第445話 地方辺境貴族vs真性貴族令嬢です
敗走中のエルフ達と王国軍がロイオウ領内のトーア平原でぶつかり始めたその頃。
「……」
マンコック領主のスベニアムは、マンコック領を出てルヴオンスクへと向かう馬車の中にいた。
「(バン=ユウロスの暴走を早期に抑えた事への祝辞と贈り物、それと媚びを売るのも忘れずに、か……)」
今回はバン=ユウロスの持っていた利権の後釜を狙う、領主としての仕事で出向く。
だが同時に考えずにはいられないのが、エルネールをさらう計画の発動タイミングだった。
「(最悪、バン=ユウロスの利権を得ることに失敗するのはいい。だが、エルネールを確保するのは成功させたい。 “ 守護神様 ” のお望みを叶えれば、当家はより繁栄と安泰が約束されるはず……)」
事実、マンコック家は “ 守護神 ” を大事に擁し、その言に従ってきたからこそ、安定したマンコック領経営を成してきた。
辺境の地、北端3下領という狭い庭なれど、スベニアムは幼少より相応に贅沢な暮らしができていた事を理解している。
同じ北端3下領でも他の2領に比べ、マンコック領は間違いなく豊か―――そうした目に見える結果があるからこそ、歴代当主たちも “ 守護神 ” を信奉し、従ってきたのだ。
「(殿下はロイオウ領に、セレナーク妃将はヘンザック領……ルヴオンスクにはクルリラ王弟妃がいらっしゃるが……)」
一見するとチャンスに思える位置関係だ。エルネールがいる、ルクートヴァーリング地方の中心地域から、北方のマンコック領まで連れさらってくるルートは、開けているように思える。
しかし、スベニアムは焦りは禁物として首を横に振った。
「(確かにルクートヴァーリング地方の東側はルートがあるように見える……だが、仮に領主の屋敷よりうまくエルネールをさらえたとして、マンコック領までは遠い。その間に捕捉されてはそこで終わりだ……)」
スベニアムは、
エルフの魔法の道具―――ペイリーフが詫びだとして渡してきたもの。
「(どこかでコレを使えば……いや、しかし……)」
本当にそう上手くいくのか? 試作品だという道具を、計画の要に使って大丈夫なのか?
なかなか仕上がらない計画。仕込みはすでに色々と済んでいる。
後はしっかりと固め、成功率を上げるだけだが、そう悠長にも構えていられない。
何故なら “ 守護神 ” によるとコロックは峠を越えたという。しかしそれは死を免れたという意味ではない。死が絶対的に決定した、という意味なのだそう。
どんなに頑張ったところであと1週間と生きてはいられないという。コロックが死んだその時が、エルネールをさらう計画の遂行時期でもある。
もう時間はない。スベニアムは焦っていた。
――――――ルヴオンスク、執政館。
バン=ユウロスの屋敷は、屋敷前が住民虐殺現場だったため、町の別の場所に新たに設けられた館。
スベニアムはその館を訪ねた。
「―――では、殿下の代理と致しまして、その祝辞と品々を受け取らせていただきますわ」
「はい、どうぞお収めください。殿下にもどうぞよろしくお伝えいただけますと、幸いにございます」
正直、妃が代理をしているなどと侮っていた部分があるのは否めない。
……王国において女性が政治の場に出るのは、どちらかといえば “ ない ” からだ。
たとえばコロックのケースのように、病床にある夫にかわって妻のエルネールがある程度の執政仕事を代わりに行う、という程度のことはあれどそれも手伝いレベルが限界で、多くを行えるわけではない。
異例のケースで女性が政治の中心に立つ、という事は歴史上あるにはあるし、法的に性別による制限がなされているわけでもないので問題はないのだが、それでも貴族の妻になる教育を徹底された女性の場合だと、政治能力に不足がある。
しかしスベニアムはこのクルリラ王弟第三妃を相手にして、政治的な緊張感を持たずにはいられなかった。
「(応対、所作、目線の配り方まで完璧だ。……それに政治の知識もしかとある上で会話ができているぞ、間違いなく)」
地方辺境の、下領を治めるだけの弱小領主であるマンコック家。
しかし “ 守護神 ” のアドバイスにより、礼儀作法や教養に関しては、王都の貴族と並んでも恥ずかしくないほど、ハイレベルに代々成してきた。
スベニアムも幼少のころ、マナーは家格や場所に関係なく、誰でも磨く事のできる政治的駆け引きのできる武器だと教えられ、そして身に着けた。
だが、目の前のまだ少女とも呼べる年頃の女性は、モノが違った。
「(か、会話に隙がない……ただの世間話ですらこうも違うものなのか??)」
政治的な意図で訪問したとはいえ、用事が済んだら即帰るというのは失礼。
なのでスベニアムはしばし、クララと雑談を交わす。
その時間は貴族社会における一種の礼儀作法の一つだ―――上位を訪ねたなら、下位はそれを求められない限り、安易な退出をしてはならない。
クララはそれを理解しており、スベニアムがその作法を理解している事を察したからこそ、彼を簡単には帰さない。
貴族の世間話という、自分の得意分野に飲み込む。
表面上は和やかに、しかし鋭くスベニアムの一言一句から指先の微かな動きに至るまでを注視し、夫のためにより多くの情報を獲得せんと勉めた。
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