第471話 最胸夫人と彼女を求める大亜人です
暗く冷たい石造り。無理矢理に貴賓の寝室のように仕立てたかのようなその部屋は、まるで熱を感じない。
自分が今、どこにいるのか知ろうと見回していると、ようやく自分の身体が拘束されている事を理解しました。
「……それで彼は、私を1人にして退室したのですか」
とても自力で拘束を解けそうになし。
単純な縛り方ではなく、複雑に身体の凹凸を利用して回されているロープは、何か所が切れたとしても、まるで解ける気がしないほど、しっかりと私の身体に食い込んでいます。
「(あの時―――あの人の死の直後、窓を割って飛び込んできた者に……それから……)」
部屋の中をどんなに見回してみても、自分の現在地がわかりそうなものは見当たりません。服装もあの時のまま。
とはいえ一つだけ情報はあります。
それは、あのナジェルが私が目覚めるまでの間、見張っていたということ。
「(ナジェルのバックには、確かマンコック家がついていたはずですから……、その息のかかった場所……それとも、気を失っている間にマンコック領内まで運ばれた可能性もありえますね……)」
普段はのんびりとしている私ですが、さすがにこの緊急事態ですから、落ち着いて冷静に状況を確認し、できること、やらなければならないことを見出すことに努めます。
「(前世の記憶がお役に立てられたならよろしかったのですけれど……生憎と、こういった事は経験してませんし……)」
縄抜けという知識や技術があることは聞き及んではいますが、残念ながら私自身は前世にも今世にもご縁はありません。
ですので、まずこの拘束は解けない。その前提で考えなくては。
「(そうなりますと、マンコック家が犯人といたしまして、私を誘拐させた理由が何なのか、それが問題でしょうか……)」
命を奪おうというのであれば、悠長なことは言ってはいられません。
ですがそうでないのであれば―――
ガチャ。ギィィィ……
「やあ、エルネール夫人。お久しぶりですね」
「! ……お久しぶりですね、スベニアムさん。このような再会では大変に遺憾ではございますが」
「はは、意外と手厳しい。それも無理からぬことですか」
ナジェルを伴って入室してきたのは、スベニアム=ヌーマ=マンコック、現マンコック家の当主。
確か、かつての結婚相手決めの場にも、まだ少年とも呼べるような年頃の彼がいたと記憶しています。
その後も政治的なあれやこれやで、回数こそ少ないものの
「
毅然と振る舞うのはあまり得意ではないのですが、怯えて下手に出て相手に調子づかせるのも良くないことでしょう。
私は頑張って気持ちを強く持ちながら、スベニアムに問いかけます。
「それは、僕の口からは何とも答え難い質問ですね」
「? ……無理矢理に、私をご自身のモノになさろうという事ではないと?」
「フッ、確かに普通、この状況ではそのような目的だと思われるでしょう。ですが、残念ながらハズレです、ご夫人。確かに貴女は、大変に魅力的な女性であることには間違いないですが」
要領を得ない答えがもどかしいですが、焦りは禁物でしょう。
私はじっとスベニアムを見据え、私を誘拐したその意図を無言で問いかけます。
「これから、その答えを持つ御方のところへと案内いたします。お聞きになりたいことは、その方に問われるのがよろしいでしょう……おい、夫人をお連れしろ」
「……かしこまりました、スベニアム様」
その扱いを見るに、ナジェルはいまだ、マンコック家の
かつて自分を襲った際も、後にマンコック家がアルシオーネ家に潜入させていた下男だという事は、アルシオーネ家の調査で判明していましたが……
「(まるで、呪縛ですね)」
あるいは、私を穢したことが唯一、彼自身の意思による意欲と行動だったのかもしれません。だからといって正当化される事でもありませんし、私も彼を
・
・
・
縛られたまま、馬車に乗せられて移動すること1時間ほど……
真新しい、人のいない町のような中を走っているかと思うと、ひときわ大きな屋敷に馬車は到着し、私はその中へと連れられて入りました。
「(……? 何か、不思議な……造りのお屋敷……ですね??)」
何もかもが、普通よりも一回り大きく作られているような、奇妙なお屋敷。
巨人のお住まい、とでも形容すればよろしいでしょうか。
「エルネール夫人。最初は驚かれるかもしれませんが、見た目よりは気さくな御方ゆえ、ご安心ください」
そう言葉にするスベニアムですが、隠しきれない緊張を抱いているのがよく分かります。
やはり普通よりも大きな扉の向こうにいる者は、それほどのお相手、という事なのでしょうか……。
ギィィィィィイイ……
両開きの大きな扉が開き、その部屋の奥にいる者の姿が見えてき―――
「―――?!」
『よくぞ来た、我の妻にして母となるモノ、エルネール。……フフフ、さすがに驚くは無理もない……我は人ならざる姿ゆえ』
巨大な亜人―――ですが、何故か不思議と、かなり人に近いような印象です。
この感覚には既視感も感じる……そう、まるであの人の―――
『コロックと同じようなものを、我からも感じるだろう? さも当然……我も奴も、はるかな昔、魔物であった頃より転生を繰り返し、人に近づきし魂の者であるからな』
全身がざわつきます―――何か嫌な、とても嫌な感覚が私を包み込んでいくような気がしました。
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