第455話 嗤う鬼畜外道には味方も捕虜もありません




 セレナが先行して送った追撃部隊500名は、最悪の形でトーア谷の中にいた。


「ぅうう……」「ぐぅうあああ……」「ぐ、おぉおお……」


 苦しそうにうめく兵士達。誰もがボコッと身体の一部を不自然に肥大化させている。




「ふーむ……この強化の仕方ではこうなりますか……やはり専門の設備もないところでは、良い結果は得難いものだ」

 ペイリーフは、まるで無感情にそう言い放つ。


 そんな彼に対し、魔法の壁の中にいるエルフ達は完全に凍り付いた、恐怖の視線を向けていた。


「(嘘……だろ?)」

「(……狂って、やがる)」

「(ペイリーフ、あんなヤバい奴だったのか……)」

 王国軍の追撃の手である兵士500が後方に現れた時、エルフ達は正直にいえば喜んだ。

 本来なら敵である追手の出現に絶望するところだが、同胞を実験動物扱いし、ロイオウ領側へと無情に放ち、戦わせるこの狂った同胞ペイリーフを倒してくれたらと、皮肉なことに希望を抱いたものだ。


 ところがペイリーフは、エルフ達でも見た事がないような魔法の数々であっさりと500の軍勢を抑え、捕らえ、そして実験台が増えたと喜び笑ったのだ。


 500人の兵士たちは次々と何かの魔法を施され、苦しみ出した―――本気で命を一切尊ぶ意志がない所業と、まったく悪びれていないその態度。


 エルフ達はゾッとして只々ただただ戦慄するしかなかった。



「では、こういう事をやってみるとどうなりますかねぇ?」

 今度は一体何をやる気なのか……そう思って見ていると、兵士の一人の肉体がボコボコと、まるで沸騰した熱湯の水面のように泡だち、それがおさまったかと思うと―――


「う、う゛、ぉンぁあおうぁあああいうあうああうううううあおぉおおおっ!!」

 髪がすべて落ち、全身の筋肉こそ肥大化してはいるものの身体はあちこちが歪化した男が、鎧や服を打ちより弾き飛ばして暴れはじめ―――


「え……?」

 魔法の壁の向こう、女性エルフの前へと一瞬で送り込まれた。直後、閉ざされたその空間は阿鼻叫喚に包まれる。


「いやぁあああーーーーー!!?」

「ひぃいいっ!?」

「やめろコイツっ、やめろっ!」

「お前はペイリーフに操られているだけなんだ、やめろ人間、正気に戻れー!」


「無駄ですよ。クック……どうです、老害どもの教育を鵜呑みにし、毛嫌いしていた人間に襲われる気分は? そして成す術なく蹂躙される感想は?!」

 ペイリーフは高らかに笑う。


 魔法で肉体と精神をメチャクチャに強化暴走させた兵士は、もはや元の姿をまるっきり保っていない。

 めちゃくちゃに暴れ散らしながら、女エルフを襲い、犯し、止めようとしてくる他のエルフ達を意にも介さず、あるいは突然ぶちのめし……


 もはや何をやっているのかも、彼に意識や自我があるのかも分からない。

 生き物としての本能だけがメチャクチャに暴走して動いているような、行き当たりばったりな暴力的行動をし続けるだけ。


 肥大化した筋肉が、身体能力に自信のないエルフの若者たちの攻撃など全て跳ね返し、見た目だけは綺麗なエルフの女に一方的に暴虐の限りを尽くす。


「クックック、嫌いな人間の子をぜひに身籠り、その感想のほども聞いてみたいものだ。あとは……そうですねぇ、エルフと人間のハーフがいかほどのモノであるのかどうか、実験動物モルモットを増やすのに貢献してもらうというのもアリですか、ハーッハッハッハ!」

 するとペイリーフは、次々と苦しみ呻いている兵士達を、同じように強化暴走させ、エルフ達を閉じ込めている魔法の壁の先へと送り込む。


 一方で、まるで交換するようにエルフの男を壁の中から出し、バーサーク・エルフにして王弟の軍のいる方へと送り出していく。



 ―――悪魔の所業。仮にも同種族たるエルフ同士であるというのに、まるで燃えるゴミと燃えないゴミを分別するかのような気軽さで、エルフと捕えた兵士達を扱っていく。


 やがてエルフの女に対し、けしかけるバーサーク・兵士の数が多すぎることに気付くと、あぶれた者はまるで捨てるかのように、王弟の軍の方へと放ち続けた。






――――――トーア谷、ロイオウ領側入り口付近。


「どんどん来ます、気を緩めないように!」

「「「ハッ」」」

 途中から明らかに元がエルフじゃない強化暴走された者が混じり出した敵の抵抗。

 だけど僕たちも徐々に対処に慣れてきて、トーア平原から谷に押し込む位置まで軍を前進させることが出来ていた。


「(……もしかすると、このバーサーク・エルフは……)」

 見た目は完全にそうとは思えないほどバケモノ状態に成り果てているものの、考えられるのは一つだけ―――セレナの部隊の兵士さん達だ。


「(追撃に500を出してるって連絡は来ていたし)」

 だけど僕はその事を口には出さなかった。

 もし敵によってこんな風にさせられた上でけしかけられてきた、同僚だって知ったら、きっとこっちも一気に崩れてしまう。




「……。……一気に押します、全力で攻撃を!」

「「「了解ですっ!!」」」

 谷はそう広いわけじゃない。ここで兵士さん達の士気や戦意を落とさせるわけにはいかない。

 僕がお腹の底がぐつぐつするような気分をグッと堪えながら、谷の奥から突撃してくる “ 敵 ” に、攻撃を促し続けた。




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