第472話 勇気を出してまで大罪に走る理由です
――――――マンコック領内の町、イーヴォ。
「なるほど……その密かに建設されていたのは、城塞都市と呼べるほどしっかりとしたものだと」
到着後、さっそく僕は詳しい状況を聞いていた。
「ええ、この目で見た限りですと、頑張れば1万人は住まわせられそうなほどの広さはありました。まだ誰かがお住みになっているという様子はありませんでしたけれど、
クララの言う通りなら、建設されたのはほぼ町といっていいレベルの場だと言う事になる。
各下領は、このルクートヴァーリング地方の領主である僕が委任しているという形のもとに統治を許されている構図だ。
なので領内における自由裁量はご当地領主にはかなり認められてはいるものの、当然勝手にはできない事だってある。その内の一つが “ 新たな町や村の建設 ” だ。
「(通常、そういったモノを建設する場合、
先祖代々で長年、当地を下領として統治させてもらってきたマンコック家に、それが分かっていないわけがない。
つまり、怪しいことを企んでますよと言ってるも同じだ。
「……何のために建設されたかまでは、まだ判明していないのですね?」
「はい、残念ながら建物の建設に携わった方々にも、理由は話されず、多額の報酬を支払うことで追求はさせなかったようですの。ですがその建設に関わった方の中に、コダのお知り合いがいたらしく、そこから現在分かっている情報が得られた次第ですわ」
狩人のコダ。結局彼は何のためにこの3下領とエルフの間を動いていたのか、その真意は今一歩掴めないでいる。
「クララが聞いた通り、コダの狙いがこの地域の旧態な権力基盤の破壊にあるとしましたら、コダ自身は何か、その辺りに
「つまり、相変わらず怪しいワンワンってことですね!」
うん、それはそうなんだけどワンワンって……まぁアイリーンらしい表現の仕方だけど。
「変わらず気を抜けない相手、という事には違いないですね。それよりも今は、マンコック家の動きの方です。エルネールさんの所在はある程度は判明してはいますが……」
「それにつきましては、殿下がご到着なされる少し前に、新しい情報がございましたの。こちらですわ」
そう言って、クララが折りたたまれた紙を渡してくる。
開いた紙面には、エルネールさんが当初の場所より移動させられ、今話していた新たらしい城塞都市に連れていかれた事が書かれていた。
「新設の都市に立てこもるつもりでしょうか? あるいはバン=ユウロスのように、独立宣言でも出そうとでも言うのか……」
「ルヴオンスクの失敗の例を知っているはずですし、それはしないとは思いますが、可能性としてゼロとは言い切れませんものね」
とはいえクララは、あのスベニアムがそんな手を取るような気はしないと付け加えた。
何度が直に話した印象は、冷静で思慮はそれなりにあれど、そうそうと大それた事が出来る胆力のない人物だったという。
「(大それた事が出来ないような人物……けど、現実には名代領主の妻っていう立場にあるエルネールさんを誘拐させた。何かうまくかみ合わないな……)」
あるいは、その大それた事をしなければならない “ 理由 ” がスベニアムにあったのかもしれない。
でなければ、無断で密かに要塞都市を建設し、自分よりも上位の貴婦人を誘拐などという行動には出ないだろう。
と、なると問題になるのはその “ 理由 ” が何か、だ。
「胆力のない人物が大それた事をしでかすとなると、理由として何が考えられると思いますか、クララ?」
「理由……うーん、そうですわねぇ……。やはり自身の栄達や利益、などといったところではないでしょうか?? マンコック領は北端3下領の中では比較的マシとは言いましても、辺境の小粒な地では富貴に良しとはお世辞にも申せませんし」
もしそうだとすると、その得られる栄達や利益の見込みは、相当なモノだということになる。
出なければ胆力に欠ける男が、身を滅ぼすことになりかねない賭けに打って出るような真似は、とてもじゃないけどできはしないだろう。
「スベニアム、あるいはマンコック家がエルネールさんを誘拐して得られる利……普通の考えでは見えてこない何かがありそうです」
答えが判明しないのは、たぶんまだピースが足りないんだ。
僕達が分かっていない何か―――それは分かっている事からじゃ推測できないようなモノなんだろう。
コンコン
『失礼致します、殿下。お手紙が届いておりますが、いかが致しましょう?』
扉の先で、兵士さんが少し困ったような声色で告げてきた。
「差出人は?」
『それが……かなり荒い文字でして、おそらくですが “ ナジェル ” という人物かと思われますが、宛先は殿下をご指名しております。御心当たりはございますでしょうか?』
ない。
だけど、荒い文字、というところで僕は少しピンッとくるものがあった。
「いえ……ですが受け取りましょう。もしかすると、もしかするかもしれませんので」
荒い文字、ということは手紙を書いた人物は、恐らく学の低い者だ。
前世の識字率と違って、この世界の識字率は低い。貴族ですら稀に、文字が読めずに代読者を常時引き連れているような者すらいるほど。
そして学が低い、差出人の名に思い当たる者がいない、にも関わらず王弟である僕宛てで、このタイミング―――そこから考えられる手紙の差出人のナジェルは、マンコック家に仕える人間で手紙は僕への密告者、という可能性が高い。
「(さてさて、手紙の内容は決定的なモノになるのかどうか……)」
汚い字で書かれた差出人名を一瞥しつつ、僕はゆっくりと紙を開いた。
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