第456話 空のエルフを穿つ穂です




――――――トーア谷、ヘンザック領側の出入り口。


「! セレナーク様! お、お待ちしていましたっ」

 オルコドは情けないとは思いながらも、その到着を心の底から喜ぶ。

 なにせ谷を調査した結果は戦慄のものであり、到底自分たちだけで手に負えるものじゃなかったからだ。



「状況の報告を」

 セレナは、オルコドだけでなく彼の指揮下300人の兵士達の表情からも、ただならぬ事が起こっているとすぐさま推察。新たに600の兵を率いてきたが、足りるかどうか、内心で不安になった。


「て、敵は……その、なんといいましょうか……」

「落ち着きなさい。慌てる必要はありませんよ」

 いかにオルコドが肝の小さい男だといっても、これまでヘンザック領をおさめていた人間だ。まだ戦ってもいない状態からこの動揺の仕方は異常―――セレナはますます気を引き締める。


「す、すみませんっ。すー、はー、すー……んんっ、その……た、谷の中に例の逃走中のエルフ達がいる事は間違いないです、はい。……た、ただ……」

「ただ?」

「状況が異常なんです。一人のエルフが次々と仲間のはずのエルフ達をきょ、凶暴化させていまして、それをどうやらロイオウ領側へと放っているようで……」

「凶暴化……?」

 何となくは言いたい事を把握する。

 仲間割れか何かを起こし、力あるエルフが他のエルフをどうにかしている、という事なのだろう。

 しかしそれとは別に気になることがあって、セレナは周囲を見回す。


「先行した追撃隊の500はどうしました?」

「どうもやられてしまったらしいです……凶暴化させられている中に、その、……エルフじゃなさそうなのが混ざっていましたんで……」

 そこでオルコドはブルッと身体を震わせた。明らかに恐怖の怯えによる震えだ。


 つまり敵には、相当にエグい真似をする者がいるという事だろう。


「(そうすると、少々困った事になりますね。兵の士気にも影響する……)」

 チラりと兵士達の様子を伺う。

 オルコドの指揮下300の兵士達は、やはりというべきか顔色があまり冴えず、戦意も弱い。


 恐慌状態とまではいかずとも、あまり良い状態でないのは確かだ。このまま戦わせても被害ばかりが増えるだけ。




「……この谷以外で向こうへと続く道は?」

「こ、ここから北に15kmほど先です。かなり遠回りになってしまいます」

「それが最寄りですか?」

「一応は山と川を越えるルートがあるにはあります。ですが獣道で、山越えになりますから軍の足じゃ半日は―――」

「では、早馬程度でしたら数時間で行き来できる道ですね?」

「え? あ、はい、まぁ……結構な難路になるかとは思いますが……―――え?」

 オルコドはまさか? とセレナを見返した。


「詳しい者をすぐ選出なさい。早馬と数名を連れ、殿下のいらっしゃる方へと抜けてていただきます。道中途上にて一定間隔で兵を置き、連絡網の構築も合わせて行います、準備を」

「は……ははぁっ!」



  ・


  ・


  ・


「! ……ふーむ、後方の気配が増しましたか。どうやら谷の出入り口どちらも固められてしまっているようですねぇ」

 しかしペイリーフはまったく慌てていない。

 飛行できる魔法を駆使する彼にとって、谷という地形にあっても空からいつでも離脱できる。


「(研究中の強化魔法の実験も尽くしましたし、まぁこの辺りが潮時ですか)」

 するとペイリーフは、魔法の壁を解除。すっかり変貌したエルフの男達と王国側の兵士500人の残りをロイオウ領側とヘンザック領側の谷の出口に向けて解き放つ。


「あとはせいぜい、頑張ってください。……と、言ってみたところでもう理解もできないでしょうが。我が実験のいしずえになっていただき、感謝しますよ、クズでも多少は役に立ってくれましたねぇ、ハーッハッハッハ!」

 高笑いしながら遥か高くに飛びあがっていくペイリーフ。

 後に残されたのは、変貌してしまった男エルフ達と王国軍兵士、そして絶望で壊れはじめている女エルフ達だけ。


 その数は全部でおよそ600弱。


「(地形もあり、多少は王国といい戦いができる頭数でしょうかねぇ? ……もっとも、いい戦いをするための考える頭がありませんが。っと、それは元からでしたか、クックック)」

 ペイリーフは容赦なく彼らを見捨てる。遥か高い位置を飛行しながら彼は、ロイオウ領側を伺おうと東に移動した。


「(ロイオウ領主は静観すると聞いていましたが……王弟にせっつかれ、動かずにはいられなかったか? それとも……)」

 エルフ側を謀った、とは思えない。


 ロイオウ領は東西隣接のヘンザック領とマンコック領と比べても特に弱小。

 狩人のコダを伝手に、か細いとはいえエルフとの縁を自分から切ることはしないはず。


「(板挟み……となると、本当に “ 静観 ” ですか。クックク、こすズルいものだ)」

 おそらくロイオウ領主は兵を出すには出してきたが、そこにいるだけ―――王弟に対してポーズだけを取っているという形だろう。


 多くのエルフは、人間のこういう部分を醜く思う。

 だがペイリーフは逆に、弱者が生存のためにあがく様が面白いので、むしろ小賢しく無様な人間を観察するのは好きだった。



「どれ……少し茶々を入れてみるのも一興かもしれな―――」

 言いながら中空に魔法陣を展開しはじめ、片手に魔力のチャージを開始する。


 が……その時!


ブォオッ……ズバヴォォッッ!!!


「ぎあっ!!?」

 何かが目にも止まらないスピードで飛んできて、ペイリーフの腕をえぐった。


「(な、なんだ!? ……槍? 一体どこから???)」

 自分に当たって減速したことで、そのまま通り過ぎていったモノが槍であることを辛うじて視認する。


 骨が軽く削れるほどにえぐられた左腕を、あまりの激痛から思わず抑える。瞬間、魔法陣と溜めた魔力は霧散消失した。




  ・

  ・

  ・


 ルヴオンスクからはるか南の街道上。


「……ふーぅ、はぁー……」

 まるで排気するかのような深く強い呼吸。

 北に向かって全力投擲を終えた態勢のまま、アイリーンは鋭い視線を空に向け続けた。


「……あ、アイリーン様?? 一体どうなされたんですの??」

 いきなり馬車を飛び降りて槍を空に投げた彼女に、クララは恐る恐る問いかける。

 北に向かっていた車列は突然の急停止を余儀なくされ、ちょっとした混乱が生じていた。


「ん……ちょっと、悪い感じがしたからつい、ね。でも手応えはあった、かな」

 遥か遠く、エルネールをむざむざと攫われてしまった自分への不甲斐なさから、溜まっていたストレスを少しは解消したとばかりに、アイリーンの表情がやわらぐ。



 研ぎ澄まされた彼女のアンテナが、ペイリーフの悪意を捉え、反射的にコレを攻撃しなければならないと彼女の身体を突き動かした。


 さすがにこの超長距離だ。しかも誰とも分からない者の悪意という曖昧なモノめがけての投擲では、完璧に捕らえる事は出来ない。


 だがアイリーンは、確かな手ごたえを感じつつ、馬車へと戻った。


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