第447話 慎重に慎重を重ねてなお慎重です
――――――マンコック領、とある邸宅敷地内。
スベニアムが不在にしていることを掴んだコダは、思い切った行動を取っていた。
壁を乗り越え、その敷地内へと降り立つ。完全な不法侵入だ。
「……」
最近になって新しく建設が進んでいる邸宅は、まだ完全ではないものの他に完成した建物もいくつか並んでいる。
「(やたらと広大な敷地、メインと思われる本宅地は並みの貴族邸宅……そして、やたらと多い他の建物はなんだ……?)」
正直に言えばこの建物群の様相は恐ろしい。
何か異様な雰囲気だ、貴族の居住地用にしては余裕がなく、物々しすぎる。
「(別館? いや、数が多すぎる。あれではまるで―――)」
―――まるで兵舎か兵站用の備蓄倉庫のよう。
「(仮に、アレが兵なり物資なりを置くための建物だと仮定すれば、この敷地内だけで
それは、籠城すれば簡単には陥落させられない規模の兵力だ。もしこの地が最終的に軍事要塞と化すのであれば、数万の戦力で攻められようとも耐えられる拠点と化す。
まさか王国と事を構える気でいるのかとコダは考える。しかし現状、マンコック領が王国とやり合う明確な理由がない。
しかもつい先日、ルヴオンスクの稚拙な独立宣言が即座に鎮められ、バン=ユウロスが厳罰に処されるという悪例から、ほとんど時間が経っていない。
「(マンコック領主はそう愚鈍な男だとは思えんが……まさかエルフを囲い入れる気か?)」
コダが掴んでいる限りでは、北の山中に潜んでいたエルフは現在、最長老エルフのエルドリウス率いる本隊が遠く離れ、とっくに新天地に移動している。
「(山中に潜み残っていたのは、これまで築いた基盤をそのまま手放すのは惜しいという事で残された分隊だ。数のほどは1000もなかったはず……)」
ソレを囲う気だとするなら、この敷地内の設備も広さも過剰。
「(……、……)」
エルフ以上の危険な匂いがプンプンする。
果たしてそれがどの方向にどう向いているか? コダにとって良い方向のモノならば良いが、とてもそんな気はしない。
「(もう少し詳しく調べておく必要があるか……)」
建設工事中の敷地内は楽に調査ができる。建設の人手を装えば動きまわり放題だ。
とはいえ機密性の高い設備だったりした場合は、出入りする者を厳しくチェックしている可能性もある。
コダはより慎重に調査を続けようと、建物の陰から陰へと音を殺して移動した。
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マンコック家、本宅の奥室。ソレは、静かに考えていた。
『……むぅ』
異形の者は、少し難しい顔をしながら何事か考え込んでいた。
『スベニアムのヤツ、いささか焦っておるか……?』
ただでさえマンコック領はそれほど豊かではない。
ルクートヴァーリング地方の北端にある小さな辺境に過ぎないこの地は、確かに自分が助言を与えたことで北端3下領の中では一番マシな発展を遂げている。
しかし、それでも領内すべて合わせてようやくバン=ユウロスが根城としていたルヴオンスクの町と同レベルの力しかない。
にも関わらず、多額を費やして新居を建てはじめている事を、ソレは昨日知った。
『(確かにこの家は狭い、我を前提としている建物ではないからな。しかし、我には広い住居など無用であると代々のマンコック当主には言い続けてきたはずなのだが―――)』
ソレは非常に臆病だ。だからこそ焦らない。
目的があろうとも、その達成を
大きな動きは必ず隙を見せる。それがきっかけで致命的な崩れが起こる事もある。
その事を、ソレはとてもよく理解している。
だからこそ、これまでもマンコック領主に
なのにスベニアムは焦っている―――その理由が、ソレには分からない。
……異形のソレは、人間とは寿命が段違いだ。
ゆえにソレが慎重であるのは常に時間に余裕ある己のためでしかなく、生が遥かに短いスベニアムの焦る気持ちが分からない。
『(まぁよかろう。コロックは明日にも死ぬ。それで事態がどう動くか―――そこにスベニアムが何かをやろうというのか、はたまた我の言葉に従って慎重を期すのか……)』
もし上手くやれて、エルネールを手に入れる事ができたならば、素晴らしいことだ。
しかし物事はそう上手くはいかない事を、ソレは知っている。
その帰結は、画策と行動を担ったスベニアムと、エルネール側の能力や読み合い、準備や姿勢といった様々な要素によって左右され、いまだ幅広い可能性がある。
ソレは動かない。じっと静かに待つ。それはスベニアムを信頼しているからではない。自分は絶対に慎重でなければならないからだ。自由に動き回ることは、絶対にできない。
少なくともエルネールを手に入れるまで、異形のソレは、恐ろしいまでの用心深さで慎重を絶対とし、己をその身に狭き部屋の中に、今も押し込め続けている。
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