痛む。

 そのたびにペイリーフは治癒魔法を行使し、顔を歪ませながらもケガの治療に専念した。



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「やはり、薬の問題は大きいですか……」

 僕は並んだ様々な “ 薬 ” を前に、難しい顔を浮かべる。


 ルヴオンスク包囲網のために緊急で編成した軍を解散させ、兵士さん達への恩賞を出し終えた後、各戦闘での被害や現場での兵士さんの治療および使った薬の類についての報告書を確認した僕。


 直後にクーフォリアにお願いし、現在ルクートヴァーリング地方内で用いられている薬を全種類用意させ、その前で悩んでいた。



「殿下、何かご不備がございましたら、すぐに―――」

「いいえ、これで大丈夫です。ただ……現在の薬事情に、少し不安を覚えただけですから」

「薬事情、でございますか」

 僕とチョメチョメする時以外は、本当に事務的というか機械的というか、クーフォリアは本当に模範的な良いメイドだけど、お硬い。


 僕は無言で彼女に近くにおいでと彼女にジェスチャーで促すと―――


「あっ、殿下!? お、お戯れを……」

 彼女の体に抱き着いて、座っている僕の上に座らせ、しっかりと抱き着いた。

 一瞬で肩さが取れ、嬉しいけれど同時に困惑もしている感じが可愛い。


「見てください、この粉薬はただ雑草を煎じただけ……しかも薬効がほとんど確認できていないモノを、です。そしてこちらの液薬の中の実は確かに薬の効果はありますが、堅い殻付きのまま水で煮込んだだけなので、薬効がまったく液体に溶け出していません」

 ルクートヴァーリング地方で普段からよく用いられているという薬、およそ30種類のうち、実に26種類は使用しても薬効なし。

 残り4種に関しても薬効はあれど効果が微弱だったり、有効性が極めて狭い症状などにしか効かないようなモノだったりと、酷いモノだった。


「お、お詳しいのですね、殿下??」

「はい、日頃から勉強していますので―――僕としては、この薬の現状は嘆きたくすらありますね」

 きわめて原始的な民間療法……それがこの薬事情の元凶だ。


 野に生えてる草を服用し、腹を壊したりしたら毒、なんか調子よくなった気がすると思ったら薬、っていう超曖昧かつ少数事例だけをもって決めつけられた結果、生まれたのがこの薬たち。


 きちんと検証を行ってもいないようなモノを、昔から効くと言われているというだけで、薬と信じ込んでいる。

 そしてその信じる気持ち――― “ 効く薬を服用してるから大丈夫 ” という精神への働きかけが、身体に作用している事もこの世界の人たちは知らない。


 病は気から……要するに、薬効なんて一切ない小麦粉を、薬と言って飲ませても、改善効果が見られる事があるプラシーボ効果を、飲んだ薬に効果があると信じているがために、成立しているだけに過ぎない。



「王都など中央に比べ、地方ゆえにこの状況は致し方ないとはいえ……どうにかしていかないといけませんね」

「あの、殿下……そう言いながら、その……私の胸をまさぐられましても、あぁっ」

 抱き寄せているクーフォリアの身体をまさぐりながら、僕は改善案を考える。


 当事者だけの秘密とはいえ今、エルネールさんのお腹にいる子も僕の子だ。

 いずれこのクーフォリアも身籠るって事も考えると、やっぱりイザっていう時のために命を守る医療・薬の現実は、向上させていきたい。


 特に外傷以上に遅れていう内側の怪我や病気に効くような薬は、早急に広く出回るように―――




「――おっと、すみません。深く考え事をしてしまいました。大丈夫ですか、クーフォリア?」

「はー、はー、はー……もう、殿下……こんなにもお可愛らしいですのに……はぁ、はぁ……罪な御方です……はふ、……ぅ」

 無意識のうちにまさぐりまくってたけど、ちょっとやりすぎてたみたいだ。完全にお風呂でのぼせたみたいになってるクーフォリアさん。


 僕は彼女に口付けしてスイッチを入れ、今考えていたことを全て頭の隅っこに寄せて思考を一時中断した。



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