第448話 死出の時、運命は最強を出しぬきました
――――――その時は、来た。
「コロック=マグ=ウァイラン様、お亡くなりになられました……」
医師が、静かに脈を診ていた手首から手を放し、両目の動きをチェックしてからそう告げる。
シ……ンと静まり返った室内。誰もが沈痛な面持ちでいるが、しかしてエルネールだけは、感情をあらわさない平然とした表情をしていた。
「皆様。我が夫、コロックの臨終にお付き添い頂き、ありがとうございました」
普段、ぽんやりとした母性豊かなこの御夫人も、さすがにいつもの雰囲気は鳴りを潜め、真面目な様子を見せる。
室内にいる全員に対し、一礼して頭を下げたその姿は、間違いなく貴族の夫人として恥ずかしくない佇まいを示していた。
『……申し訳ありません。少しの間、夫と二人きりにさせていただいてもよろしいでしょうか?』
そう言ってエルネールは全員の退室を促した。
アイリーンやヘカチェリーナ、エイミーも静かに頷き、室外へと出る。
しかし扉の前で待機し、特にアイリーンは、何かあった場合に備えて、いつでも飛び込めるようにと位置関係を考えてその身を置いた。
「エルネールさん、大丈夫なのです……?」
「んー、まぁ平気っしょ。ただ思い出はあるワケだからね……パパと、それを振り返る時間は、やっぱり必要なんじゃないかな」
エイミーとヘカチェリーナの会話に、アイリーンは少しだけ怖くなった。
「(もし、旦那さまを看取るようなことになったら、私はエルネールさんみたいに平静をつくろっていられる……のかなぁ?)」
そんな時は来てほしくはないが、どんなに大好きな人でもいつかは死別の時がくる。
……私は、その時の哀しみに耐えられるのかな?
そう思うと今にもつい泣き出しそうな顔になって、気持ちが弱くなってしまうのが自分自身で分かる。
思わず自分で両肩を抱いて軽く身震いした―――それはほんの刹那の、一瞬のことだったはず。
アイリーンが僅かな隙を作ったその一瞬に、運命の悪魔がタイミングを合わせたとしか言いようのないほど、彼らの仕掛けたタイミングは意図せず最高にかみ合ってしまった。
バリンッ!!!
「! エルネールさんっ!!」
すぐに室内に戻る。アイリーンにしては遅れた反応、だがそれでも常人よりも遥かに早い瞬発力だったはずだ。
だが気配に気づくのに遅れた。
そして0.001秒、突入が遅れた。
それが明暗を分けた。
「~~んっっ!!」
口を手で塞がれて声を出せないエルネール。後ろから抱き着く男は既に、割ったばかりの窓の外へと、抱きしめた彼女と共に身を投げていた。
「っ! エルネールさんが攫われたっ、後を追いかけ―――」
しかしアイリーンの足は止まる。
廊下の向こうから走って来た家人の人々……当然、最初は窓の割れる音を聞きつけて駆け付けたのだと思った。だが、そのうちの1人の手元に、金属の煌めきが見えたのだ。
「―――っ、このっ!」
ヘカチェリーナの背中に向けて身体ごとぶつかるつもりの勢い。一直線にその金属の煌めきを突き出してくるのはメイド、その口元は邪悪に笑んでいる!
「!!?」
まだ背後から迫る凶刃に気づいていなかったヘカチェリーナを押しのけ、アイリーンがそれに対峙する。
剣は抜かない。ドレス姿で軽く腰を落とし、迫る相手の歩調に合わせて1歩だけ前に歩み寄った、かと思うと―――バキ
「ひぎぃいぃぃいいっ!!??」
メイドの腕をアッサリと折った。手に持っていたナイフは、カランカランと音を立てて床に落ちる。音からして食事用のナイフのような軽いモノだ。
「コイツ、取り押さえてて! エルネールさんが攫われたの、急いで後を追うから!!」
だがアイリーンは忌々しい表情を浮かべた。
なぜこのメイドが、このタイミングでヘカチェリーナを狙ったのかを、取り押さえられ、骨を折られたにもかかわらず笑みを浮かべているその表情で、十分察することができる。
……メイドは足止め。
彼女は別に、ヘカチェリーナを殺害することが目的ではない。否、刃を向ける相手はヘカチェリーナでもエイミーでもよかったのだろう。
たまたま廊下を走ってきたら、そのままナイフを突き立てるにいい位置に立っていたのがヘカチェリーナだったというだけのこと。
アイリーンがそれに気づくこと、そして対応に動くであろうことは読まれていて、実際にそう動いた。
これで十数秒、アイリーンは出遅れてしまう。
エルネールを攫ったのがその道のプロであったとしたら、この十数秒があれば闇夜に紛れてそれなりの距離を逃走し、かつ気配を隠すことは容易。
そうなると、さすがのアイリーンも自身のアンテナを最大にしたところで気配を辿りきれるものではない。
逃走距離が長くなればなるほど、捜索範囲は広がって行ってしまうからだ。
・
・
・
「……っ、!!!」
そして、すぐに割れた窓から飛び出したアイリーンだったがやはり、逃走したエルネールを攫った男を捉えることが出来ず、手に持った剣を思いっきりその場に叩きつける。
バギャッァ!
鞘に収まったままの剣は、刀身が粉々に砕け、同時に鞘もバラバラに砕け散る。
してやられたアイリーンの悔しさを、
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