第473話 “ 子 ”を巡る思惑です
――――――マンコック城塞都市、 “ 守護神 ” の屋敷。
「 “ 守護神 ” 様、エルネールを部屋へと案内してまいりました」
『ご苦労……そして手柄であったな、スベニアムよ。いかにコロックの命脈が尽きるとも、このように早くエルネールを手に入れてくるとは……加えてこの、我のサイズに合った住まいを、よく用意していたものだ』
素直に賞賛と感心を示す一方で “ 守護神 ” は、どこか不安げな様子を見せている。
「何か他に必要でしたら遠慮なく―――」
『いや、もはや十分よ。エルネールが手に入っただけでも
その点については本当に心からそう思っている。
しかし懸念は2つあった。これほどの建設事業を行ったことと、エルネールを円満に獲得できたのかどうかという、スベニアムに対する不安だった。
『(下手に事を荒立てては、 “ あの女 ” の耳に届くやもしれん……そうなれば、我の長年の忍耐も水の泡だ)』
スベニアムは献身的ではあるが、どうにも若く青い雰囲気が抜けない。
“ 守護神 ” は、そこに一抹の不安を覚えてならなかった。
「ところで “ 守護神 ” 様、御所望のエルネールを手に入れたわけですが、彼女を一体どのようになさるのでしょうか?」
スベニアムは、エルネールを欲していることしか知らない。彼女を一体どうするのか、具体的に欲する理由をいまだ聞いた事がなかった。
すると問われた “ 守護神 ” は、ふむと一息ついてから、ゆっくりと口を開く。
『エルネールは、我が子を身籠ってもらう女。そして我は彼女より生まれ出る……それが唯一できる女だ……』
「???」
見た目に反して、割と誠実な “ 守護神 ” ではあるが、珍しく嘘をついた。
正確には、エルネールが
『( “ あの女 ” から生まれ直したくはない。何を考えているのか分からぬ “ あの女 ” は、危険すぎるからな……)』
生まれ直した後は赤子からのやり直し。
何も知らないエルネールならばまだしも、明らかに意図してソレを行っているであろう “ あの女 ” の手に、無力な状態で我が身を委ねることなど出来ようはずもない。
何より、もう殺されるのはまっぴらだ。
もっと苦痛なく生まれ直すためにも “ 守護神 ” は、人外とは思えないほど高まったその知性を頼りに、エルネールを孕ませつつも上手く自分の魂をその孕んだ子に移せる方法を編み出そうと考えていた。
『難しく考える必要はないぞ、スベニアムよ。我はエルネールを抱く、そして子を孕ませる……まず行うはいたってシンプルな交配である』
「は、はぁ……」
まずは、エルネールに何人か自分の子を産ませる。その過程で自分の魂を移せればよし、移せずに子の魂が別途宿ったならばそれもよしだ。
子を成せば、エルネールも自分の元から逃げるのは難しくなるに違いない。とにかく手元に抱き続ければ、この先いくらでもチャンスがあるだろう。
『くれぐれも、丁重にな……勿論、逃がしてしまうなどという事は、あってはならんぞ、スベニアムよ』
「はい、それは分かっております、お任せください」
・
・
・
「あの化け物の狙いは……、貴女に子を孕ませること……です、お嬢様」
「そうですか」
年を重ねたからか、ナジェルの唇の発色は黒褐色肌に侵食されでもしたかのように赤味が弱く、震え紡ぎ出される言葉と連動しているかのように色あせている。
おぞましい事だと思っているのだろう。あの人外の巨亜人がエルネールを子作り目的で犯そうとしている事に。
だが逆にエルネールはさほど怖れを抱いてはいなかった。むしろ “ 子作り ” が目的ならば、まだ安堵できるからだ。
「お話の内容、
ただ性の快楽を求められた場合、犯し殺される可能性もあっただろう。だが相手が望むのは、自分の子を孕ませ、産ませることだという事が分かった―――つまり少なくとも命は保障され、かつ大事にされるということ。
なぜわざわざ誘拐してまで、人妻の自分なのか? という疑問は残るものの、エルネールは比較的楽観していた。
「お嬢様、お逃げくださいっ、あのような化け物にお嬢様を穢させるなど―――」
「貴方がソレをおっしゃる資格……あるのでしょうか?」
エルネールは嫋やかに、しかしらしくはなくとも貴族夫人としての威厳を頑張って醸し出しながらピシャリと言い放つ。
途端、ナジェルは言葉に詰まり、力なくうなだれた。
なにせかつて性欲に負け、快楽を貪るべく暴走してエルネールを押し倒し、穢したのは他でもないナジェルだ。
まだ大事に扱おうという姿勢のあの巨亜人の方が、それと比べて遥かに紳士的だろう。
「……私は、私めは……っ、たし……かにっ、私めは罪を、つぐないきれない罪を犯しました! ですがっ、私は……私はっ、お嬢様に……っ、あんな化け物の……慰み者になどなって欲しくはないんですっ」
軽く嗚咽混じりに、そして数滴涙を床に垂らすナジェル。
その言葉からは、ウァイラン家に嫁ぎ、人妻となってからも彼女の幸せを願った一人の男の感情が強く感じられた。
「一つ、認識を間違っていますよ、ナジェル」
「え……」
エルネールは、まるで子供を諭すように言葉を紡ぎ出す。
「貴方の行いは確かに罪です―――ですが、その結果まで罪であるとは思いません。……でなければ、
過程は褒められたものではなかった。身籠った事で一時、人生の波が荒立ったのも事実だ。
しかし、生まれてくる子自身にとっては、その全てについてどうしようもできない事……エルネールは不意に、窓の外の空を見上げる。
あの子は今頃、どこで何をしているのでしょうと唯一の娘―――ヘカチェリーナに思いをはせた。
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