第486話 企業幹部は挑戦に難色を示します




 大きな街道は石畳いしだたみなんかが敷設され、それなりに整備されてる。けど裏を返せばまだその程度だとも言えるわけで……




「ルクートヴァーリング地方は、主要街道でさえ土削りの道ばかりだからね」

 名代領主に赴任するに辺り、リジュムアータがまず挙げたのが “ 道 ” の問題だった。


「ですが道路舗装はお金がかかります。ルクートヴァーリングにおける一番の街道は南北に走るこの道ですが、舗装するとなると相当な距離になってしまいますよ」

 僕が地図で示した街道は、この地方のほぼ中央を駆けあがるように南北に伸びた道だ。

 一番のメイン道路であり、逆にこの道意外に往来の主流となる道はない。

 舗装整備を行う対象はこの1本だけになるんだけども、とにかく長いんだ。


「すごいお金がかかりそう……リジュちゃん、そんなにお金の余裕はないと思うよ?」

 シェスクルーナが不安そうに提言する。彼女も資料を見ているので、現在のルクートヴァーリング地方の財政がどんなモノかは知っている。

 さらにエルネール夫人もそこに同調した。


「亡き夫コロックも、そのところは気にしてはおりました。何せこの街道……南はこの地方を抜けましたなら、そのまま王都へと通じております故、領内の舗装はどうにかやるべき事業―――ですが資金の問題は重くのしかかり結局、計画を組むことすらままなりませんでした」

 現時点で不便がある、というわけでもない。

 確かに土剝き出しの道よりかは馬車などの通りが良くなるので、移動速度や運搬安定性の向上から、往来が増えることは期待できる。


 ……けどそれだけだ。


 効果に対して、かける費用が見合わない。

 石の切り出しから加工、道の整形と石タイルの敷設……時間も人手もかかる。



 けどリジュムアータはニコリと微笑む。何となく含みある笑顔は、我に策ありって感じだった。



  ・

  ・

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「せりゃああああああ!!!」


ガキャァンッ!! ビキッ、バキンッ!!


「殴る時にもっと腰を落としてー。まだ腕だけで振ってる、それじゃあ威力は乗らないからねー!」

「は、はいっ、アイリーン様っ!」

 みすみす目の前で、エルネールをさらわれた事がよほど悔しかったのか、アイリーンは自警団の兵士に金棒を持たせ、全力で岩を殴らせるという特訓を施していた。


 重い武器で硬い標的を攻撃させる事で、1回の動きへの集中と筋力強化、全身を使う事でのバネの強化などを見込んだ訓練らしいんだけども……


「アイリーン様、どうですか?」

「リジュちゃん、それに旦那さまも。うん、いっぱい貯まってるよ、あっちにまとめてるから、また持って行かせるねー」

 そう言って指さすアイリーン。その先は訓練場の隅―――何やら大量に積み上げられている木箱があった。

 一番上のフタがされてない箱から、灰色のモノが見える。


「砕けた岩の破片……?」

「そうだよ殿下。これを利用しようと思っているんだけどね、……殿下はどう思うかな?」

 まるで謎かけでもするように問いかけてくるリジュ。

 兵士さんの特訓を利用して岩を砕く人件費をゼロにしているのは分かる。じゃあそれで砕いた岩の欠片をどうするかと言えば……


混ぜて固める・・・・・・―――ソレを地面に敷く気ですか、漆喰のように道を塗り固める……みたいな??」

「うん、正解。さすがだね殿下、ボクの考えをすぐ理解してくれて嬉しいよ」

 僕がそう考えたのは、前世のアスファルトやコンクリートを知っているからだ。

 確かに、道の舗装と言えば石タイルを敷く方法を取っているこの世界の常識しかないと、ちょっと斜め上の発想かもしれない。


「……ですが、そう上手くいきますか? ここにある岩の破片は確かに大量ですが、それでも1km程度の分量に届くかどうかだと思われますし、何より漆喰のように上手く固まるよう、できるものでしょうか?」

 この岩の破片だけではもちろんコンクリートのような液化状態には出来ない。それに、一度液化して固まるようにできるのかが半信半疑だ。


「今回は、あくまでも試行錯誤の一環でやってみる形だよ。上手くいけばより多くの材料の算段をつける次の段階に、上手くいかなかったら別の手段を考える方向に切り替え……今までにない考えは、とにかく試してみない事には分からない事が多いからね」

 その意見には激しく同意だ。

 前世じゃあ、企業とかは失敗による損失をおそれて、企業の偉いさんらは確実に売り上げが出る、って納得できるプランじゃないとなかなかGOサインを出さなかった。

 だけど試験・試作・研究・検証・実験などにワークソース労力資源や資金を投入できなければ、新しいモノも進化することもできない。


 そうこうしているうちに競合相手に追い抜かれ、気付けば技術差や遅れを生じさせ、企業そのものが傾くことすらある。


 保守保持に傾倒し、確実性ばかりを追い求めると進化はない。

 だからといって革新改革に力を入れ過ぎても、資金体力が低下して安定性を失い、墜落する。


「(どちらに傾きすぎてもいけない。この辺りのバランスはすごく難しいところだ。けど―――)―――分かりました、とにかくリジュのアイデアを試してみましょう。まだ名代領主ではありませんから、領主である僕の責任で許可します」

 石造りの壁を塗り固める技術はこの世界にもある。主に軍事拠点の防壁の表を固めたりする必要性のある建築物へと適用するものだ。


 発想としてはソレを地面に行うというものだけど、下地が石か土かの差がある。

 それに材料も道路と建築物じゃ必要量がまるで違う。


 まったく同じようにはいかないけど、上手くいけば道路舗装に一石を投じることになるだろう。



 僕はリジュが実際にどんな風にする気なのかをアレコレ予想しながら、砕けた石の欠片を1つ手に取り、何気なく眺め続けた。




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